35.ヤキモチ
炬燵の台の上を見ると、精霊様が、わしわしと手づかみでケーキを頬張っている。自分の体の4分の1以上はあるケーキが、半分以上減っている。よく食べたな。というより食べるの早くね。食べきるつもりかな?
無理じゃね?
縁側を見ると、綺麗に食べ終わっている。最近、敷物にこぼさなくなってきた。約1羽を除いて。奴は、自分の皿から、こぼしたケーキをついばんでいる。他の鶏たちは、身繕いをしている。
視線を炬燵に戻すと、さすがに、食べきれないようだ。食べる速度が遅くなってきている。というか、口に無理やり突っ込んでいる。
「精霊様、また、後で食べればいいじゃないですか。とって置きますよ」
というと、可奈の見上げ、じっと可奈の眼を見つめ考え込む様子を見せる。
・・・その無表情な瞳で、見ないで。こわいから。
しばらく、じっと見た後、理解したのか、こっくりと頷くと、ケーキから手を放し、座り込む。両手がべたべただ。布巾とかテッシュとかで拭えるレベルじゃない。
「精霊様、少し失礼します」
精霊様に声をかけ、胴体をつかんで持ち上げる。ベルを見ると、食べ終わり、可奈のすることを見ている。
「ベル、すまないけど精霊様の皿にラップをかけて、台を片付けてくれる?」
「・・・・うん」
無表情で、返事をする。
・・・・・・・あれ?
精霊様の口と手を流しで綺麗にしていると、使った台拭きを持ってきたベルがその様子を、もの言いたげにチラっと見る。
う~ん・・・・
「ベル、綺麗にしてくれて、ありがとう。ベルがやってくれるから、すごく助かる」
「・・・うん」
返事に元気がない。
精霊様を綺麗にして、リビングに行く。
「精霊様、炬燵の中がいいですか」
頷かれたので、そのまま、炬燵に入れる。
「夕ご飯が、できたら、また呼びますから」
顔をあげると、ベルも可奈の横に来て、精霊様を除いていた。可奈の横というより、可奈にぴったりくっついて。
ベルの顔を見ると、無表情だ。
無表情の中に、寂しさと不安が見える。この感情には、覚えがある。見た覚えではない、自分が幼い頃、経験した感情だ。
・・・・・・嫉妬だ。
ベルも、たぶん、はっきりとは、わかってないのだろうと思う。でも、無意識化で不安に感じたのだろう。自分以外の何かに、可奈を取られてしまうのではないかと。
今までは、何をするのでも、ベルを、優先して世話を焼いていたのに、精霊様の世話を、先にしてしまったせいだ。可奈のミスだ。不安にさせてしまった。
「ベル、ごめんね。精霊様がベルより、大事というわけじゃないよ」
無言で、可奈の顔を見つめている。瞳が期待と不信が交差して揺れている。
「ベルが、一番大事だよ。ベルは、お母さんの子だからね」
と言って、くっ付いてきた身体をさらに、腕で、引き寄せ抱きしめる。
腕の中で、くぐもって聞こえないくらいの声で、ベルが、つぶやく。聞こえなくてもいい、というより、聞こえてしまうことを恐れるように小さな声で言ったのだろう。
「・・・・・でも、本当のおかあさんじゃない・・・・・」
聞き取ってしまった。高性能な我が耳である。
聞こえてよかった。
ベルの両肩に手をあて、身体を放そうとすると、少しあらがったが、すぐにあきらめたように、力を抜き、可奈にされるがままになった。
諦めることが、身についてしまっているのだ。
悲しい。
こういうとき、どうしたらいいのだろうと、いつも考える。
「ベル」
声をかけ、ベルと目を合わせる。ベルの瞳に、力が宿る。たぶん、身体を離されたとき、見捨てられたと思ったのだろうが、可奈の声で、自分が思っていたのと違う展開に、なるんじゃないかと期待が湧いたのだろう。
「ベル。私はベルのおかあさんだよ。ベルが大好きだし、ベルのためなら何でもする。前にも言ったけど、ベルには、産んでくれたお母さんと育てるおかあさんと2人いるんだよ。」
可奈の話をすがるように聞いている。信じたのかどうか、わからないなんて言ってられない。信じたいのだ。だから信じさせてしまうのだ。そういう思いを胸に、一世一代の嘘をつく。
