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彼女は雨が降る  作者: 水瀬さとみ
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必ず雨の日に

彼女には雨が降っている。いつもいつも同じ場所から。

「雨って好きなんよね」

まるで太陽みたいな君は雨を好んでいた。自分から降らす雨も君は好きだといった。

高三の春、一度君に伝えておけばよかった。


僕は君の降らす雨が好きだと。





















高三の夏。これから夏休みという快感を味わい有頂天に達している者、受験勉強に追われてそれどころではない者、クラスは複雑な空気に包まれて終業式を終えた。

僕は終業式恒例の重い荷物を持った友人を後にし図書室へと向かった。この一週間小分けに持って帰った僕の勝ちだ。子供っぽい事で喜ぶのも僕の癖だ。

「松原君、来た」

手を少し小さめに振り僕に満面の笑みを向けているのは木崎美菜。度々こうして顔を合わす。高一からの付き合いで友達以上恋人未満という言葉で表現できる仲である。木崎は関西出身で、高校からここ、神奈川県に越してきたらしい。今もなお残る関西弁の独特なニュアンスが僕は密かに気に入っていたりもする。木崎に呼び出されたら図書室集合、暗黙の了解だ。

「ほんならいこかぁ」

「今日のお目当ては?」

「秘密」

今日もまたお目当ては秘密。イヒヒと悪戯に笑うから余計気になってしまう。不定期に行われる木崎美菜のごゆるり旅。旅といってもそこらへんの本屋さんとか、ちょっと穴場のカフェ、木崎の買い物。まぁそんなところだ。そしてこのごゆるり旅は必ず、雨の日に行われる。




「今日はな、写真撮りに行くねん。」

電車に揺られている最中、学校指定のスクールバッグの中から木崎はミラーレス一眼レフを取り出した。

「うわ、そんなの持ってたの」

「バイトで貯めたお金で買っちゃった~」

カメラを僕の目の前にグイグイと押し出しアピールしてくる。いつも笑顔の木崎だが、今日はより一層笑っていらっしゃる。僕はカメラが入っていたという事は木崎も小分けに持って帰った組かと意味も無い事を考えていた。考えている最中も木崎は嬉しそうにカメラをアピールしていた。


「もー、いいよ!で、何を撮るわけ」

カメラを傷つけないように無理矢理手を下ろさせ、僕は木崎に尋ねた。



「松原朝陽」



まさかの僕の登場に思わずフッと笑ってしまった。

「もー!なんで笑うんよ!」

「僕を撮るとか面白いじゃん」

「おもろいからええねん。はいチーズ」

僕がうわっと言った頃にはもう遅くてカシャとシャッターが切られていた。

「わーい、松原朝陽第一号ゲット!」

「いきなりすぎるよ・・・」



本日の木崎が選んだ場所はここら辺ではちょっと大きな公園。今日は小雨だから撮影日和らしい。濡れたらカメラ壊れてまうわー!とキャッキャ1人騒いでいる。騒ぎながらもカシャと言う音は聞こえる。たまにピースをレンズに向けてやると腹を抱えて笑っていた。

「私カメラマンなろかな」

「いいんじゃない」

「うわ、心篭ってへん!」

「本当だって」

ほんまにカメラマン木崎になったるからな〜!と鼻息を荒くした後、僕に次々とポーズを指定して来た。指定通りポーズを取ると木崎は腹を抱えて笑った。僕が何かポーズを取るのはどうやらツボらしい。うん、理不尽だ。





木崎と過ごす時間は驚くほど速く、もう彼女の門限の時間だ。昼から行動を共にしたが、何枚写真を撮られたか僕も分からない。疲れ果てたものの、木崎の満足気な顔を見れば少しくらいいいか、そんな気持ちになった。

木崎を家まで送り、別れを告げる。ここのマンションも通いなれたものだ。

「今日は楽しかったですか?」

「はいはい、楽しかったです」

「はい、は一回やで!」

「はーい」

もぉ、と溜息をつく木崎がどこか楽し気な顔をしている。お決まりの笑い声、イヒヒ付きだ。

「じゃ、今日は有難うな。また行こな」

「うん。じゃあね」


今日も木崎は、楽しそうな、そんな笑顔だった。

僕は傘を差しなおし、彼女のように水溜りをパシャンと踏み帰路に着いた。




『写真ママに見せたら笑っとったわー!!』



どんよりとした雨空の中、木崎から嬉しいメールが届いた。


『それはよかった。撮った成果出たね』


「イヒヒ」

僕は返信をし、木崎っぽく笑ってみた。少し難しかった。



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