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06 襲撃

 運命の岐路とも言うべき時。

 これまでのロレンシア大陸は小競り合いが続いてこそいた。

 平和とは程遠い、けれども血で血を洗う泥沼の様な戦いは起きてはいなかった。

 ある種の平和ボケとも言えるのかもしれないし、小競り合いが日常になっていたからこそ危機感が緩んでいたのかもしれない。

 自分達の行動が全て予測できる範囲内に収まると思っていたのかもしれないし、何も考えていなかったのかもしれない。

 武神と呼ばれる一族が、何故武神と呼ばれていたのかを知らないものは多かった。

 戦わずに居て尚も武神と呼ばれる一族。

 かつての人々が恐れ敬う者達の末裔。

 そんな彼らが闘争を嫌っていたのは、それはある種の奇跡だったのか、それとも神の悪戯だったのかは分からない。

 だけれども、そんな奇跡は人の愚かな行いによって崩れ去る。

 全人類が望んだ正義を掲げる魔王が誕生する。

 魔王の登場により均衡は崩され、ロレンシア大陸は大戦乱時代へと突入することになる。

 後に、人々はその日の事を後悔することになる。




 ――魔王が誕生する日の事を。 



 # # # # # #



 カガリは首の裏がチリチリとする感覚に戸惑っていた。

 それがなんなのかは分からない。

 喉に小骨が刺さったような些細だけれども気になる状態。

 それが朝からずっと続いている。



「カガリお兄様?」

「いや、なんでもない」



 朝から変なカガリにタキが心配して顔を覗き込んでくる。

 それに笑顔を浮かべて答えればタキはそれ以上は追及はしなかった。

 カガリとしても、これを言葉に上手く出来ないのだ。

 そんなモヤモヤを抱いたままカガリはその日を過ごす。

 気もそぞろな状態では食事の味も碌に分かっていなかった。

 日課の薪割りや訓練にもそれは顕著に出ており、気の入っていないカガリにタキは憤慨一割、心配九割であった。



「カガリお兄様、聞いてましたか?」

「え? ああ……少し考え事をしていた……」

「もう! 朝に会ってからずっとそんな調子ですよ。アカシお義母さまも心配していましたよ」

「……すまない。でも、なんかこう、言葉に出来ないものだ」

「悩み事ですか? タキでは力にはなれませんか?」

「そんなことはない。でも、自分でもよくわからない」

「そうですか。……オコシお義父さまが帰ってきたらご相談してみてはどうでしょう?」

「そうだな……そうしよう……」



 今日、オコシは朝から居ない。

 隣人たる『蜂』の所に行っているのだ。

 帰ってくるのはおそらく夕暮れ時になるだろう。

 このことをオコシに話せば何かわかるだろうか。

 朝からオコシが居ないというのと何か関係があるのだろうか。

 オコシが『蜂』の所へ行くと言うこと自体は珍しいことではない。

 だが、今日の様な何処か違和感のある日ということがカガリに焦燥感にも似た不安が内側を焦がしていた。

 そうこうしている内に男衆が狩りから帰ってくる。

 狩りの成果はほとんど上がらなかったそうだ。



「森の中に獣の気配が一切しなかった」

「普段なら鳥とかの声が聞えるっていうのに風の音だけしかしないなんて初めてだ」

「そうか……」


 森の中に動物がほとんどいない。気配すら感じず、虫の声すら聞えなかったのだという。

 やはり何かがおかしい。

 カガリがそう思った時、首の裏に感じていた何かが膨れ上がった。



 敵意。

 害意。

 殺意。



 息を潜めていた獣がその気配を解き放った。

 今まで感じていたのは漏れ出ていた気配だったのだろう。

 カガリはそれを感じ取った瞬間に叫ぶ。



「敵襲だ!!」



 その叫びと同時に村の者たちもその気配を感じ取っていたのだろう。

 各々が手に武器を持つ。構えはとても素人のものではない。

 しかし、堂に入った構えとは裏腹に一同の顔は優れない。