「こっちを見てベル。私が神様からベルを育てるおかあさんだよって言われているんだよ。それは、ベルが、生まれる前から決まったことだったんだよ」
ベルに、疑うような目をされた。しばらく考えた後、小さな声で、恐れるように、囁く。
「・・・・神様っているの?」
だから、わざと大きな声で、陽気に言う。
「はあ~?何、言ってるの。いるよ。だから、この家にも、神棚とか仏壇とかあるんじゃない。山にも社があるでしょ。何のためにあると思っているの。それにほら、精霊様だっているんだから」
「・・・・・神様に言われたって・・・・何で、おかあさん、町にいたとき迎えに来てくれなかったの?」
精霊様、華麗にスルーされた。
「・・・・・うん。ごめんね。そのときは、まだ、おかあさん、神様に教えてもらえなかったの」
反射的にベルが叫ぶ。
「どうしてっ!どうして、神様は、おかあさんに、教えなかったのっ」
だんだん、ベルが、興奮してきた。ヤバい。
「うん、わからない。わからないけど、でも間に合った。ベルを、ここに連れてこれた。それだけでも、神様に感謝するよ」
可奈の言葉を聞き、ベルが混乱して、感情が吹き荒れていく。
「そんなのっ!!そんなのないっ!!!すごくっすごく痛かったっ!!!お腹もすいたっ!!!苦しかったっ!!!もうっ死んでしまって何回も、思ったっ神様なんか・・神様なんか・・・おかあさ・・・んっうっ・・・わあ~~~んっあ~~~」
もう、最後は、何を言っているのか、自分でもわからなかっただろう。大きな声で泣き叫んで、両手を拳にして、可奈を叩きまくった。めちゃくちゃに、暴れる。
・・・・痛い。
焦って、抱きしめようにも、結構力がある。ベルを抱きしめようとした拍子に、後ろに、そのままひっくり返る。
ベルが可奈の上にマウント状態だ。この体勢はヤバい。
つまるところ、ドラムのように、上から胸を叩かれまくりになる。
まじ痛い。
ホント、このままだと肋骨いっちゃうんじゃない。
ベルの痛みは、この比ではなかっただろう。
けど、地味にヤバイ体勢だ。
何とかうまいこと、体を横倒しにする。ベルをなだめるために、優しく腕で囲う。
次第に、ベルの勢いが衰えてくる。泣き叫んでいた声もしゃくりあげになってきた。
ベルを、横抱きにしながら、身体をさする。だんだん落ち着いてきたようだ。
どうにも適切なことは言えない。
心が傷だらけの子に、何を言ってやれるんだろう。
・・・・・情けない。
情けなさに、身を切られる。
祖母も可奈が癇癪をおこしたとき、こんな気持ちだったのか?
そのときの祖母が可奈にしてくれたことは、優しく抱あげて、可奈の気がおさまるまで、子守唄を繰り返し歌ってくれた。
ゆらゆらと、胸に抱かれながら、聞こえてくる唄に、心が次第に凪いでいったことを覚えている。
可奈も、下手な歌だが、昔から知っている子守唄を小さく口ずさむ。
ベルが、可奈の胸でうとうとしだしたのが、わかった。
・・・・胸が痛い。
叩かれたところも痛いが、身体の奥のどこかわからないところが、涙が出るほど痛い。
やっと、落ち着いた子に、泣き声なんか聞かせられない。唇をかみしめる。喉が痙攣して、しゃっくりみたいな変な声がもれる。
・・・・こんな小さな子が、こんな思いをしなければならなかった、この世界の人間が憎い。
憎んでも、ベルの心が幸せになるわけではない。それは、わかる。でも、時折、どうしょうもなく、心に黒いものが、押し寄せるように、湧き上がってくる。
・・・・・・・・クールダウンだ。
落ち着け、ベルの幸せだけを考えろ。負の感情をもって生きてたって、碌なことはない。
足元の幸せを見つめなければいけない。先の幸を呼び込むために。
・・・・・・誰が、言った?
・・・・・・誰に、聞いた?
まあ、それは、いいとして、今、ベルは子供だ。
可奈の言葉を半分は信じてくれただろうか。でも、いつか、こんな言葉で、ごまかしきれない年がすぐ来るだろう。その頃には、一人でも安心して生きていけるだけの力が心に宿るだろうか。
・・・・いや、宿らせたいよ。可奈が、祖父母に育てられたように。




