3.異世界生活になじむには
人間、衣食住足りて、・・・満足か・・・
あれから、2ヶ月ほど過ぎた。日本だったら暮れの12月28日だ。
いつもの年だったら、餅つきをする日だ。一応大掃除は、ぼちぼちとやり終えた。正月のもちは、2年ほど前から、臼と杵ではなく、自動餅つき機に変わった。おじいちゃんからもちっこチャンへの選手交代である。もち米は研ぐだけで、後は、蒸すのもつくのもやってくれる優れものだ。ちなみに、パンも焼いてくれるらしい。
使ったことないけど。
おじいちゃん、おばあちゃんが死んで、喪に服すべきかどうか考えた。
食べられないと思うと、無性に食べたくなるのが性質だ。結局もちはつかなかったが、保存食のサト○の切り餅がしまってあるかどうかを、確認した。
ある。
OKだ。
何でとは言わないが、もちだけで、この正月は、過ごせると、思ってしまった。災害用保存袋偉大だ。蕎麦は、乾麺があった。蕎麦粉もあり、打とうと思えば、打てたのだが、自粛した。決して、自分で打ってもまずいからではない。裏の山は、清水が涌いていて田んぼの横に流れこむように、小川ができている。その淵には、三つ葉や芹が生えている。うちの年越し蕎麦は、芹そばである。
そんなこんなで、年越しの恒例、紅白○合戦だ。司会は、インターネットでみたとおりの男女の芸能人だ。歌手たちの歌う順番も発表通りだ。違う世界に自分だけ来ているだけで、日本は何も変わらないようだ。この2ヶ月の生活を振り返ると、自分もあまり変わりがないが。
途中気がついたことは、データ放送で投票の送信ができないことだ。向こうから電波は来ても、こちらからは、送れないということだと思う。考えてみれば、電気ガス水道すべて向こうからの一方通行だ。自分の生活が困らなければ別にいいのだが、料金はどうなっているのだろう。
考えても仕方がない。銀行から引き落とされるだけ、引き落としがされればいいが。
自分にも、何人かは、いなくなったことを心配してくれると思う友人や知り合いがいる。でも、彼らにも、生活があり、家族がある。あの世界で自分ひとりがいなくなったところで、なんら変わりがないことだろうと思う。最初は悲しんでくれるかもしれないが、時が流れていくうちに、薄らいでいくことだろう。こっちは、こっちでやっていくしかない。腹をくくろう。
何回目かの〝覚悟した”決心だ。
もともと、ひきこもりぎみな人間だ。自宅警備員の星を目指すことも、夢じゃない。今、この家を無断でもなんでも訪問するものはいそうもないが。
でもやっぱり寂しい。
最近、5羽の鶏に、区別がつくようになってきた。皆、白色レグホンだ。
一羽ずつ名前をつけてしまった。
もう、絞めることはできなくなったが、卵を産んでくれるからいいかと、思うようになった。時々話しかけるのだが、話がわかるのか、首をかしげながら聴いてくれるリーダーのハクを筆頭に、それぞれ個性がある。小屋は2m×2mの大きさで、下はコンクリートの打ちっぱなし、2段の棚付ワンルームである。ハクビシンや野良猫に襲われないように、常に小屋の中に入れていたが、自分達しかいないのだからと、日中は小屋から出して、自由にさせている。最初離すとき、庭のハーブや野菜には、手をつけないように、言い聞かせた。理解できるとは思っていなかったのだが、案外わかっているのか、今のところ、ついばむことはしない。
偉いぞ。うちのニワちゃんたち。庭の土や畑をつんつくしている様子をみると、小さい虫は、一緒にこの世界に来たのかもしれない。
家の東側の庭のような畑には、果樹も植えてあり、いつもならば、実がなればいいとは思っても、あまり手を掛けなかったが、家にある農業や草木の本やインターネットを読みながら面倒を見た。裏の山の中にも実のなる木が結構ある。冬の時期に手入れをしなければならないものや、柑橘系の収穫なんかをしながら木に声をかけている。危ない人になりつつある。
なんとなく声をかけていると、思いが伝わって、実を採るとき、採りやすいようにしてくれていたり、枝を切るとき、切りやすいようにしてくれている気がする。
気のせいだとは思うが。
ホントだったら、自分で言っててなんだが、マジ怖い。
たまに、暇を見て、完全防備で、砂漠に出てみる。決して家が見えなくなる所までは、出ないが、取り合えず、方位磁石を持ち、何かが見えるか、確認しに行っている。
何もない。
どこも、かしこも、一面全く、何もない。変化なし。
たまに、砂丘が、崩れて形を変えて、地形が変化するぐらいだ。
多少変化したことは、裏の山の草が、徐々に砂漠に進出していることだ。砂漠化が侵食してくるのではなく、こちら側が、だんだんと侵出していっている。
砂漠にのみこまれる心配も少しばかりしていたので、安心した。木はまだだが、草らしきものが、少しずつはびこっていっている。今、日本は冬で、草木は枯れて、芽も出ないはずなのに、緑が広がっていっている。敷地外と思われるところは灼熱の砂漠である。水が有って、気温が高ければ、オアシス?って感じで、植物が生育するのかな、と埒もないことを考えている。
外来種か?やばいか?など、チラッと頭に浮かんだがほぼ意味がないと自分の思考をぶった切った。
外来種もなにも、ここには、生き物らしいものがいないどころか、何もないのだ。
多少日本の生物が増えたところで、本当に局地的なものだ。可奈的には、自分が慣れ親しんだ生息域が、広がることはウエルカムだ。たぶんこの世界にしてみれば、微々たる物だろう。
この砂漠では。
ちなみに、生えているのは、日本の草は、三割ぐらいで、残りは、見たこともない草だ。砂の中に、種でも、潜んでいたのだろう。
敷地外に出ても、普通に呼吸ができるのだから、大気の成分も、地球と変わらないと思う。1日も、24時間ぐらいで変わらない。
・・・と思っていたが、あとから、これは、大きな間違いをしていたことが、わかった。
太陽と月は1個ずつだし、星座は違っているが、すべての構成は、地球となんら変わりはしないような気がしていた。地球だって、砂漠やツンドラ地帯はある。日の入りと日の出の時間が毎日違ってきていることから、地軸を傾けて、太陽の周りを公転しているのだろうと思えるし、四季もあると思う。ここは緯度が赤道に近いのかもしれない。気候分布で言うと、砂漠気候なんじゃなかろうかと思う。砂漠気候に四季があるのかわからないが、とりあえず、この2ヶ月、いっさい代わり映えなく、砂漠だった。昼夜の寒暖差は、大きく、ときどき砂嵐が吹き荒れる。
ちなみに、夜明け前の砂漠の景色は、すばらしいということは実感した。
そう!だから、自分が暮らしていくには、何も心配はない、ということだ。
不思議は、少しはあるが。
そこのところは、目をつむろう。
うそだ。
単なる強がりだ。
神様戻れるなら、元に戻して。
あれ、もしかして、不思議は魔法?魔法なの?
目を瞑らず、直視が大切だよ、それだったら。
魔法少女?になれるかも?だよ。
27歳の。就職戦線に破れ、何者にもなれず、おばうちがらして、田舎に戻ってきた無職の引きこもりが、今、魔法少女デビューである。
混乱してきた。
もう寝よう。