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04 隣人

 食後の運動という名のデートを終えたカガリとタキはカガリの家である村の長の家へと向かっていた。

 村としては規模の大きい武神の一族の村。そこに流れる空気は閉鎖的なコミュニティとしては清涼感のあるものだ。

 行商人などに対しても特に攻撃的といった様子も見せない気質の村人は、元々として争いごとを好まない性質がある故だろう。

 そんな村に漂う空気が、今はピリピリとしたものになっている。

 怯え、とも取れるその空気は野生の獣が追い込まれた時に放つものに似ている。

 カガリとタキが気付かないということはなく、しっかりと村の空気を感じ取っていたし、理由もなんとなくだが察していた。



「カガリお兄様、どうやら外から誰か来ているようですね」

「今度は何処の国だろうね。誰が来ても答えは同じだと言うのに……」



 カガリは心底嫌そうに溜め息を吐く。

 タキはそんなカガリを見て苦笑しつつも嗜めようとはしなかった。

 なぜならタキもカガリと同様の事を考えているからである。

 わざわざ足を運んでもらってご苦労なことではあるが、武神の一族にとって、更に言えばそれを収める長の身内としても、望まぬ来訪者というのは迷惑なだけだからだ。



「力と言うのはまるで呪いのようなものだな」

「カガリお兄様……」

「一度手にしてしまえば手放すことは出来ない。ならば出来るだけその呪いを振りまくことをしないようにしなければな」

「はい……」

「……さて、暗い話はここまでにしよう。母と今晩の夕食について語り合うのだろう?俺も長として学ばないといけないことがあるからな」

「はいっ!」



 カガリとタキは取り留めもない話をしながら屋敷に戻ると客人は今帰るところであったようだ。

 廊下でばったりと出くわしてしまう。

 お互いに不意の遭遇ではあったものの、頭を下げてすれ違う。

 それぞれがなかなかの強面である三人の男達。

 しかしながら、今まで来た望まぬ来訪者とはどこか違うようにカガリは思った。

 言うなれば雰囲気、だろうか。

 交渉に失敗したと言うのにどこか清々しい、開き直った雰囲気だったのだ。

 まさか父が了承したのか? とカガリは一瞬思う。

 今までの者たちは交渉が失敗したと言うと肩を怒らせて脅し文句を言い捨てて行くことがほとんどだったのだ。

 そのカガリの不安をタキは感じ取ったのか、カガリの手を一回り小さな両の手を包み込む。



「カガリお兄様……」

「いや、父に限ってはあり得ないだろう。戦いを望まぬのは父も歴代の長と同じだから」

「勿論です」

「だが、少しだけ話を聞いてもいいだろう。あそこまで清々しい使者の顔を見たら疑問に思うのは仕方のないことだからな」

「では、このままオコシ様のところへ?」

「ああ、そうしようと思う」



 カガリがタキの言葉に頷くと、タキは「では私はアカシお義母さまのところへ行ってまいりますね」と言う。

 そして、タキはカガリの前を少し歩いてから振り返る。



「夕食も私が作ったものをあててくださいね?」



 そんな風に言われてしまえば、カガリとしても頷くしかない。

 満面の笑みを浮かべて「期待していますね」と言うタキ。

 いつも以上に味わって食べないとな、とカガリは苦笑する。

 それから父のいる執務室へと足を向けるのだった。





 # # # # # #





 カガリが執務室の扉をノックする前に中からオコシの「入れ」という言葉が聞えた。

 扉を開けてカガリが驚いたのはオコシの顔が穏やかであったからだ。

 いつも望まぬ来訪者たちが来た後は仏頂面を更に拗らせたような顔をしているだけに今の様な表情はカガリにとって驚愕に値する。

 そのせいで、まさか怒り心頭で悟りの境地に至ったのかとすら考えてしまう。そして、あの三人の男達がオコシを懐柔することに成功したのかと疑ってしまう。



「父さんまさか……」

「どうし……いや、お前が心配しているようなことではない。これはまだ言葉で想いを飾らぬ者がいたからつい、な。向こうの願望はしっかりと断っている」

「それならいいんだけど……珍しいね」

「ああ、それほどに正直な男だった」



 本心から世界の平和を望む等と口にする男なぞ見た事が無かった。

 それ故に夢見がちとも言えるのだが、それを成す為の、貫く為の力を持っていた、意思と力を兼ね備えた男である。

 そのような男が仕えているレスニスグニルクスリフの王というのはどのような男なのか気になるもする。

 だが、それはオコシ個人としての考えだ。

 武神の一族としての考えではやはり、戦争に加担することは出来ない。

 この戦争を始めたのは武神の一族ではない。

 武神の一族は戦争が嫌で逃げて来た。それこそ生まれ育った大地を捨てて、新たな大地に根を張ったほどだ。

 だというのに、戦争に加われ、というのはこちらの意思を無視した行為だ。

 向こうの、人間としての大きなくくりになれば確かに正義はあるのかもしれない。

 だが、武神の一族にとってそれは悪だ。

 平和を望む為に、こちらの平和を脅かすというのを許容することはできない。

 それを最初は理解していなかったようだが、こちらの話を聞くうちにそれに理解を示したようだ。

