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48.続、思いがけない効用

「私が、知っている場所だ」

後ろから顔を出して、一緒にナビを見ていた炎禾が、何気なく言ってくる。

どういうこと?

「あっほら、ここが、ベルが捨てられていたところだよ」

勝手にナビの画面に手を触れ、移動させて行く。

うん、教えてくれるのはいいけど、すごくフランクだね。それに、機械操作熟練してるね。どこで、覚えたの?

夕べの愁傷な炎禾が恋しいよ。


そして、あんたでかいから、あまり身を乗り出さないで、前狭くなるから。


黙っていれば、さすが精霊様とばかりに神々しいのだ。お母さんと呼ばれるのもはばかれる感じがするほどだ。でも、一旦話し出すと、そこらの青少年とあまり変わらない。そのギャップは何なの?



まあ、それは置いておこう。

つまり、なんだ、この車に乗っている人の知識がナビに反映されるということ?



すごくない?



不思議万歳!!!!


これで、遠くまで行かなくても、マップが完成する。

「炎禾っえらいっ!!!」

突き出している頭を、撫でまくった。炎禾の顔が、本当にうれしそうに破願した。


えっ!!!そんな、喜ぶところ?

自分でも思わず撫でてしまったが、そんなに喜ばれるとは、思わなかった。


うれしいのか・・・・そうか。


ナビの画面を見ると、ベルが操作して、画面を縮小している。どうやら、先に町らしきものがある。フットブレーキを踏み、じっくり地図を確認することにした。

見えてきた山脈は、家から3千kmぐらいのところに連なっている。今いるところからだと、およそ千kmぐらいある。

むちゃくちゃ遠い。こりゃ簡単に行き着けないわけだ。ここから見えるということは、相当高い山並みだ。超えるのも一苦労だろう。超えるとしたら、迂回して越えられそうなところを、通るしかない。

山脈は、幾重にも重なっている。いわゆる山岳地帯だ。山岳地帯を、先に進むと、ところどころに、集落らしきものが見える。とはいっても、一軒だったり、多くて数十軒だ。そんな場所には、川だったり、ため池のようなものが見える。幾重にも重なる高い山脈が、砂漠化を押し止めているのだ。画面を写真にしても、ほとんど木々は生えていない。低木か・・・コケやシダ類みたいなものか。高山植物なあたるのか・・・・


人の営みとして、牧畜がやっとか・・・・というところだろうか。


さらに進むと、低地なる。


・・・・・あれ?



また・・・・砂漠?


何これ?どういうこと?

一旦、縮尺を小さく戻す。全体を見ると、山岳地帯の中ほどで、緑の影が見えてきているのだが、山岳地帯を抜けて、低地になると、再び砂漠化が進行している。その砂漠化した土地の先に、町らしきものが見える。ズームアップして写真にする。


・・・・廃墟でした


気を取り直して先に進む。街道があるようだ。道をたどると、ところどころ交差しているが、一番大きい道を行く。町らしきものが見える。


写真機能にする。アフリカかどこかの砂漠の都市の城壁のようなものがみえる。その周りも、テントや小屋が立っているようだ。城壁の中も、緑は、あまりない。中央に、城?砦?らしきものがある。なんだかごちゃごちゃしている。


「あっ、ここ・・・」

ベルが、小さくつぶやく。

ベルを見ると、口に手を当てている。まずいことを、口走ったとき、思わずやってしまうベルの癖だ。

・・・・ベルは、この町の中心であるらしいこの建物に住んでいたのか?


でも、なぜそれを口にしたら駄目だと思っているのか?

本人は話したくなくても、聞いておいた方がいいと、可奈の勘が騒いでいる。

「ベル、ここに住んでいたの?」

「そうっ。ここ、領主館」

ベルは、言うかどうか迷っている間に、おしゃべり精霊が口を挟んできた。

「コケッ」

まるで、そうだというように、イエローが相槌を打つ。

・・・・お前は知らないだろっ!

“しまった”というような顔をして、ベルが、可奈の顔を窺ってくる。少し怯えたような目刺しである。

どこに、何が、地雷なの?

領主の娘なの?領主の娘だとよくないの?

それとも、そこで、お父さんかお母さんが働いていて、何か不始末でも起こしたの?

そんな、怯えたような眼をしないで・・・・

「ベル、前に言ったよね。おかあさんは、ベルに嫌なことをさせたり、危害を加えようとする奴らを絶対許さないって。そんな奴らは、地獄の底まで追いかけて行って、やっつけてやるよ。それは、ベルが何であっても変わらないよ。ベルは、今ここにいるお母さんの子のベル以外いないんだからね」

ベルの目から、可奈にすがりつくような怯えがなくなって、いつもの明るく強いまなざしが返ってきた。



・・・・こんな小さい子に、こんな瞳をさせた奴らを絶対許さない・・



はっ!!正気にかえれっ!!ベルが可奈を見て、怯えている。横を見ると、炎禾も、イエローも、もともと後ろの荷台に蹲って寝ていたブラックも、怯えたように可奈を見て、引いている。



