39.ピアノ
余談を話そう。
私は、ピアノ教室に通ったことがある。
でも、ピアノは弾けない。
4ヶ月でやめたからだ。
正確に言うと、15回目のお稽古で、止めた。
音楽を学ぶには、絶対音感があるといいなどと、まことしやかに言われているが、自分に絶対音感の有無など、関係なかった。
まず手の位置からしてあやしかった。手首が下がってしまうのだ。鍵盤に手が引っかかるような感じで、弾いてしまうのだ。先生に、注意をされれば直すのだが、直ぐと手首が下がってしまう。
その時に、・・・・う?っとは、思った。でも、初めからできる人はいない。
祖父が、近所のおばさんから子供の習い事について聞き込んできて、祖母と評判のいいところを探してくれた場所だった。
個室が何部屋かあり、個人レッスンで、担当の先生は、30代くらいの女の先生だった。教え方も上手で、優しく、一緒についてきた祖母も安心して任せられると、太鼓判を押していた。
何回通っても、手の癖は治らず、先生も注意をするのは、やめてしまった。そこらへんで気づけよとは思う。
でも、致命的だったのは、リズム感がないことだった。
レッスンの仕方は、練習曲を教室で、教えてもらい、家で練習して、教室でおさらいをするという方法だった。あるとき、ある曲で、家で練習して暗譜して、祖父母に披露し、褒めてもらい、意気揚々と教室のおさらいに臨んだ。前の生徒の練習時間が押しており、先に一人で練習していた。しばらくした後、ノックの音がして、先生が顔だけ出して小さな声で言った。
「こんにちは。よく頑張っていますね。でも、ちょっと、耳を澄まして、隣の人の曲を聴いてごらんなさい」
一応の防音設備があるためか、あまりよく聞こえない。それでも、耳を澄ますと、確かに、隣で弾いているピアノの音が、聞こえてくる。
けっこう、上手だな。
「どう思いますか?」
どう思うって、なんと答えていいものか。そのまま答えればいいのか?
「上手です」
「うん、それもあるけど・・・・・この曲、可奈さんが弾いている曲なのだけど」
何言っているのかわからない。誰かが、隣の部屋で弾いているのであって、私は弾いていない。怪訝な顔をしたのがわかったのか、言い直してきた。
「隣の人が弾いている曲は、可奈さんが練習してきた曲と、同じなのだけど・・・」
はぁ~?何言っているのかわからないというより、言っている意味が受け付けられない。
先生は、耳を澄ますようにして、隣の曲を聴くように、促している。
違う曲だ。
耳を澄まそうが、何しようが、私が弾いている曲とは、違う曲だ。
「う~ん。この練習曲は、3拍子の曲なのだけど、可奈さんは4拍子で弾いていますよ」
何っ?何言っているの?
「ほら、いち、にっ、さん。いち、に、さん。たん、たん、たん・・・」
と手拍子まで入れて、拍子をとる。確かに隣の子が弾いている曲は、ぴったり合っている。
なぜ?
「可奈さん、弾いてごらんなさい」
言われたとおりに、家で覚えてきたとおりに弾いた。先生は、拍子を3拍子でとった。まったく、合っていない。可奈が弾いている曲の合いの手のようになっている。それで、4拍子かというと、それも、微妙だ。
自分は、何を練習してきたのだろう。
曲って、リズムが違うと、だいぶ元の曲から、かけ離れるんだね。
すごくびっくりした。先生も、びっくりだったらしい。
それから、何曲か練習して、わかったことは、長い曲だと、知らないうちにリズムを変え、暗譜をすると、ト音記号や印を変えてしまう癖があるらしい。
ほぼ創作?
そして、結果。
悲しいお知らせです。
祖父母を説得して、お教室、やめさせていただきました。
最初は、祖父母は、可奈の言っている意味が分からなかったようだが、意味が分かってからも、楽しく弾けていれば、いいんじゃないかと可奈がやめることに、反対だった。しかし、発表会の練習であきらめた。
何日か練習をしているうちに、曲が変わっていっていることに、まず祖父が気が付いた。最初は、修正しようと可奈はもちろん、先生も祖父も祖母も、頑張った。レコーダーを使って、教室の日でもないのに、元曲を先生が弾いてくれて録音したもので練習した。最終的には、ほぼ、ずれないで弾けるようになった。
本番・・・・皆が首をかしげる曲を弾ききった可奈である。
祖父母も先生も、可奈の決意を受け入れた。
ピアノは、楽しく弾くものだ。それでは、家にあるピアノで、一人で、適当に弾いていればいいんじゃないかということになったのだ。
という訳で、可奈は、ピアノが弾けない。ピアノが弾けないどころか、音楽全般が怪しい。伴奏が合ったり、合唱だったりした場合は、大丈夫なのだが、自分で奏でると妙なことになる。音符は覚えても、その音の長さだったり、リズムを覚えられないからだ。
アカペラをできる人は、偉大だ。ゴスペルもテレビでやるアカペラ選手権も大好きだ。尊敬している。聴いていると、ほんとすばらしいよ。心が躍る。
年末に、ベルたちが庭で踊ったときには、感心を通り越して、感激したよ。ベルならあのピアノが活用されるよ。興味を持ってくれてありがとうだね。今までは、単なる客間の高い飾りだったのだから。
手のポジションだけは、それなりに教えて、後は、音符の読み方を教える。
覚えがいい。
