05 理解者の及ばぬ所で愚者たちは賽を投げる
短いです
ロレンシア大陸南部、レスニスグニルクスリフ連国。
かつては小さな国家が群れなしていたロレンシア大陸南部。
その中で大きかったレスニス、グニルク、スリフと呼ばれる三国の王が協力して作りあげた国がレスニスグニルクスリフと呼ばれる国の成り立ちだ。
周辺国家はその三国の下に併合し、やがてロレンシア大陸南部の全域を統治した。
その三国の王をまとめたのは孤児だったという。
どの国にも所属しない孤児の男は傭兵として名を馳せた。そして様々な戦場を渡り歩き続け、戦場では知らぬものは居ない程にまでになったという。
そして、レスニス、グニルク、スリフの三国の王と杯を交わすほどの仲となり、その三国の王の間を取り持ったのだという。
何処までが本当で、何処までが虚実なのかは分からない。
だが、現にレスニスグニルクスリフという国は存在し、その国を統治する王はその三国の王家の子孫ではないということが分かっている。
さらに元三王家は今は王を支える柱、『三楔家』と呼ばれている。
レスニス王家はドルトネス家へ、グニルク王家はバーゲスト家へ、スリフ王家はギュネース家へと、それぞれの初代の王の名前を家名に変えている。
そんなレスニスグニルクスリフ連国はロレンシア大陸の中では最も平和な国と言える。
海と山と平地の全てを領地に持つ国家はロレンシア大陸ではレスニスグニルクスリフ連国だけであるからだ。
他の国から奪う必要のない豊かな国土を持っている上に、これ以上大きくなり過ぎれば統治するにも支障が出る。大陸南部の全域を統べる大国とも言えるレスニスグニルクスリフではあるが故の、闘争を必要としないからこその平和であろう。
しかしながら、レスニスグニルクスリフの軍力は国の大きさに対してそれほどではないのが現状なのだ。
まず第一に、連合国という成り立ち故に併合した元王家達が治めている各領毎に軍事力を持っているという点だ。
緊急時には三楔家でも召集できる軍事力ではあるが、それ以外では王家や三楔家が力を持ち過ぎない為の楔となっている。
お互いがお互いを牽制しあい、抑止力となることで繋ぎとめられている平和でもあるのだ。
疑心暗鬼とも言えるそれは建国時代から続く風習になっている。彼等は王家と三楔家に信頼はあるが、かつての敵である周囲の領主を信用しきれていなかった。それが子孫にまで引き継がれ、今もこうして睨みあいを続けている。
また、軍を一本化できていないというのは、軍に纏まりがないということになる。
国境付近には各領毎に派兵された部隊があるが、統率があるかと言われれば答えはノーである。
彼等の仮想敵は周囲の領主たちである。数百年経った今でもそれは変わらない。
だからこそ、王は欲していたのだ。
武神とまで呼ばれる武力を。
他国に攻め込まれる事のない圧倒的な抑止力を。
そうすれば、レスニスグニルクスリフは平和でいられる。
戦いの全てを武神の一族に押し付けることで、外の敵を無視することで国の内側に集中できる。外と中の両方に意識を割くことは難しいのだから。
「そうか、武神との交渉はダメであったか」
「申し訳ありません」
「なに、もとより無理だとはわかっていたのだ。お前はそれを気にする必要はない」
結局、アロンソは王に武神の一族の長、オコシとの会話をそのまま伝えることにした。オコシの誠意をそのまま伝えた方がいいのではないかと、そう思ったからである。
当代レスニスグニルクスリフ王、バトロイ・レスニスグニルクスリフは肩を落とすアロンソに向かって殊更気にしていないように告げる。
「武神の一族が望むものは我らレスニスグニルクスリフと同じもの。世界や大陸の平和ではなく自分達の平和だということだ。なに、敵にまわらないということだけが確認できただけでも大きな収穫だ」
事実、その情報がわかっただけでも十分ではあった。
アロンソ達の報告では武神の一族は蟲者ですら圧倒する者達。しかも鎧化している状態のアロンソに生身の人間が互角だと言わしめるほどの者。
むしろ、無理やりにでも手駒としようとすれば彼等は追い詰められた獣のように牙をむくだろう。
彼等は既にガンディワナ大陸から逃げて来たという一族だ。
ロレンシア大陸で追い詰めてしまえば逃げ先など存在せず、その圧倒的な力の矛先を逃亡ではなく戦闘に使う可能性は高い。
バトロイはアロンソを武神の一族に送って正解だったと心の中で頷く。
アロンソは潔癖なところがある。
しかし、それは純粋に平和を望んでいるからこそのものだ。
戦いを止める為に騎士となったほどの男である。
自分は戦いが嫌いだと言うのに、人を殺すことが嫌だと言うのに、レスニスグニルクスリフの平和だけでなく、世界の平和をと言える男だ。その為に血を流す覚悟すらある。
バトロイはそんなアロンソに申し訳ないとすら思う。
レスニスグニルクスリフの事しか考えぬ矮小な男の下に仕えさせているということが、バトロイの心を苛むことすらある。
(場所や時代が違えば、この男は英雄にすらなっていたのかもしれないな……)
人生で何度目となく抱いた想いを告げることはなく、バトロイはアロンソに下がるように告げたのだった。
バトロイは一つだけ、心に決めた事がある。
何があっても、武神の一族には手を出すまいと。
しかし、そんな王の考えは上手くいかない。
レスニスグニルクスリフという国は国境付近での小競り合いこそあるものの平和と言える国である。
だからこそ、身に危険を直接感じた事のない者達がいる。
踏んではいけない獣の尻尾をわざわざ踏みこむような、そんな命知らずが。
そして、命知らずはなにも平和ボケをした者たちだけではない、というのが現実だ。
その命知らず達は、自分達の命だけでなく、世界中を危地に陥れるのだから救いようがない。
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ロレンシア大陸西部の大国と呼ばれるラブネツソ。
大陸東部の大国、ラブネツソと双璧をなすエレイラブト。
大陸北部、雪と山に覆われた白銀の荒野の国エサーツトロン。
大陸南部、豊かな自然と海をもつ豊国レスニスグニルクスリフ。
そしてその大国の傘下に集う周辺国家が時を同じくして、同じ目的を持って行動を開始する。
運命の悪戯ともいえるべきタイミングで彼等は大陸の中央へと手勢を送り込む。
それが引き金となることを、この時は誰も知らなかった。
この先に待ち受ける出来事を知っているのなら誰しもが咎めるだろう。
だが、この時の指導者たちは自分たちを絶対なる者と信じ切っていた。
そして、武神の一族をただの逃げるだけの臆病者だと思っていた。
彼らの数少ない理解者はそれを知る立場に居なかった。
だからこそ賽は投げられた。
投げられてしまった。
魔王が生まれるその時まで、後僅かばかり。
戦乱に包まれている世界でも、誰もがまだ甘い夢を見続けていた。