 彼等は戦うことを望んでいない。

 戦わなければ生き残れない。力が無くては生き残れない。

 だからこそ戦う為の力を手にしていた。

 だが、戦いたいかは別である。

 武神の一族は戦わないが為に力をつけた一族の末裔。

 それ故に、戦うよりも逃げることを優先する。

 だが、これより先にどう逃げればいいのだろう。

 ロレンシア大陸はどこも小競り合いのような戦争を続けている。

 武神の一族の者がそんな国に行けば戦争の為に駆り出されるだろう。

 では旧大陸に逃げればいいか。

 そんなことはできやしない。

 旧大陸もロレンシア大陸とは変わりない。それどころかむしろ酷い可能性すらある。

 なぜなら、武神の一族は旧大陸から逃げて来たのだから。

 だからこそ、ロレンシア大陸の秘境と呼ばれるネジハワックに隠れ住むようにして生きて来たのだ。

 もう逃げる先など何処にもありはしない。

 それを誰もが理解していた。



「俺達の平和は何処にもないのか……」



 誰の呟きだったか。

 こうして武神の一族は最初で最後の戦いの舞台に引き摺り出されたのだった。



 # # # # # #



 武神の一族へと攻め入った国家は様々だ。

 ラブネツソ、エレイラブト、エサーツトロン、レスニスグニルクスリフ。

 そしてその傘下の国家群たち。

 勿論、その侵攻が国家の指導者たる者たちの預かり知らぬ場所で行われているのがほとんどである。

 大国の貴族に唆された者達がほとんどであろう。

 その中の一つ、レスニスグニルクスリフの属国であるダンアーグリーヴ所属の蟲者が叫んでいた。



「殺せ! 皆殺しだ! 男は首を刎ねて晒せ! 女は犯してから腹を割いて殺せ!」



 男の名前はガバイン。

 とにかく生き物を斬り殺すということに快感を覚える倒錯者であった。

 兎角人を殺してきたこの男は本来であれば死罪となる運命であった。

 しかしながら、ガバインは運命の出会いと言うものをすることになる。

 それが彼の相棒である『蟷螂』との出会いだ。

 斬ることに執着したガバインの狂った心に惹かれた鎧蟲(かっちゅう)である。



『斬れ! 切れ! 伐れ! 何もかも! 我が鎌の錆びとなれ!』



 ガバインの相棒となった『蟷螂』の名はムザン。

 『蟷螂』という鎧蟲(かっちゅう)の中でも異常なほどに斬ることを好む鎧蟲(かっちゅう)であった。

 同族を斬った時に群れを追放されたムザンもまた、ガバインという男と出会うことで更なる力を得て生き延びることになった。

 そんな危険な蟲者(むしゃ)は暗殺部隊の隊長である。



 『蟷螂』という鎧蟲(かっちゅう)は両手の大きな鎌で敵を切り裂くイメージとは裏腹に隠れ忍ぶ鎧蟲(かっちゅう)でもある。

 その隠密能力(ステルス)は気配を殺し、獲物を狩る能力に優れていた。

 ダンアーグリーヴの部隊はガバインとムザンの蟲者と十数人の人間によって構成されていた。

 ガバイン達の隠密能力が及ぶ範囲でじっと息を殺し、そして今、武神の一族に鎌を振りあげた。



「ひゃっはあああああ!! これは想像以上だああああああああ!!」

『無抵抗な者を斬るのも乙だが、抵抗する者をじわじわと切り刻むのもまた捨てがたいなぁあああああああああ!!』



 武神の一族の者達が己の手勢を返り打ちにする場面を見てもガバインは動揺などしない。

 むしろ歓喜の声を上げて味方を巻き込むのも厭わずに両手に持つ極薄の曲刀を振う。

 部下の身体ごと武神の一族を斬り殺そうとしたが、死んだのは部下だけであり、武神の一族は腕を切り落とす程度の被害だ。

 それだけではなく、部下を倒した他の武神の一族の者達がガバインを包囲する。

 普通であれば正気を疑う場面である。

 しかし、彼ら武神の一族から漂う闘気は並のものではない。



「ああ、いいなあ! 強い奴が斬れるなんてなあ。仲間が死んだらどんな顔を見せてくれるんだあ? 勝てないと分かったらどんな顔をするんだあ? みたいなあ、みたいなあ。それを赤い色で汚したら綺麗だろうなあ」

