43.いつまでもあると思うな、お気に入りの座
可奈自身や、それに付き合うベルも朝が、大概早いが、元?は鶏であるハクたちも、夜明け前とともに起きる。
朝食が終わり、皆の期待に満ちた目が、こそばゆい。
「さて、お待たせ。今日は、バレンタインデーです。女子が勇気を出して、好きだと男の子にチョコを渡すイベントです。公然と愛の告白ができるの日です。好きな男の子のいるときは、思い切って告白しよう。好きな男の子がいない子でも、好きな人に、日頃の感謝と大好きを込めて、渡しましょう」
「は~い」「「「「「コケッ」」」」」「・・・」
ベルは、右手を上げて返事をする。かわいい。
ハクたちは返事がそろって、なんかかっこいいぞ。
無言で何かを期待している精霊様が・・・こわい。
「それでは、渡します。まずは、ベル、大好きだよ」
「ありがとうっ」
両手を出して、満面の笑みで受け取ってくれる。
「はい、ハクいつも世話になっているね。ありがとう。ブルー、レッド、ブラック、イエロー、ありがとう。これからもよろしく」
「「「「「コケッ」」」」」
何?どうしたの?軍隊みたいだよ。
「精霊様、最後になりましたが、チョコレートです。ベルがお世話になりました。これかもよろしくお願いいたします」
と言って、精霊様の膝にラッピングしたチョコをゆっくりのせる。可奈の方を見ていた瞳が、ゆっくり膝の上に載ったものを見る。
「開けられますか?もし今、食べるのならば、封を開けますが?」
目線が可奈の方をスローで戻って来る。そして、頷く。食べるのだと考えて、膝に置いたチョコを取り、封を開ける。チョコの包装を破いて、1つ剥き半分に割ると、精霊様の口元に持っていく、ゆっくりと口が開く。歯が並んでいる」・・・・ホラーだ。
その口の中に入れると、また、ゆっくり口を閉じる。咀嚼を始める。ふと口元を見ていた目を顔に戻すと、目が・・・目が・・・喜びで・・・・・でれてる?
そう表現しようがない・・・・細めているというより、でれでれ。
・・・・・なぜ?
まあ、喜んでいる枠みたいだから、いいにしよう。
その様子をおとなしく見守っていたベルたちが、ひと段落過ぎたと判断したのか聞いてきた。
「おかあさん、私も今食べていい?」
「いいよ。それは、おぼっこのお菓子と同じで、ベルのものだから好きに食べていいんだよ。でも、チョコはあまり食べすぎると、鼻血が出るから、いっぺんにたくさん食べない方がいいよ」
「わかった。それからね・・・・これ、おかあさんに」
精霊様に、可奈が構っていたとき、ごそごそしていると思ったら、ラッピングしたものをどこからだしてきたのだ。嬉しそうに差し出してくれる。
「何っ!お母さんに?うれしい」
「おかあさん、だいすきっ」
少し、照れたように、はにかんで言いいながら抱きついてきた。
大感激、超超かわいい~。
思いっきり抱きしめた。
ほんとに、サプライズだ。
後から聞いたら、夕飯を可奈が作っている時、ピアノの練習をしているとおもっていたら、おぼっこの自分用の菓子からチョコだけ抜き取って、ラッピングしてくれたのだ。
ハクたちは、器用にラッピングをはずし、包みを破き食べ始めていた。好きに食べればいいが、鶏が食べても、大丈夫なのか?
