23.鬼って精霊?
節分の3日前のお昼時、テレビをつけるとスーパーのCMで太巻き寿司の宣伝をしていたのを見て、ベルがなんなのか聞いてきた。
なんてタイムリーなのだ。
節分の話をしてあげる。
豆を撒いて鬼を追い出し、福を呼ぶ・・・・
「鬼って?」
「赤い肌だったり、青い肌だったりした、角がはえている怖い大男だよ」
「えっ!!このうちに来るの?」
途端に真っ青な顔になる。
「来るっていうか、もともといるっていうか。鬼っていっても、そんな大男はいないのだけど、家の中の厄というか・・・・」
「厄?って何?」
「よくない悪い気っていうか・・・」
「悪い気って?」
「まあ、よくない感じがする空気だよ」
説明が難しい。
自分でも何言っているのか、だんだんわからなくなる。いったい何を追い出すの?
「わかった。闇に落ちた精霊だね」
何がわかったの?
「闇に落ちた?精霊?って何」
「おかあさん、知らないの?精霊が闇に落ちると闇に落ちた精霊になるんだよ」
そのままじゃないか。
「精霊っているの?」
「・・・・うん」
何か考えながら、うつむいてしまった。
「えっと・・・どうしたの」
「おかあさんならいいかな・・・あのね、王族には精霊が守護してくれているの」
「そうなんだ」
わけわからんが、とりあえず相槌だ。
「私の国の・・・うううん、おかあさんには言うね。私は王族の血筋なの。最近では少なくなってきているのだけど、王族の血筋には、精霊がついて力を貸してくれたり、守ってくれたりするの」
伝聞系ではなく、実際あったことのように話していく。子供だからではない。ベルは、幼いが現在、過去、未来が混同するような話し方は、めったにしない。
もの凄く大事な、おそらく命にかかわるような秘密を口にしているのだろう。目が必死で縋り付てくる。こういう時は、助けを求めているときだ。
ベル、子供がそんな顔をするんじゃないよ。そんな重い秘密を持っていたら心が疲れてしまうよ。
なぜ、ベルの周りの大人は、ベルを追い詰めていたのか。いったいどういう生活を強いられていたのか。
私は、どうすればいい・・・
「そうなんだ」
いい加減に聞き流すのではなくしっかり聞こう。ベルの重荷を少しでも軽くしてやろう。
それしかできることはない。
「王様になる人は、精霊と話ができて、国を守ることができるのだけど、最近あまりいなくて、今の王様もその前の王様も精霊と話はできなかったんだって」
「そうか」
「私は、王様がおてつきのそばめの子で・・・でも私を産んでくれた人は私が生まれたとき死んじゃって・・・・私は忌子だって・・・」
可奈を見ていた瞳が、横に逸れ、下を向いてしまった。
「ベル、こっちを見て」
ベルがはっとして、可奈を見る。
「ベルは忌子なんかじゃないよ。私の大事な子だよ。ベルを生んでくれたお母さんもベルを大事な子だと思って一生懸命産んでくれたんだよ。女の人が子供を産むのは本当に大変なことなんだよ。ベルを生んでくれたお母さんにすごく感謝するよ」
「・・・ほんとうに?」
「本当だよ、ありがとうございますって言って、大事に育てさせてもらいますって言いたいよ。そうだ、今度のお彼岸の時はベルを生んでくれたお母さんのことも祈ろうよ」
「・・・うん」
まだ、納得できないみたいだったが、可奈の勢いに押されて返事を返してきた。それはそれでいいことにして、話を戻す。
「それで、ベルは、精霊と話ができるんだね」
と、言い切ってみた。
「えっ!なんでわかったの」
いや、なぜと言われても、今の話の流れから、王族の力を隠す傍系の王女様って定番じゃね
半分は、話を先に進めたくて、鎌をかけたのだが・・・・
汚い大人になりたくないね。
「でもね、ずっと力はないと思っていたし、思われていたの。国が戦争に負けて、お城の人たちは、殺されたり乱暴されたり、つかまったりしたの」
「そう・・・こわかったね」
どれだけ、怖かっただろう。おそらく、ベルを守ってくれる人はいなかったのだろう。月並みな言葉しか言えない自分のコミ力にがっかりだ。
「うん、みんな逃げちゃって、私、置いてかれて。でも、先に逃げた人はすぐに捕まって殴られたり、殺されりしたの。私は隠れていたから・・・・」
隠れて生きたことが悪かったことのように、思っているようだ。
「そうか、すごくえらかったね。ベルはそんな小さいころから機転がきいていたんだね」
頭をぐるぐる撫でまわしてほめた。
