22.勘違いだった
という考えは、大間違いでした。
次の日の朝ごはんのとき、可奈は、なるべく何気ない風世装って言った。
「ベル、ここから出て、ベルの住んでいた町へ行こうか?」
はっとしたように、食べていた卵かけご飯を口半分に入れたまま、顔を上げた。箸もそのまま止まってしまった。
何気ない風がばれたかどうかはわからないが、可奈の顔を一瞬恐れを浮かべたように見た。それでも、目を合わせると、可奈がいつものような顔をして言っていることで安心したのか。口に入れたご飯を飲み込み、心底不思議そうに聞いてきた。
「どうして?」
「えっ?どうしてって、ベルは、戻ってみたいと思っているんじゃないの?」
「ちがうよっ。ぜんぜんちがうよっ」
ものすごい勢いで、否定された。
あれっ・・・失敗しちゃった?ベルの考えを呼んだつもりが単なる思い込みってヤツ?
興奮してきたのか、持っていた箸をおいて、テーブルをつかんで身を乗り出してきた。
「どうして、おかあさん行きたいの?あそこでは、死んじゃうよっ!!!誰も助けてくれないよっ」
「わかったから。落ち着いて、落ち着いて。ごめん、ごめん。昨日から謝ってばかりだね。」
なんとか、なだめようとするが、どんどんヒートアップしていく。
「あそこの人は、すぐ殴って来るんだよ。弱い人や子どもは1人で生きていくことができないとこだよ」
ベルが必死になって、可奈を説得しようとしてくる。まるで、可奈のほうが待ちに行きたいみたいに思っているようだ。
「食べ物もないんだよ。お水もないんだよ。少しのお水は、汚いお水しかないんだよ、そのお水をもらうのも、すごく仕事をしなけりゃならないんだ。それでも、くれないんだよ」
どんどん言い募ってくる。
これは、可奈と会う前のベルが生きてきた生活なんだ。
めちゃくちゃだ。時系列ははっきりしないが、たぶん小さい子どもでも容赦なく働かされたあげく分け前も与えられず、暴力で搾取されてしまっていたのだろう。
胸が痛くなる。
ときどき、フラッシュバックのように、前の生活が襲い掛かるのだろう。
終わってしまったことは、どうにも変えられない。
専門の心の医者でもいれば、ケアが出来るのだろうけど、ここは日本ではない。簡単に病院に連れてはいけない。
そもそも、心の傷は、簡単に直せるものではないらしい。考えてみればそうだ。人は経験によって、成長する。経験したことを覚えていくのだ。辛い経験も経験になってしまう。それは、成長していく中での経験になってしまう。
ベルの経験だ。
興奮していくベルを止めるために、テーブルを廻る。そばには、イエローやハクが心配そうに見つめている。ブルーやレッド、ブッラクもベルの唯ならに様子に目を向ける。
ベルを抱え込む。
まったく何度同じことをすればいいのか。自分の馬鹿さかげんにいらつく。
「興奮しないで。大丈夫。そんな街にはいかないよ」
「でもっ」
ベルが可奈の腕を振り切って顔を上げる。ベルの血走った目を見つめ、後悔にさいなまれる。
「本当にごめんね。落ち着いて」
正直に本当のことを言う。
「あのね、ベル、砂漠を見ていることがあったでしょ。それを見て、勘違いしちゃったんだよ。お母さん」
「砂漠を見てた?」
「うん、砂漠の向こうの生まれたところを見ているのかと思ったの」
「う~ん。見えないよ。・・・・言っていることがわからない」
心底、不思議そうに言われた。
「うん。お母さんも、何言っているんだろうね」
7つの子に何言っているんだろう。今聴いた話でも、ベルが帰りたいはずはない。
ごまかそう。
そして、話を終わらせよう。
なんとか、ハクたちにも手伝ってもらい言いくるめ、ご飯を再開した。
ベルのほかの人との交流はもう少しあとでも、いいか。
急ぐ必要はない。時間はたくさんある。
・・・・あるだろう。
・・・・あるはずだ。
・・・・・・とりあえず、砂漠にでる計画だけは、立てておこうかな。
安全で、快適な人との交流を目指して。
イエローたちと遊んでいるベルを横目に、畑仕事をしながら思い返す。
思い込みは怖いね。ベルが、外へ出たいんじゃないかと思い込んでいたけど、ホントは、自分がこの生活を内心おかしいと思っていたんだな。きっと。
ベルにかこつけて、外へ出なければなんて思い込んでいたんだ。
まいった。まいった。
でも、このままというのは良くないよな。
ベルを育てる大人が自分だけっつのが自分でも怖いよ。今回みたいなことがあっても判断基準は、可奈だけ。
子育て支援がほしいよ。
要特殊環境の子育て支援。ないかな。ググッちゃうか。
まぁとりあえず、危機は去ったと見ていいかな。ベルも笑っているし。
笑う角に福来るだ。
そろそろ、2月3日だ。
鬼を退治して、福を呼び込もう。
大豆炒らないとなぁ。鬼のお面もベルと一緒に作ろうか。巻き寿司もつくるか。かんぴょう煮なければ。そうだ、ついでにお稲荷さんも作ってみようか。
ベル喜ぶかな。