その後、残りの包みを持ち、ドラゴンのところへ行った。行く途中に、ベルが聞いてきた。
「ねえ、おかあさん。ドラゴンは怖くないの?」
「う~ん。全部のドラゴンが、怖いかどうかわからないけど、あのドラゴンは、大丈夫だよ」
「え~。なぜ?」
賢そうな瞳が、くりくりしている。可奈にもわからないが、何となくあのドラゴンは、可奈たちに危害を加えない気がしていた。
「う~~~ん。そうだね、昔、傷ついた犬を拾ったことがあるんだけど、その犬と同じ目をしていたからかな」
「えっ!!怪我していたら、獣はあぶないよ」
「う~~~~~ん。そうなんだよね。でも、その犬は、すごく理性があって人を見分けることができる犬だったんだよ」
「理性?」
「うん。自分を傷つけた人と助けてくれる人は別の人間だって。むやみやたらと、人に噛みついても仕方がないって、わかっていたみたいなんだよね」
「へ~。すごい賢い犬だね」
「そうだね、すごい賢い犬だったよ」
「・・・・死んじゃったの?」
「4年前にね。寿命だとお医者様に言われたから、そんな悲しそうにしなくてもいいよ」
「でも・・・」
可奈を気遣うように見上げてくる。子供なのに、人の心にすごく敏感だ。
だから、誤魔化さないで、本当の気持ちを伝える。
「悲しかったけど、寿命と言われてしまうと、仕方がないんだよ」
考え込んでいるベルの頭を優しくなで、東の原っぱを歩いて行く。
ドラゴンは、砂漠の縁ぎりぎりにいた。大きな身体を猫のように丸め、蹲っていた。間近で見るとドラゴンの皮膚?うろこは、乾いて、ぼろぼろな状態だ。身体は、痩せて、骨格が浮き出しているところもある。昨日も思ったのだが、もしかして、ずいぶん弱っているのだろうか。可奈が近づいたのに気がついたのか、うっすらと目を開け可奈を見た。縦長の爬虫類系の目だ。しかし、その目差しは、静かで、穏やかだ。
だから思わず、立て続けに、言ってしまった。言った後も、後悔はない。
「ねえ。大丈夫?お腹すいているの?はっ!!お水!喉が渇いているの?」
うっすらと開いた眼が、さらにゆっくりと大きくなる。首を持ち上げ、可奈のほうに顔を向ける。後ろで可奈の様子を見守っていたベルたちも黙って、可奈のやることを見ている。
「喉が渇いているのなら、そこに、水が飲めるところがあるよ。歩ける?」
可奈の言っていることが、わかったのかどうかわからない。さらに、続けて言う。
「私の言っていること、わかるかな?水、水、喉、渇く」
言いながら、喉に手を当て、飲み下すジェスチャーをする。ドラゴンが、体をゆすって、体ごと、可奈のほうに向いた。
「水、水、喉、ほら、おいで」
まるで、どこかの警戒している野良犬を懐かせるように、手を差し出して、ゆっくり招く。
ドラゴンがゆっくり立ち上がる。
でかい。
一瞬、その大きさに、びびってしまった。いまさらである。
少し考えなしの行動だったかもしれないと、ちょっとばかり思ったが、後悔はない。なんとなくだが、このドラゴンは自分たちを襲わないとわかった。優しいドラゴンってやつだ。
・・・きっと。
・・・たぶん。
大丈夫だろう。
立ち上がったドラゴンを誘導して、裏の山のはずれにある池と言うか沼に、案内した。
「ここで、水を飲めばいいよ。足元の土は、崩れやすいから気をつけてね」
可奈が、水場を示すと、後についてきたドラゴンは、可奈の顔を見つめ、ゆっくりと水場に近づいていった。首をのばし、水面に顔をつっこみ、水をごくごくと飲む。
すごい、勢いだ。
えっ!!そんなに、喉が渇いていたのかっ。落ち着いていたから、それほどでもないと思っていた。そんな可奈をおいて、ざばざばと、顔を水につけながら夢中で水を飲み干している。
「すごい。凄く喉が、渇いていたんだね」
すぐ横にそれまで、黙ってついてきていたベルが、呆れたようにいう。
「こけっ」
イエローが、相槌を打つ。
「そうだね。砂漠に水は、まったくないんだね」
「水だけじゃないよ。%$#&‘もないよ」
「そうか」
ベルが、かわいらしく肯定するので、ついついうなづいてしまう。
・・・・・%$#&‘って何?
聞き流すところだった。
「%$#&‘って、日本語で、なんて言うかわかる?」
可奈を見上げて、驚いた顔をする。%$#&‘を知らないだけで、そんなに驚かれることなの?
それでも、賢いベルは、すぐに切り替える。
「う~んとね。『魔素』かな?」
「『魔素』?魔法の元?」
「うん、たぶん。空気の中の『酸素』?とかと同じで、空気の中に混じっているものだと思う」
「そうか。空気の成分という意味もわかっているんだね。ベルは、すごく賢いね」
といいながら、頭をこれでもかと撫で繰り回す。かわいくて仕方がない。
はっ!話がずれた。
酸素とか空気の成分を異世界語では、ベルがわからなくて翻訳ができないのだが、魔素は同じ範疇らしい。
つまり、この世界のモノたちが魔法を使えるのは、この魔素を取り入れて、魔法を使っているということか?それが、この砂漠には、なくなってしまったのか。そうなると、身体に栄養分が、足りないような状態と同じようになってしまうのか?
いや、水が足りないのと同列で、話をしているわけだから、もっと必要不可欠なのか?
「ねぇベル。その魔素は、砂漠だからないの?」
「ううん。魔素がなくなって、雨が降らなくなったから、砂漠になったって、お話に出てきたよ」
首を振りながら、可奈の言うことを否定する。
ふぅ~ん、そうなんだ。
子どもに聞かせる昔話に出てくることなんだ。ホントのことかな?