その後は、動画様にお任せである。客間の大型テレビ大活躍。教本と同じ曲の動画を見せ、手本を示し、教本に合わせさせる。教本に書いてあることを説明し、一度ベルに、弾かせる。
うちの子、音楽の神様に愛されているな。
完璧だ。
初めてとは思えないほど、可奈的には、完璧にしか聴こえない。
たとえ、4小節しかなくても、関係ない、天才の片鱗を見た。
うちの子、音楽の神様に愛されているのは確かだ。
かわいいからだろう。これは、絶対だ。
したがって、弾いている横から抱きしめてしまったのは、仕方がない。ベルも多少邪魔そうだが、喜んでいたからよしとしよう。
ハクたちも、コケコケ鳴いて、ベルを褒め称えた。
どんどん進んで、可奈が1ヶ月かけたところをまで進んだ。あんまり、急ぎすぎても、と言うことで、1時間ほどして、今日は終わりにした。ベルには、練習したかったら、いつでもやっていいと言うと、
「今からやってもいい?」
早速か。
「いいけど、時々、テレビを見てね。そうだ、あんたたちで、ベルが弾くリズムを覚えたひといる?」
人かどうかわからないが、もう人間と同じ扱いだ。
鶏たちも年末のことを考えれば、リズム感は、いいだろう。そう聴くと、ハクがブルーのほうを見た。
「コケッ」
妙にきりっとして、イエローが返事をしたが、無視をした。
「じゃあ、ブルー、ベルについていて、リズムが狂ったり、変だったら、教えてあげて。できる?」
「コケッコケッ」
イエローが騒いでいるが、無視である。
「コケ」
しっかり、ブルーが頷きながら返事を返してくれた。
「じゃあ、よろしくね。ベル、頑張りすぎないで、適当なところで、終わりにしなさいね。イエロー、ベルたちの邪魔しないようにね」
と、注意だけして客間を出た。30分位したら、終わりにさせて、他のことをさせよう。
やりすぎて、飽きてしまっても、つまらないからね。
リビングに戻ってみると、テレビがついていた。
あれっ?消し忘れたのかなと思い、リモコンを探して、目をやり、心臓が止まる思いがした。
いた。
精霊様が、いた。
・・・・ソファーに。
リモコンのそばに、足を投げ出して、お座りになっていた。
声を出さなかった可奈をほめてほしい。
血の気が引いた。
テレビの画面に向けていた顔が徐々に、可奈のほうを向いた。
ホラーだ。ホラーが、ここにある。
人形のような感情のない瞳が、可奈を見つめた。
何っ?何を期待されているのっ?
期待にこたえるよ、できるだけ。
だから、その無表情な目で見つめるのは、や・め・て。
「精霊様、どうされましたか」
尋ねても変化がない。
「お茶しますか?」
といった瞬間、目がきらきらしだした。
お茶か?お茶なのか?いや、お茶であんなに喜ばないな。可奈がお茶と言うとおやつにするという意味を指すから、おやつか、お菓子が食べたいのか?
ケーキはもうないぞ。っていうか、当分作らないぞ。
そうだ、凍らせて保存してある餅を磯辺にしようか。黄な粉でもいいな。よしそうしよう。
「精霊様、今から、おやつの支度をしますから、後30分ほど、お待ちください」
と言うと、ゆっくり頷いて、またテレビ画面に顔をむけた。画面には、日本の魔法少女のアニメを放映していた。そのチャンネルを選んだの?楽しいの?言葉わかるの?
いろいろな疑問が浮かんだが、口を出すのは、はばかれたので、そのままキッチンに向かった。
考えれば、ベルも、最初の頃から暇さえあれば、テレビを見ていた。言葉の壁はないのかもしれない。
まあ、寝床から出さないために、テレビを見させていたというのもあるけど。
そのおかげのせいか、言葉の習得は、早かったよ。たぶん日本語を話させたら、普通に話すんじゃないかな。日本語どころか、最近では、NHKの語学番組も見てるみたいだし、この世界の人間は、スペック高いのかな。
ベルは特別だけどね。
・・・ちがった。精霊様は、人間じゃないか。
とりあえず、好きにさせよう。
・・・・・・決して、近づいて、話をするのが怖いからではない。
一緒についてきたハクたちも、リビングに座り込んでテレビを見始めた。
お前たちも、面白いのか?・・・・それ。
トースターで、餅を焼いて磯辺焼きにする。餅の匂いがしたのか、イエローの足音が、廊下から聞こえてきた。爪を立てないよう歩いてくれるのは、結構だが、結構まぬけな足音だ。
「イエロー、ベルとブルーを呼んできて、おやつだって言って」
姿が見える前に、大声で、イエローに言う。遠ざかる音が、来た時より速い。
慌てなくても、数だけ、焼くよ。心の中で、言っておく。
磯辺焼きが一通り行き渡ってから、今度は、黄な粉をまぶす。おやつだというのに、腹いっぱい食べようとする皆であったが、後一個ずつだというと、それぞれ磯辺焼きにするか、黄な粉にするかを選んだ。お茶といっしょに食べたせいで、結構お腹が膨れたみたいだ。腹ごなしだといいながら、ハクたちと外に飛び出した。
どこで覚えた、その言葉。
天気は良いが、まだまだ、寒い。風邪をひかないように、慌てて、上着を着させる。
庭で元気に、ハクたちと、鬼ごっこだ。
ちょ~とハードだが。皆素早いし、追いかける勢いが、半端ない。
ベルの笑い声が、響きわたる。
元気で何より、子供は、風の子か。




