44.旅行
家に戻ってみると、精霊様は、珍しく炬燵の中には、入っておらず、炬燵の上にいた。ラッピングしたチョコを剥いた包装を散らかし放題にしながら食べていた。
今日一日で、全部食べてしまうつもりなのか?
「精霊様、チョコの食べすぎは、身体によくありませんよ。そろそろ、止めたほうがいいですよ」
「そうです。チョコは、1日1個です。食べ過ぎると、鼻血が出てしまいます」
「コケッ」
ベルたちも、気になったようだ。
精霊は、皆に言われ、“そうなの?”というように表情はあまり変わらずに、首だけをかしげた。言っていることが、通じているんだと、妙なところで感心しながら言葉を続けた。
「それに、精霊様、あまり食べ過ぎると、ご飯が食べられなくなってしまいますよ」
子どもに言い聞かせるように言う。
どうするかと、見守っていると、手に持っていたチョコをじっと見つめ、大きなため息をつくと、それを入っていた子袋に戻した。そのあきらめた様子が、なんだか、かわいらしくて思わず、頭を撫でてしまった。
頭を撫でて、まだ手のひらが、精霊の頭にあるときに、われに返って、自分自身にぎょっとした。生きている子どもの髪のようにふわふわと弾力があり、つやがある。人形に乗り移った何か感が、ずっと抜け切らないで不気味に思っていたのだが、こうやって触られることに驚いた。触ってみると、ごく普通の子どもと同じだ。口の周りにチョコがついている子どもだ。ウエットティッシュを取って、口の周りを拭いてあげる。黙って可奈のほうを見て、おとなしく口の周りを拭かせる精霊が、何を考えているのか、ぜんぜんわからない。でも、なんとなく前ほど、可奈は、不気味に思わなくなった。最初に比べ、器用に動くようになり、不自然な動きをしなくなったおかげもあるかもしれない。口の周りを拭き終わり、衣服の乱れを直して、炬燵の上に据えた後、改めて精霊に伺った。
「炬燵にまた入ってますか」
・・・・おもむろに聞くことじゃないが。
うなずく精霊を受けて、抱き上げると、畳の部屋のほうの炬燵の中に入れようと立ち上がると、精霊が、可奈のつかんでいる手に小さな手を掛けた。
なんだろうと、精霊の顔を見ると、どうやらリビングの炬燵に入れろということらしい。
「この炬燵の中に入ると皆の足で蹴られてしまいますよ」
と忠告するように言うと、首を振る。
「精霊様も、一緒に炬燵に入りたいんだよ。私の隣に、入れてあげて」
ベルが、自分が入っている炬燵の横の蒲団を持ち上げながら言う。
可愛いことこの上ないが、最初は畏まっていたベルがずいぶん精霊存在に慣れてきたようだ。でもいいのか、それで。
精霊を伺うと、ベルの言っていることで、合っていたみたいだ。ベルの空けてある隣に精霊を降ろす。ベルも座布団を丸めて台にしてある。気が利いている子だ。
どうやら、一緒にテレビを見るようだ。家に戻ってきたイエローと3人?で、仲良くテレビを見ている横で、お茶の支度をする。
ベルは、自分のチョコを3個出して、食べ始める。1個は物欲しそうに見ている精霊に、くれるようだ。
仲良きことは嬉しきかな・・・である。精霊様よ、食べ過ぎ。
一息つきながら考える。
今日の予定が、ドラゴン騒ぎで少しずれてしまった。まぁ、それほど、時間で動いているわけではないが、今日やろうとしたことを明日に回すことは、めったにしない可奈としては、予定の建て直しを考えていた。まだ、2月とはいえそろそろ畑仕事や庭や山のことが出てきているのだ。梅の花も咲きほころんだ。だんだんと春が近づいてきた。草木もにぎわうし、山菜も収穫しに行こう。
来月は、ホワイトデーやお彼岸がある。楽しい行事にしよう。
今年は、お雛様をだそうか。ベルが、喜んでくれるだろうか。
本格的に春になって、桜が咲き、花々が咲き乱れ、ベルとともに、自然の美しさを満喫した。田植えをし終わり、他の作物を植えつけ終わり、畑仕事が一段楽した6月になった。ベルを助けてちょうど一年の夜の夕飯に、可奈は、なにげなくベルに切り出した。
「ベル、家の外に出てみようと思うんだけど、いいかな」
相談のふりして、決定事項を言ったのと同じだった。ずるいと言われるかもしれないと思ってはみたが、こう言うしかなかった。前のように閉ざされた空間に、怯えているわけではない。
・・・ほんとのところは、自分でもわからないが。
ここの生活は、何不自由なく快適に過ごせる。精霊は、この1,2ヶ月で、小さな人のようにまったく不自然なく動き回り、ベルのよい遊び相手になっている。
恐れ多いが。
どうやら、本当の精霊らしい。力が戻ってきたのだというが、放つ魔法が半端ない。ハクたちも教わっているようだ。
・・・みんな何と戦いたいの?