まぁ、地球でも、なんらかが原因で気候変動が起こるなど、似たようなことがあるから、それが実際あったとして、この地でも、何かが原因で、人が住めなくなるような気候変動が、起こったのかな?
とりあえず魔素の話だ。
「魔素をとらないと、痩せちゃうの?」
「お話では、ドラゴンは、魔法を使えるから魔素がたくさんいるんだと思う。だから、魔素がないと痩せると思う」
「え~と、ベルは、ドラゴンを見たことなかったの?」
「ドラゴンなんて、初めて見たよ。町のそばに、ドラゴンいたら大騒ぎだよ。それに、こんなにおとなしいなんて、お話と違うよ」
可奈の言葉を聞いて、びっくりしたように言う。
・・・そうか、優しいドラゴンは、お話になっていなかったのか。まあ私も、優しいドラゴンの話など知らないけどね。
「ドラゴンって、凶暴なやつしかいないの?」
「う~ん、凶暴っていうか、ドラゴンは、精霊様みたいに、見たことのある人いないんじゃないかな。本で読んだお話で、ドラゴンが怒って、神様の怒りに触れて全滅した町とか村とかあるから、すごく怖いものだと思っていた」
そうか、ドラゴンのイメージって、神様よりなんだね。弱肉強食の頂点に立って暴虐を尽くす、単なる動物ってわけじゃないのね。
その間も、がぶがぶと浴びるように水を飲んでる。あれ、片足、水の中に入っているけど、大丈夫?底なし沼のように、沈んでいない?身体傾いているよね。沈んでいるよね、あれっえっ・・・水の中の砂を掻き分け、入って行ってる?
「あっ!ドラゴンさん大丈夫?」
ベルが、心配してるよ。ホント大丈夫?
結果・・・大丈夫でした。
水は、どこかの名水百選のように澄んでいて、底まで見えているのだけど、水底の砂の中に岩場というか、足場があるようだった。といっても結構深くでかいドラゴンでさえ顔を出すのがやっというところだ。砂に足をとられて、そのままお陀仏と言うこともなさそうなので、勝手にさせておくことにした。
満足いくまで、喉を潤したのか、身体は、水につけたまま顔を水辺に出し、一日の終わりにお風呂に使った親父のような雰囲気を出してこちらに顔を岸に突き出し目を瞑っていた。
最初の用事を思い出した。
「そうだ、これ、ドラゴン、ドラゴン、チョコレート食べる?」
話がわかるかどうかなど考えない。道端の野良猫に話しかける感覚だ。
チョコレートのような菓子でなく、もっと腹持ちがするような肉とか、肉とか、肉のほうが良かったかもしれないなぁ。
目を閉じて、湯船に浸かるようにくつろいでいたドラゴンが、また、目を開け可奈たちのほうを見る。見るといっても、可奈の2mぐらい横に大きな顔を突き出しているのだが。
「ほら、口開けてごらん」
といいながら、おとなしく口を開けたドラゴンを疑問にも思わず、剥いたチョコレートを放り込む。口を閉じたのだが、あまり量が少なすぎて、歯ごたえがないんじゃなかろうかと可奈は、あせってしまった。
「ベル、これ、全部むいて」
一緒に、ラッピングしたものをすべて剥くと、それを横目で見ていたドラゴンがうれしそうに小さい声を出す。
「ぐぅわぅ」
「ちょっと待ってて。すぐやるからね」
全部剥き終わり、ベルと一緒に、開いた口にすべてをいっぺんに入れる。
「よく噛んで食べるんだよ」
ベルが、言い聞かせるように言う。私が、ベルによく言っているのをまねしているのだ。また、ドラゴンが、それでも怖いのか、恐る恐る言っているのが、超―かわいい。
よく噛むも何も、噛むほど量がないことは、この際無視だ。
「そうだね、食べた後は、よく口をゆすいでね。虫歯になるからね」
ドラゴンが、虫歯になるかどうかは知らない。虫歯になったらかわいそうだが、正直興味がない。これは、ベルに言い聞かせているのだ。親の高等手腕だ。よその子に言い聞かせるふりをして、実は自分の子の躾に利用する。あざとい技だ。
ふっ、だんだん親家業が、身についてきたよ。
ベルも“人の振り見て我が振り直せ”の教育が身についてきたのか、すかさず言い訳するように、加奈に向かって、宣言する。
「私は、歯磨きするよっ。食べたら絶対するよ。イエローもするよ」
いや、イエローはしないだろう。もし、ベルに強要されたらかわいそうだが、仕方がないとあきらめてもらおう。