機転?って何みたいな顔をしていたが、話を続けさせる。ベルは好奇心が強く、知識欲が旺盛なため知らないことや知らない言葉に妙に引っかかる癖がある。
灰色ベルになりそうなときに、意識をそらすことにたまに利用する。
今は、つらい話を一気にさせてしまった方がいいような気がして接ぎ穂をした。
「それで?」
「怖い兵士たちがいなくなった頃、生け垣やトンネルを抜けて街に出たの」
「そうか、がんばったんだね」
「うん」
「それからどうしたの」
下をうつむいてしまった。考えてみれば、身寄りもなく、何も持たない幼い子供が町でたった一人でどうしたというのだろう。
大人の自分でさえ、どうしたらいいのかわからない。よっぽど言いたくないことをやって生き抜いたのだろう。
どんなことをしても、ここに今いてくれることが幸いなのだとどうしたら伝えられるのだろう。
黙ってうつむいてしまっている。
自分だったら、どうしただろう。
何も持たず、町に放り出される。自分の出所を知られたら捕まって殺されるかもしれない。
年齢はわずか5歳か6歳。知恵があれば孤児を育ててくれるところに素知らぬ顔をして紛れ込むか・・・・
そもそも、孤児院なんてあるのか。戦争っていっていたよね。孤児もたくさん出ただろう。紛れるのはいいかもしれないが、そんなに養う機関はないだろう。
そうすると・・・ゴミあさりか・・・・
水も、汚い水しか飲めなかったみたいなことも言っていたし、まごまごするとこき使われるだけこき使って水さえくれなかったみたいなことも言っていたな。
どのくらいそんな生活を強いられていたのだろう。
「ベル・・・大変だったね、でもどんなことをしてでもベルがここに生きていてくれたことが嬉しいよ。ベルはつらくて痛いこともされたし、嫌な目もたくさんあっただろうけど。それでも、ここまで来てくれてありがたいよ」
「・・・半年ぐらいして・・・兵隊さんたちも少なくなって・・・なんかもう大丈夫のような気がして・・・そしたら、砂漠の砂の中から小さい木とか、砂以外の物を運ぶ仕事をしていることを頼まれたとき、大人に捕まったの」
「悪い奴だね」
「うん・・・親のいない子は、悪い子供だから連れて行くって言っていた」
「違うよ。その人たちが悪い大人なんだよ。人さらいだね」
「そうなの?」
あぁっそいつらをぶん殴ってやりたいっ!!!
「そうだよ」
「・・・私ね・・・嫌だって言って逃げたの。そうしたらまた捕まって・・・」
顔を真っ青にして、目をつぶり、体を硬直させ、ぶるぶる震えだした。
その時のことを、思い出したのだろう。
追体験ってやつだ。
「ベル、ベル、こっち見て。大丈夫だよ。私がいるよ」
可奈の声が届いたのか、目を見開いと思ったら、可奈に飛びつく。
可奈の胸に、顔を伏せたまま話を続ける。くぐもってよく聞こえないが、ベルの体験した悲惨なことはよくわかった。
捕まって罰として鞭で打たれ、食事も与えられず、狭い檻の中へ入れられていたようだ。人間としての尊厳を根こそぎ奪ってしまう所業だ。
・・・・許さない・・・
絶対・・・・許さない・・・・
・・・ころ・・し
黙ってしまった可奈を不安に思ったのか、ベルが顔を上げて可奈を見上げる。
その不安そうな顔に気づきはっとする。
しまった、またブラック可奈が出てしまった。
引きつっていたかもしれないが、無理やり普通の顔に戻した。顔の筋肉が音を立てている感じがした。
ふぅっと大きく息を吐いた。ベルがびくっとする。
「ベル、ほんとうにえらかった。よく生きていてくれた。頑張ったよ。ベルの人生の大花丸だね。ご褒美に高い高いをしてやろう」
そのまま抱きしめ、高い高いをしてしまう。その奴らへの怒りが妙な力に変わってベルを軽く持ち上げられた。
そんなことをしてもらったことがないだろうベルは、一瞬体を固くしたが、その後は、声を上げて喜んだ。
「きゃー、高いよ。おかあさんより高いよっ」
甲高い子供の声が、一気に暗い念を払うようだった。
ひと騒ぎした後、ソファーに座り話の続きを促した。
「でも、逃げられたんだね」
「ううん、私ね、檻の中で死にそうになってたみたいなの。みせしめだって。それで、どこかへ他の子たちと運ばれる最中、砂漠に捨てられたの。」
怒りが再燃してくる。
ダメダメ落ち着かなければ。
気を変えるように、ベルの話を聞きなおす。
「えっ、あそこが人さらいの通る道なの」
「あそこって?」
「ベルがいたところだよ」
「ちがうよ、あそこは精霊様が連れて行ってくれたの」
はぁ?