・・・・・しまった。ブラック可奈が、出てしまった。

クールダウン・・・クールダウンだ。

大きく息を吐き、ベルににっこり笑いかける。



・・・・なぜ、怯える。


「ごめん、ベルのことを怒ったんじゃないよ。ベルを嫌なめに合わせた奴らのことを考えただけだから。脅かしちゃったかな?みんなもごめんね」

周りにも愛想を振りまく。少しぎこちないけど、ベルや他のみんなの顔にも笑顔が戻ってきた。



・・・・・良しとしよう。



さて、仕切り直しだ。

「ベルは、領主の家に住んでいたのはなぜ?」

もうこちらから、聞くことにした。炎禾がなぜそれを知っていたのかも不明だ。

それでも、言いよどんでいたが、しばらくすると重い口を開いた。

「う…ん。私は、領主の娘だから。でも、産んでくれた母親は、踊り子だったんだって。それで、本館には、住めなくて、その端っこの小屋のようなところにいたの」

いわゆる地位も財産もある男が、通りすがりの踊り子に目をつけて、子供を孕ましたのはいいけど、そのままほとんど放置ってか・・・・

・・・ゆるせない・・・はっ!

顔がこわばって、また怖い顔になりそうになるのが自分でもわかった。


そこでの生活がしいたげられた暮らしだったのは、想像ではないはずだ。

気を取り直して、さらに尋ねる。

「お母さんは、一緒に暮らしていなかったの?」

「ううん。私を生んだとき死んでしまったんだって。だから・・・」

「そう、悲しいね」

ベルの話を断ち切る。きっと、嫌なことを言われたり、やられたりして育ったのだろうと想像できる。ベルに言わせたくはなかった。言葉による傷は残らない。でも、その言葉によって心が歪んでしまう。一度歪んだ心は、目に見えないだけで、なかなか修復はしない。貶められ、虐げられて育てば、自尊心を持つどころか、自己否定さえしてしまうようになるという。ベルの育った環境がどうだったか確かなことはわからない。でも、時折見え隠れする、ベルのせいでもないのに、自分が悪かったように思い込んでいる様子とか、恥ずかしい暮らしをしてきたかのように口にできない様子を見ると、胸が痛んで仕方がない。

うつむきながら口にしようとした言葉を遮られ、可奈を見る。

その瞳は、涙の薄い膜が張っている。その当時の言われたことの辛さか悲しさか悔しさか、それともそのすべてか不明だが、瞳が揺れて、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。

そのベルに向かって、可奈が思ったことがあっているかどうかはわからないが、それでも安心させるように言う。

「ベル。ベルのことを、悪くいったり、ベルを生んでくれたお母さんのことを悪く言ったりする言葉は、ベルが、言わなくてもいいよ。そんな言葉を、ベルの中に残しておくことはないよ。それは、本当のことではないからね。ベルは、命を懸けて産んでくれた人と私の子だ。大事なかわいい、私たちの子だ。もし今度、ベルのことを何か言おうとする奴がいたら、その前にそいつをぶん殴って黙らせてやる。私のいない前だったら、追いかけて見つけ出してぶん殴る。絶対だよ」

「私も。私も」

「「コケッ」」

精霊やイエロー達の声がかぶさる。

「地獄の・・そこま・・で?」

言いながらふっと笑った瞬間、我慢していたのだろう涙が一滴零れ落ちる。

場違いだったが、綺麗な涙だと思った。

ベルの目を見る。ベルも可奈を見ている。

「そうだよ。地獄までも、どこまでもだよ。絶対に許しはしないよ」

「うんっ」

ベルの頬に、こぼれた涙を指で拭いながら、自分に誓うようにベルに告げると、ベルが、満面の笑みで、頷く。



この笑顔を絶対に裏切らないようにしよう。自分自身に改めて誓う。


外野の「自分も、自分も」とか「コケコケ」うるさい声は、この際無視の姿勢で良しとしよう。





だからと言って、すべての人を敵視するわけにはいかない。

ベルの周りにいた人のすべてが、質の良くない人間だったとは思わないからだ。そうでなければ、いくらベルが賢く聡い子だとは言っても、こんなにまともに育ってはいなかったと思う。おそらく、その人たちは、ベルを守るだけの立場も力もなかったのだろうとは思う。でも、自分にできる精一杯で、ベルに関わってくれたのだろうと思う。

思う、思うですべて想像の域を出ないが、たぶんそうだろう。これは、自分への訓戒だ。 “憎しみから何も生まれない”なんて説教じみた馬鹿なことは言うつもりはない。でも、ベルに、人を憎んで、恨んで、不毛な人間関係を作らせたくはない。さっきは、たぶん生まれたところイコール嫌な思い出だけだったと思う。それでも、ベルが生きてきた短い中で、良い人にも巡り合っているはずだ。・・・・巡り合っていてほしい。

その人たちの思い出に、ここでの暮らしの記憶を置き換えられるようにしたい。ずいぶん傲慢で、むちゃくちゃなことかもしれないが、何とかしようと心に決める。




・・・・・・ここに、辿り着けるのは、いつになるかわからないが。


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