でも、ベル、虫歯の恐怖がトラウマになっているのかな、虫歯の絵本を見せすぎたかな。まずかったかな。
しかし、なんと言っても、虫歯は怖い。歯医者はいないし。甘いものをたくさん食べさせているから歯磨きの習慣は、身につけさせないと、マジやばいのだ。
「そうだね。ベルは、ちゃんと磨けて偉いね。でも、イエローは、歯がないから大丈夫じゃないかな。」
一応イエローのことをフォローしておく。感謝しろっ!!イエロー。
でかい図体に対して、ほんの少しのチョコレートだったが、じっくり味わうように、再び目を瞑りながら、口に中に留めるように、食べていたドラゴンが、ようやく口の動きを止めた。いったい何を、食べていたのだろう。砂漠の魔獣を食べていたのか?とりあえず、冷蔵庫の肉を持ってきてあげようか。
「ベル、ドラゴンに、お肉をあげようか?」
「うんっ!!」
ベルも、大賛成のようだ。早速、家にとりに行った。5kgほどの肉を集め、ドラゴンに、もって行くと、先ほどと同じ姿勢で、水に浸かっていた。
「まだお腹空いている?ほら、お肉を食べる?」
目を開け、こちらを見たドラゴンに先ほどのチョコと同じように、与える。今度は、ベルも慣れたのか、次々と、肉を口の中に放り込む。5kgといっても、ドラゴンの巨体に比べたら雀の涙ほどの分量にしかならない。
「もっと、食べる?」
一応、本人の希望を聞いてみる。
「くぉうん」
意外なことに、もう、十分満足のような返事が返ってきた。
そうか、もう、いらないのか。
あれ?なぜ、ドラゴンの言いたいことが、わかったの、私。
まぁ、それは置いておこう。とりあえず、この量で、満足してくれたということで、こちらも、手を出したことに限がついて良かったと思おう。
「もっとほしいの?」
うちのかわいいベルは、すぐに家に向かって、補充に走り出そうとしている。
本当にかわいい。
「もう、お腹いっぱいだって」
可奈が、伝えると不思議なことに、ベルがそのまま納得した。
拍子抜けだ。
可奈が、ドラゴンと意思疎通がなんとなくできることは、可奈自体が不思議に思っていることなのに、ベルは、当然のように受け入れている。
なぜ?
考え込んでいる可奈を余所にベルは、イエローたちとドラゴンの周りを移動してしげしげと見て、いまさらのように言った。
「ドラゴンって、おおきいねぇ」
ベルの声で、考え事が中断した。
「そうだね。おおきいね」
「・・・・・ドラゴン、ずっと、おうちにいるの」
子犬や子猫を拾ってきた子どものかくやと、いわんばかりの典型的なおねだり半分様子で、恐る恐る聞いてきた。
えっ?家で飼うってこと?飼いたいの?犬や猫じゃないよ。爬虫類系と言えばかわいいけど、ドラゴンだよ。言っている通り恐ろしくでかいよ。
下世話な話かもしれないが、餌代の心配を、一瞬のうちにした可奈を誰も、絶対笑えないだろうと思う。
一瞬だけだ。落ち着いて考えれば、今日のお肉だって、無限に補充される不思議現象の賜物だ。餌代の心配は無しだ。手間も、今日ぐらいだったら、たいしたことではない。
ベルに、そのまま返事をする前に、そのことに気がまわってよかった。
ベルを見ると、飼いたい様子が満々だ。考えてみれば、可奈自身別に反対したい気持ちはない。どちらかといえば、面倒を見る気が十分にあるほうだ。なんといっても、でかい図体だが、なんとなくかわいげがあるのだ。
「そうだね、ここが気に入ってくれるようだったら、ここにいてくれて構わないよね」
と言うと、ベルの顔が、途端に満面の笑顔になる。よっぽどこのドラゴンが、気に入ったらしい。
良かった、良かった。
「ここに、いたかったら好きにすればいいよ。また、夕方に、お肉を持ってくるからね」
と言って、くつろいでいるドラゴンを残し家に皆で戻った。
「私、もって来るね。いいでしょ?」
「いいよ」
ご機嫌なベルの可愛いことといったらなかったと言っておこう。イエローが、横目で、ドラゴンを見ていたことには、目を瞑ろう。
いつまでも、ベルの寵愛を受けられると思ったら大間違いなのだよ。人の心は、移ろいやすいのよ。特に、自分勝手なヤツにはな、イエロー。おまえだよ。