時々思う。
まぁそれは、置いておくとしよう。
ドラゴンも体調が回復して、つやつやと黒光りする鱗の健康そうな体になった。食事は雑食で何でも食べるが、身体に比べて驚くほど小食だった。どうやら、魔素というものを栄養にしているらしい。それが、可奈の家の周辺には、満ち溢れているとのことだ。
よくわからない。
健康そうで、元気だからいいとしよう。
沼のような池もだんだん大きくなって、今では、湖だ。流れ出した水のせいかどうかわからないが、急激に、草原も広がり、家の周りが1番バリアだとすると、2番バリアの外にどうやら3番バリアまで出来て、2番バリアの中は本格的な木が生え出している。
普通何もない砂漠で、平らな土地に草木が生えても、散歩できるような森林ができると思うだろうが、ここでは、そうではない。起伏のある土地がどんどん広がっている感じだ。
・・・ホントよくわからない。
ドラゴンは、湖の周りの平らな草原を巣にしているようで、そこに、だいたいまるまっている。湖のそばには、“この木何の木”の小さい判のシンボルツリーのような木が生えているので、それが、大きくなれば雨よけにもなってちょうどいいかなと思っている。
ベルたちが遊びに行くと、ドラゴンは、付き合って魔獣退治に出かけるようだ。完全に過剰戦力で、魔獣を退治しているのだが、危なげなくて、それはそれで、可奈としては安心である。
しかし、戦うことの何が楽しいのかこれもよくわからないが。
まぁ、それもとりあえず、置いておくとしよう。
つまり、可奈的には、大概平和だ。
平和が乱される要素は、まったくない。衣食住どれをとっても、問題はない。不満に思うことなど、一切ない。
・・・・可奈的に。
それでも、先の心配をしてしまう。それも出て行く理由のひとつだが。
つまるところ、この世界の人とかかわりに行こう・・・・だ。
この世界を、見てみたいという気持ちも大きい。一旦は、ここを出ることを、ためらいが、先に出たが、それでも、一歩踏み出してみようと思う。
どういうわけか、ベルも即座に賛成した。どういう心境の変化かわからない。
「いいの?」
「うん。私、強くなったから、もう大丈夫」
えっ、ちょっと待って。ベル、何と戦うつもり?危ないことは止めて。
「え~と、ベル、あまり強いとこは、見せないほうがいいような気がするよ。強い人やモノは、たくさんいるから出来るだけ争うことのないほうでいこう」
「え~」
「え~じゃなくて、それが約束できないと、外へ連れて行けないよ」
しばらく、可奈と見詰め合ってから、可奈の本気が伝わったのだろう。半分譲歩してきた。
「じゃあ、危なくなったら、魔法使っていい?」
「それは、使ってもらわなければいけないけど、危ないことが起こらないようにするつもりだから、ベルもそのつもりでいてよ」
「わかった」
にこにこして、返事を元気よく返す。と~てもかわいい・・・・だが、ほんとにわかっているのか?
「本当に、危ないことがないようにするんだよ」
「大丈夫」
「コケッ」
・・イエロー、お前が、一緒に言うと、よけいあやしく感じるんだけど。
気を取り直して、考えていた計画を言う。
「今年の冬に1週間ずつを2回、出かけようと思う。出かけるメンバーは、私と、ベルとイエロー・・・・精霊様、顔を出して、どうしたの?」
おとなしくテレビを見ていた精霊様が、身を乗り出してきた。最近顔に、表情が出てきたのだが、よくわからない。
まさかと思ってはいたが、とりあえず聞くだけは、聞いてみた。
「え~と、精霊様も、もしかして行きたいのかな」
といった瞬間、満面の笑みを浮かべ、首を縦に振る。
えっ、何をそこまで、行きたいの?