急にでてきたよ、精霊。それも様付で。
「道の途中で檻から出されて、捨てられたの。その時、もったいないから首輪や鎖ははずされたの」
何っ!!!!!!首輪に鎖だとっ
何をしやがるんだっ!そいつらっ
たった7つの子に何ができるんだ。凶暴な犬でもあるまいし、か弱い、それもろくにご飯も食べさせてもらってない子供に何ができるんだっ。
・・・・そいつらの首を掻っ捌いてやりたい
はっ
落ち着け、私。
そんな可奈も胸の内も知らず、そのまま話を続ける。
「道に捨てられてね。でものどが渇いて死んじゃうと思ったの。でも死にたくなかったの」
「そうだね、死ななくてよかったよ」
そんな言葉しか言えない。
「その時、思ったの。精霊様助けてくださいって」
涙が出そうだ。
「そしたら、何かふぁっとした感じがして、別のところに移動したの」
「そこがあそこか・・・でもなぜ、あんなところ・・」
「もうあんまり目が見えなかったけど、炎の精霊様がはっきり見えたの」
えっ何?本当にいるの?
「精霊様も力が弱くなっていて、ここまでしか運べなくてすまないって言ってくれたの」
はぁ何それ、すごく良心的なんだけど。
「そうなんだ、ベルは、精霊様に助けてもらったんだね」
「うん」
「ありがたいね」
「うん、おかあさんが来てくれた」
嬉しそうに、可奈に抱き着いてくる。
可奈は、精霊に導かれたつもりはなかった。精霊は誰に助けを求めた?
まあ、その精霊のおかげで、ベルの命を助けることができた。
お礼をするには、どうすればいいかな。日本だったら神社やお寺にお参りすればいいけど・・・いや待てよ。精霊って・・・何?
「ねぇべる。王族は精霊様を奉っていたのかな?」
「うん、神殿でお祈りや御祈祷をしているって言ってたよ」
そうか・・・神殿って・・・でも、砂漠にベルを置いて行ったんだから、別に、ベルの住んでた町ではなくてもいいんじゃない。どこか家の敷地に社かなんか作って奉っておこうか。
可奈が考え込んでいるうちにベルの話は続いていた。
「精霊様は、助けてくれる人が近くまで来ているって言っていたの。おかあさんのことだね」
ほんとにそうか?可奈が助けられたからいいが。あんな砂漠へ放置とは、ちょっと・・・
まあ、助けてもらえたことにぜいたくは言えない。感謝しかない。
社を立てよう。
時折、ベルの話や寝ている時に魘されて話す内容から想像はついていたが、悲惨という一言で言いきれないほど辛く苦しい話だった。
今では、どうにもできに事だけど、これからは、違うのだとベルに思ってもらえるよう頑張ろう。
・・・・・できる範囲で。
ベルが、膝の上に座って、懐いてきている。ゆるく抱きしめ、ぽんぽんと軽くリズムを取って背をたたく。
呼吸も落ち着いてきた。このまま、寝ちゃうの?
そうか、精霊か・・・あれ?鬼の話だったよね。あれ?
お昼にしながら、また話すか。
仕切り直して、節分について話す。とりあえず、行事だということは、理解してもらった。
とりあえず、鬼のお面を作ろうということになった。