『こやつらの身体を切り刻んで伴侶に喰わせるのも面白かろう。いや、伴侶の前で生きたままバラバラにするのも捨てがたい。……しかしそこまで我慢ができるだろうか? 今まで我慢が利いた(ためし)がないのよな。楽しんでいる内にうっかり斬り殺してしまうのだからなあ』



 武神の一族の者が対峙する蟲者はとても細身で鋭角なフォルムをしている。身体全身が凶器にも見える守りを捨てたような見た目に違わず、その甲殻は他の鎧蟲(かっちゅう)と比べても軟だ。

 達人であれば人間でも傷をつけることが可能なほどに脆い。

 だが、その半面攻撃力に関しては鎧蟲(かっちゅう)の中でもトップクラスだ。

 それは『蟷螂』の蟲器に起因している。

 蟲器とは蟲者が持つ武器だ。それは蟲者の身体を構成する甲殻とほぼ同様の高度を持つ。

 そして『蟷螂』の持つ一対の曲刀はとても薄い。

 それはとても脆いということを意味している。

 しかし、物事はそう簡単ではない。

 その薄い刃は一つの事に特化している。

 それは斬ると言うこと。

 鎧蟲(かっちゅう)の身体を包む甲殻でさえも斬ることに特化したものなのだ。

 まさに、守りを捨てた鎧蟲(かっちゅう)

 それが『蟷螂』である。



「鎖縛の陣ッ!」



 武神の一族の男が吠える。

 その叫びに呼応して他の武神の一族の者達が一斉に鎖を投げてくる。

 狙いの寸分たがわずにガバインの四肢に絡みつく鎖。

 そして武神の一族は瞬時に周囲を回ることで鎖で縛りつける。

 一瞬にして蟲者の動きを絡め取るその技量は凄まじい。



「雷縛!」



 そして、雷の魔術が鎖を通じて流れてくる。

 攻撃をすることを目的としたものではなく、動きを封じる為のもの。

 甲殻に守られた蟲者と言えど動きを鈍らせることはできる。

 煙が上がるガバインの身体に腕を斬られた武神の一族の男が脳天に剣を突き立てようと跳躍する。



振動(レゾナンス)

『我が前に断てぬ物なしぃ!』



 キィン。

 硬質な音が響く。

 次の瞬間にはガバインの身体を絡め取っていた全身の鎖は切り落とされていた。

 目を瞠る武神の一族の男。その身体は跳躍のせいで無防備を晒していた。



「まずは一匹ぃ!」

『股割きだなぁ!』



 ガバインの細い鋭腕が振り上げた曲刀が男へと迫る。

 それを防ごうと振り下ろした剣。

 再びキィンと硬質な音が響くと剣など間に存在しなかったかのように抵抗なく凶刃は振りあげられ、男の身体を股から真っ二つに切り裂いた。

 その際に血飛沫があがり、ガバインの身体に降り注いだ。

 ドサリと音を立てて落ちた男の体。その断面は潰れた個所は一切なくただ美しかった。



「それじゃあ残りも頂きますかあ」

『他の蟲者どももいるようだ。急がないと獲物がいなくなってしまうなぁ』



 ガバインは甲殻に包まれた顔を狂気の笑みで歪めると、残った武神の一族の者達に斬りかかった。

 ガバインとの戦闘を行った武神の一族は全員の命と引き換えに、ガバインの持つ一対の曲刀を砕くことと左腕を切り落とすことに成功した。



 # # # # # #



『種族』:蟷螂

『主な使用者』:ガバイン

『所有能力』:魔術共振装甲(レゾナンスアーマー)隠密能力(ステルス)

『性能:膂力』:B

『性能:速度』:C

『性能:旋回』:B

『性能:甲殻』:D

『性能:蟲器』:D〜A+ 【薄剣(双剣)、鎌】

『備考』:

 『蟷螂』は攻撃に優れた種族である。

 特に蟲器が無類の強さを誇る。が、蟲器の強度はない。扱う者が使えばそれは業物にも鈍らにもなりうる。

 甲殻は全体的に鋭利であり、共振装甲の能力を活用すれば身体自体が蟲器として扱うこともできなくはない。

 



 A〜Eの五段階評価(+は特殊な状況下でのみ)


 大まかなものであり個体差あり。



 # # # # # #

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