「「「「コケッ~」」」」
ハクたちも騒いだ。
「ちょっと、何?みんな行きたいの?」
「コケッ」
ハクが返事をした。レッドはイエローをつついている。
「あ~、みんなも行きたいんだ。でも、留守番もいないといけないし、持っていく食料の件もあるし、全員は行けないよ」
「え~」「「「「「こけ~」」」」」「・・・・」
ハクたちと一緒にベルやイエローまで、不服そうな声を上げた。精霊の無言の抗議が怖い。
う~ん、みんな行きたいとは、思わなかった。人選をもう一度考え直そうか。留守番は、交代制にしようか。ハクとブラックに交互の残ってもらえば、大丈夫かな。
「順番に行こう。私とベルは換えずに、他のメンバーを換えていこう。最初は、さっきも言ったイエローとブラックと精霊様。2回目は、ハクとレッドとブルーにしよう」
「は~い」「「「「「コケッ」」」」」
みな、納得してくれた。良かった。こんなところで、躓くとは思わなかった。
「それから、これから、持って行くものとか、行く方向とか用意するから、みんなそのつもりでいてね」
「用意?」
「そう。持っていくものだけど、一週間分の食料を用意するんだけど冷凍庫から出して、移動させて増やさなければならないし、留守番の分を用意しておかないといけないからね。ハクは、自分で、自分の食べる分をちゃんと用意できるからいいけど、ブラックにも出来るようになってもらいたい。それと、留守番組は、ドラゴンにも持っていってもらいたいしね」
「うわぁ、大旅行だね」
「そうだね」
梅雨が過ぎ、暑い夏も台風の季節も過ぎ、木枯らしを感じる頃になると、ベルがそわそわしだした。出発は、12月の1日に決めたのだが、毎日、カレンダーを確認する。その間に、1泊2日の小旅行を2回ほどお試しする。
いよいよ、出発の日だ。
ドラゴンにも挨拶を済ませ、ハクに留守を任せ、出発だ。
今回は、ベルを助けた場所の方向へ3日行き、時計方向に50km回ったら戻ってくるということにした。そこで、人里に行きつけなければ、次回に期待ということだ。
門からの道は、この一年のうちに整備した。ベルが門を出たところにあけた穴は、魔法で土を盛り上げて平らにした。第2バリア内は、潅木や木々が生い茂ってきていたので、土木作業となった。ドラゴンにもずいぶん世話になった。第3バリア内は、まだ潅木程度なのでそれほどでもなかった。第3バリア内は、広く家から20kmほどになっていて驚いた。もう、生えている草で、知っている草はない。自生したのだろう。砂漠の植物侮りがたしである。湖から流れる川が、延長したことも理由のひとつだろうと思う。
第3バリアを抜け、いよいよ砂漠に突入だ。最初は、砂漠で、車のタイヤが取られることがないように慎重に走らせる。次第に慣れてきて、大丈夫だと、スピードを出す。制限速度なしのフルスピードでも、大丈夫のようだ。前のときと同じで、ナビにマッピングされていく。このなぞマッピングは、第2バリア内、第3バリア内の線引きもしている。助手席でベルが、ナビをいじくっていて、突然声を上げた。
「すごい、まだ、行ってない家の裏のほうまで、バリアのマッピングがしてある」
運転をしながらそれを聞いていたためか、最初は、何がすごいのかぴんとこなかった。
「あれっどういうこと?車で走ってなくても、マッピングされるということかな」
「そうだよ、おかあさん。知ってたり、見たり、聞いたりすればマッピングされるんだよ、きっと」
そんな、便利で都合のいいことがあるのかな?
「そうかもしれないね。でも、まだわからないから決め付けないほうがいいよ」
思い込みが過ぎると、真実が見えなくなる。未知の世界で、ちょっとした油断は、おそらく取り返しがつかないことになる。自分だけならまだしも、ベルがいる。他の皆もいる。慎重にすぎるほど、慎重にしても、追いつかないくらいだ。そういう思いをこめベルに言う。
まぁ、可奈が気をつければいい話なんだけどね。
ベルは、この旅行を楽しんでくれればいい。
「うん、そうだね」
にっこり笑って、可奈の言うことを聞く。
本当にうちの子、いい子だよなあ。
あれ?待てよ。今、ベル、知ってたり、見たり、聞いたりって言わなかった?
なぜ、知ってたり、聞いたりが、入るの?
「ベル?載っている地図って、この間、出かけた先じゃないの?」
「ちがうよ。ここへは、行ってないよ。でも、見えていたと思うこの場所。ほら、おかあさん、言ってたじゃない。あんな森だと、池みたいなものがあって川が流れているかもしれないって」
う~ん、言ったかなぁ。あまり覚えていない。
「そうだったかな」
「コケッ」イエローが突っ込んできた。
あんた何言っているの?みたいな顔がむかつく。
「言ったよ。ナビを拡大して見ると、池や川?小川?があるんだよ。すごくない?」
「コケ~ッ」
すごいというように、イエローが騒ぐ。助手席と運転席の間に顔を出している。
この太鼓持ちめ。
確かにすごい。何がすごいって、ナビって、そんな些細な川?小川?まで見えるほど、詳細な表示が出るの?
運転しながら、余所見をするのは怖いが、何もない砂漠である。ちょっとだけ横目で、ベルが操作しているナビを見る。
えっ!!何っ!!
