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30.感謝

泣く子と地頭には、勝てぬって昔の人も言ってたよね。それは、正しいよ。

この涙がいっぱいの瞳の破壊力に対抗できたら鬼だよ。無理だよ。事の善し悪しなんて関係ないね。無理だよ。



自分に言い訳して、流されるように、人形擬きを受け入れた。


何でひどいこと言ったの?と、可奈を責め立て、自分はちっとも、悪くないという態度の鶏がいる。問いただすのは、後にしよう。


イエローばかりじゃなかったのだ。こいつもだ。


レッドに、土間の洗い場でで、脚を洗うように言って、人形擬きをその背からおろした。


触るのが、怖い。

っていうか気持ちが悪い。

どこ持てばいいの?

震える指を抑えて、そっと胴体をつかむ。


生暖かい。


生きている。

動きは、ぎこちないが、じっとこちらを見ている。警戒しているようだ。

つぶらな瞳って、罪だよ。

警戒するようなことしちゃった身としては、心苦しい。

左手を添えて下から支え、目の高さに、人形擬きの顔持ってくる。

「ごめんね。びっくりしちゃって、ひどい事言っちゃたね。」

謝ると、ゆっくり首を振って、ニッコリ笑ってくれる。

「許してくれるの?」

頭を縦にゆっくり振る。頷いてくれたのだろう。

あまり早く動くと首が外れちゃうの?怖いからゆっくりでいいからね。

「精霊様、精霊様」

ベルが背伸びをして、可奈の手にある人形擬きを見ようとする。

ゆっくり、可奈の手の内から下を見下ろし、ベルを見ると、また、ニッコリ笑う。

「精霊様、私、助かりました。ありがとうございました」

ベルが、本当に感謝を込めて、人形擬きに言うと・・・

人形の周りが、少しキラキラした。

可奈につかまれているだけだった人形が、自分で手足を動かし、可奈のつかんでいる手につかまって自分の体を支えて、ベルの方へ身を乗り出した。


おぉっと、ちょっと待て。


「ここじゃあ、なんだから、部屋を移動するよ」

と言いながら、ベルいわくの精霊様を、手に持ったまま廊下を進む。



あれ?そういえば、イエローは、どこ行ったの?

そういえば、精霊様を紙粘土で作っている時から、今日はいなかったな。


最近は、バリアが安心できると分かったので、東西南北の警戒も適当でいいって伝えてある。

鶏たちは、自分たちの担当区域をそれなりに気にしてくれているが、家の敷地ぐらいだと、気配でわかるようになったようで、常時受け持ちの場所を警邏することはなくなった。

それでも、ときたま、うろうろして実際、見に行ってくれているようだ。


・・・・ってイエローは、担当区域ないじゃん。あんたの担当は、ベルじゃんっ。ベルの”これ”に対する対応がおかしいときに、どこ行ったんだ、あいつは・・・



リビングに、移動して、手に握ったものの置きどころに困る。

炬燵の上か?

仕方がない、座布団を炬燵の上に置いて、そっと置く。バランスが悪いのか、コロンと転がる。



背中からウエストの部分をそっとつかんで座らせる。背中に、蜜柑を支えに置く。



蜜柑に寄りかかりながら、身体を安定させて、居住まいを直す。動きが鈍い。やたら時間がかかる。


落ち着くと、前に座っている可奈をニコニコしながら見ている。悪意など欠片も見られない。


何?

つい、可奈もじっと見つめてしまう。

可奈たちが作ったものなんかどこかにいってしまったクオリティーだ。あの像が土台になったんだとは、言うのもおこがましい。リ○ちゃんなんて目じゃない。というか、人形、人形って言ってたけど、小さいモデルさん?服なんかもひらひらしているし、あれっだんだんひらひらきらきらが、増してきた?


可奈をキラキラした瞳で見てくるだけで、何も話しかけてこない。

仕方がない。

「あの、先ほどは、失礼しました」

無言である。キラキラが、増したような気がするだけだ。

コミュ能力を私に求める事態にするのは、やめて~。

話の接ぎ穂として、思い切って聞いてみる。まさかと思ってはいるが。



「あの、精霊様でいらっしゃいますか?」



ニコニコして、ゆっくり頷かれた。


ホントに?

また頷かられた。



・・・・・・精霊様らしい。



本当か?



確かに、ちょっと神々しい気が振り撒かれている気がし始めてきた。


ベルが世話になった、精霊様か?

斜め後ろ座っているベルに、確認するように振り返ると、別の意味で目をキラキラさせて何度も頷いている。


とりあえず・・・


・・・拝んどくか?


一応ってこともあるし。


炬燵の上の座布団で、蜜柑を背中の支えに、足を投げ出して座っている精霊様を前に、正座を、し直して、手を合わせ頭を下げる。


斜め後ろに座って様子を窺っていたベルも居住まいをただし、可奈の真似をするのが、感じられた。


『精霊様、お越しくださりまして、光栄至極でございます。先年は、ここにおります少女をお助けくださいまして、誠にありがとうございました。お陰をもちまして、無事、この家に連れてくることが叶いました。重ねてお礼を申し上げます』

敬語などめったに使ったことがない。正しい尊敬語が使えたかどうかなどわからない。それでも、精一杯の感謝を込めて日本語で言う。慣れた日本語の方が、思いが込められると思ったのだ。その後もう一度、こちらの言葉で、言い訳のように続ける。

「精霊様、こちらの言葉は、まだよくわかりません。敬語もうまく使えませんが許してください。さっきはすみませんでした。精霊様が来てくれて、うれしいです。ベルを助けてくれて、本当にありがとうございました。」

そのまま、深く頭を下げた。ベルも一緒に頭を下げたのが目の端に映る。

と、また、強く光が放たれた。


今度は何?


急に顔を向けるのは、不敬に当たりそうで、ゆっくり頭を上げる。


あまり、様子は変わらなそうだが、蜜柑に完全に寄りかかっていたのが、一人で座っているようだ。座り直している様子を見ると、少し動きも滑らかになっている。


一瞬ドキッとした。動作が素早くなっている。目を離したすきに、何か・・・・


なんなの?


どういうこと?


その惹起のない澄んだ瞳で、なぜそんなに熱心に私たちを見るの?


もう少し、拝めばいいの?



どうしたらいいの?







突然。


コケッーーーーーー


家の裏の東側で、イエローの鳴き声が響きわたった。


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