 勿論、それが正しいことではない。

 レスニスグニルクスリフという国として見れば交渉は失敗である。だというのにあのアロンソという男は簡単に引き下がった。

 アロンソは本当に平和と言うものについて考えているのだろうとオコシに思わせた。



「国や戦争というものがなければ酒を飲んでみたいな」



 オコシが穏やかに笑みを浮かべる姿をカガリは目を丸くして見ていた。





 # # # # # #




 アロンソ達が武神の一族を訊ねたその日の夜。

 オコシは一人、ネジハワックの麓にある森の奥深くに足を踏み入れていた。

 ネジハワックには鎧蟲ですら例外を除いていないほどの秘境。

 オコシはその例外の長に会いに来ていた。

 真っ暗闇の森の奥深くに足を進めるにつれて聞えてくる羽音。

 カチッカチッと金属と金属をぶつけ合っているような音も同時に聞えてくる。

 それがなんなのかを知っているオコシは相変わらず警戒心と闘争心が強いものだと苦笑する。



「私は武神の一族の長、オコシである! 『蜂』の長であるホウユウキ殿に話があって来た!」



 オコシがそう叫ぶと周囲から聞えていた羽音と金属音が止む。

 そして先ほどよりも力強い羽音がオコシの方へと近づいてくる。




『久しぶりね、オコシ。いつも同胞がうるさくして悪いわね』

「いえ、気にしておりませぬよ、ジャクホウ殿」



 それは1メートル50センチはある大きな『蜂』だった。

 攻撃的なフォルム。見る者に忌避感を与える黒と金の甲殻。

 ネジハワックに住まう例外の鎧蟲(かっちゅう)

 武神の一族とですら少しの交流があるのみの彼等は鎧蟲(かっちゅう)としては異端の存在と言える。

 なぜなら、彼等は人蟲の契儀を結ぼうとしないからだ。

 依存生命体である彼ら『蜂』は今まで鎧蟲(かっちゅう)だけで生きてきたらしい。

 だから彼ら『蜂』は自らを原種(オリジン)なのだと言う。

 オコシとしては鎧蟲(かっちゅう)がどのように子孫を残しているのかは知らないのでどういう意味なのかは分からない。

 ただ、武神の一族と同じように他との交流を出来る限り抑え、関わることを良しとしないという同じ考えを持った隣人である、ということだけは分かっていた。



『母様に用事があるということは人間どもの話かしら?』

「ええ、ここ最近の各国の動向を含めてお話をしようと思いましてな」

『全く、人間という生き物は面倒ね。吹けば飛ぶような脆い生き物のくせに。ああ、貴方達武神の一族は別よ』

「それはそれで私達が人間ではないような言い方で少し……」

『良いじゃない、『蜂』の長が認めているのよ。誇りに思いなさい』



 なんとも微妙な表情を浮かべるオコシにジャクホウはなんともないように答える。

 この光景を『蜂』という鎧蟲(かっちゅう)を知る者が見れば驚愕していたことだろう。

 『蜂』という鎧蟲(かっちゅう)はとにかく気位が高いのだ。他の鎧蟲(かっちゅう)や人間を自分たちよりも下に見ている。

 勿論それ故に反感を買ったがそれを退けるほどの力を持っていた。

 鎧蟲(かっちゅう)単独で蟲者を退ける程の力量を持つと言われているのは伊達ではない。

 そのような強さに惹かれた各国は『蜂』をどうにかして手中の収めようとした。しかしながら使者の悉くを殺された。その中には蟲者が何人もいたというのにだ。

 今では生半可な覚悟で『蜂』に手を出せば手痛いしっぺ返しを喰らうとして手を出すのをやめている。

 その代わりというか、今度は武神の一族にちょっかいを掛けて来ているのだが。



『長話はここまでにしましょうか。貴方も暇ではないのでしょうし』

「申し訳ありません」

『気にすることではないわ、さあ、私の肢に掴まりなさい』



 オコシは「失礼します」とジャクホウの右前肢の先端を掴む。それを確認したジャクホウは2対の翅を大きく震わせて飛び立つ。

 空気を高速で叩く音が響き渡り、グンッと『蜂』の巨体が宙に浮く。



『行くわよ』

「どうぞ」



 そうして一人と一匹はネジハワックの森の奥深く。

 『蜂』の女王がいる居城へと飛び立った。



 # # # # #



 『蜂』の城。

 城と言えば聞こえはいいが木材や岩、土を『蜂』の唾液で固めた建築物だ。

 ハニカム構造の通路をジャクホウと共に進む。

 すれ違う『蜂』は居ない。

 『蜂』と言う種族の数はそう多くはない。

 その理由が他種族に依存しないからなのか、ネジハワックの秘境では数を維持できないからなのかは分からない。

 もしかしたらその両方なのかもしれない。

 オコシはそんな余計な考えを頭の中から追い出す。



 『蜂』の女王、ホウユウキ。

 その気位の高い『蜂』を統べる『蜂』の王がオコシの前にいるからだ。

 ジャクホウよりも一回り大きい巨体。まさに王と呼ぶに相応しい姿である。

 


『オコシ、良く来ましたね』

「お久しぶりです、ホウユウキ殿」

『お前が此処に来ると言うことは何かあったのでしょう。言いなさい』



 オコシはそうして使者たちの話をホウユウキと共有するのだった。

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