・・・・空中写真機能がついている。
はぁ~あ?・・・・わけがわからない。
とりあえず、前を向いて、運転に専念する。
横で、ベルが、まだ、ナビを操作している。その操作を先に顔を出していたイエローと一緒にブラックも覗き込んでいる。
狭いんだよ。おまえら自分のでかさを自覚しろっ。
注意しようと横を見ると、2羽の間の羽毛のような場所から埋もれるようにして精霊も顔を割り込ませている。
・・・・・・言えない。
黙って、スピードを上げる。
しばらくすると、音楽がかかった。ベルが最近はまっている洋楽だ。祖父母も両親も音楽が好きで、おそらく家には3千枚近くあるうちの何十枚かベルがチョイスして持ってきている。DVDも何枚か持ってきているはずだ。可奈も何枚か自分の好きな曲を選んできてある。
「この曲でいい?」
「いいね」
「コケッ」
「あっ、おかあさんも気に入ってくれた?」
はっ?もしかして、可奈に聞いたのではなくて、イエローたちに聞いたの?
・・・・ふっ前は、なんでも、おかあさんのことが、一番だったのに。こうして、親離れしていっちゃうんだよね。
・・・・別に泣かないから。フロントガラスが曇っているだけだから
イエローその慰めるように、翼で頭を撫でるのは止めろ。
後ろの冷房を止めてやる。
すぐに、精霊が、可奈の頬に後ろから触ってくる。
しまった。イエローだけではなかった。心の中で、精霊様とブラックに謝って、冷房をつける。フロントミラーで、後ろを伺うと、精霊様とブラックが、座り場所にくつろいでいる。
あれっ?イエローは?
イエローがさらに後ろの席にいるのが見えた。何やっているの?
「イエロー、何やってるの?」
「コケッ?」
とぼけた声が、聞こえてくる。
はっ!!
「ちょっと、イエロー、出たばっかりで、お菓子なんか食べたら駄目だからね」
ミラーの隅で、固まっているイエローのお尻が見える。
「ちゃんと、座ってなさい」
「イエロー、ちゃんと座ってないと、もう連れて行ってくれないよ」
ベルにまで、言われている。ざまぁ。
さすがに、ベルにまで言われて仕方がないと思ったのか、しぶしぶ前の座席に座りなおす。ブラックにつつかれている。ざまあぁつ!!
ブラックは腰が重いが、良識はしっかりしているんだよ。教育的指導だよ。おまえにはな。
2時間ほど車を走らせた。四方八方砂漠の中、制限速度なしのアクセル踏みっぱなしだ。走っている途中、砂漠の中で、魔獣たちがちらほら湧き出ていたり、襲いかかろうとばかりに近寄ってきていたがが、全無視である。そのためのアクセル全開である。
まあ、来たとしても、謎バリアがあるので、ぜんぜん余裕のだが。
・・・正直なところ、近くに寄られると、気味が悪いし怖い。遭遇しないならばしないほうがいいのだ。
可奈的には。
他の皆は、どうやらそうでもなさそうだ。
休憩で、車から降り、足を伸ばして、お茶をしようと車から椅子とテーブルを出していると、イエローが騒ぎ出した。
見ると、よく見るワーム型の魔獣が近寄ってきて砂から顔を出している。静止している可奈から半径10mぐらいのところまでは、バリアが貼られることは、わかっているので安全は十分確保されているといっていい。ちなみに、移動しているときは、その速さに応じて、バリアが移動するので、車に乗っていても常に四方10mは、安全地帯だ。バリアの圏内に入り込んだ魔獣は・・・・撥ね飛ばされる。車の損害は、全くなしで。
ものすごく遠くに跳んで行った。お星様になるってあのことだ。昼間なのにそう思ったほどだ。たぶん、家にいる、竜でも跳ね飛ばしそうである。
たまたま、2回目のお試し旅行のとき、魔獣に遭遇して、確かめられてしまったから確かなことだ。
そんな安全地帯があるというのに、何この人たちっ!!
イエローが飛び出した。続いて、ブラックが何やら固まりをぶつけている。
何っ!?
なんの魔法!?
石?岩?そんなものどこから出たのっ?飛び出しているよっ!どこからっ!
ベルっ、何しようとしてるの?
ゴミ焼却用魔法をここで使うの?えっ?精霊も?
・・・・・・跡形もなく消えた。
何がとは言わない。何もなくなってしまったので。
・・・・・・・びっくりである。ドン引きだ。
「・・・・好戦的だ。どこの戦士だ」
思わず小さくつぶやいた可奈は、仕方のないことだと思う。休憩のつもりがなんだか可奈だけ疲れてしまった。他の皆は、ベルも含め意気揚々として車に乗り込んだ。
車の中では、さっきの戦いのことで持ちきりだ。軽快な英語の歌をBGMに話が盛り上がっている。生返事をしながら可奈は運転に専念した。遠くに見える魔獣たちを相手に戦いたいとか言い出さないことを祈りながら。
次の休憩で、お昼にする。すでに、家からおよそ600㎞進んでいる。後しばらく走ると。ベルと遭遇したところになる。




