11 狂気に散る華
――惨劇の幕が上がる。
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オコシとサイモンの戦闘音へと集う者達。
それは武神の一族と襲撃者、そして『蜂』。
向かう先は同じである。
バラバラに存在していた者が一箇所に集う。
どうにか均衡を保っていたバランスが崩れ始める。
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「おっ! 獲物はっっけええぇぇぇん」
『はははッ! 狩りの時間だなぁぁぁぁぁあああッ』
ダンアーグリーヴの狂剣が見つけたのは武神の一族の集団であった。
誰もかれもが傷つき、無傷な者は誰一人としていない。
その先頭に立つ女性がその集団の精神的支柱となっているのが見てとれる。
「なあムザン?」
『なんだあガバイン?』
カチカチと顎を鳴らして笑うガバイン。
下卑た笑いを含ませて答えるムザン。
その視線の先にはアカシの姿がある。
「あの女を殺したら楽しい事になりそうじゃあないか?」
『奇遇だなガバイン。同じことを考えていた』
「最初は両手足を斬り落そうな」
『いやいや、末端から少しずつ切り落としていくのが最高だろう』
「生きたまま腹を割くのも悪くない」
『臓腑が零れ落ちたところで暫くはしなないものなあ』
「あいつらの前でやったら楽しいだろうなあ」
『そうだなあ、どうするよガバイン』
「臨機応変ってのはどうよ」
『気の向くまま、と言う奴だな』
ガバインとムザンはひとしきり語りあい笑いあう。
朗らかに談笑するこの蟲者が語らうは吐き気を催すような醜悪な会話だった。
「んじゃ、行きますか」
『応』
「後ろの奴らはお前らに任せる。適度に殺して適度に活かせ」
『無理であるなら命を投げ出せ。我らの楽しみを邪魔するなら叩っ切るのみよ』
ガバインとムザンの指示にガバインの部下達は無言で従う。
彼らもまたダンアーグリーヴの暗部である。
薬によって身体能力を引き上げられた彼らは代償に思考能力が落ちている。
ガバインという異常者に従う彼らはそのことに疑問を持つことはなく、ただガバインの狂気につき従うのみ。
そんな狂気の嵐が今、アカシ達に襲いかかる。
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「……敵襲ッ!」
「アカシ様っ!敵は後方から来ました!」
「隠密能力持ちだぞっ! 周囲に気をつけろ!」
最初に叫びをあげたのは後方の者だった。
数十人の襲撃者達がアカシが率いる集団の後方に喰らいついたのだ。
武神の一族の者達はただの武芸者よりも強い。
だが、ガバインの率いる者たちもまた強い。
その強さは恐怖や痛みなどの感情が失われているからこその強さでもあった。
武神の一族の者が襲撃者の骨を砕いても勢いが衰えることはない。
まるで死兵の様な敵に決して小さくない動揺が走る。
それを感じ取ったアカシはすぐさま民を鼓舞する為に声を張り上げる。
「落ちつきなさい! 敵の勢いが衰えぬのなら動けなくすればいいのです。腕を砕いてダメなら足を! それから止めを刺せばいいのです!」
そうしてアカシ自ら救援に向かおうとする。
しかし、それを阻む狂気が降り立つ。
「ひぃぃぃぃぃやあっほぉぉぅぅぅぅぅぅぅ!! お楽しみタァァァイム!」
『つい先ほど思いついたのだが、人間の活造りとやらをやってみようぞガバインッッ!』
『蟷螂』の蟲者が着地と同時に両手の剣を左右に広げるようにして周囲をなぎ払う。
キィィィンと甲高い音を発しながら振るわれたその剣が咄嗟に武器で防ごうとした者達を、武器ごと斬り捨てる。
振動の振動によって血が撒き散らされ、まるで雨のように降り注ぐ。
目の前で殺された者達の事を想いアカシは唇をかんだ。だが、その事に動揺している暇はなく、アカシの身体は動き出す。
手には敵から奪った剣が握られており、左右に手を開いたガバインの懐に踏み込んだ。
放つは斬撃ではなく刺突。狙う先は胸部甲殻と腹部甲殻の隙間。剣先にアカシは炎の魔術を込めて腰の捻りを加えた一撃を解き放った。
アカシが放った技は技は炎爆牙と呼ばれるものだ。
剣先に集中して込められた炎の魔術が敵の鎧などを溶かしながら貫き通し、敵の体内で全方位にその威力を解き放つという凶悪な技である。
当たれば守りを固めた敵をも一撃で仕留めることも可能な威力を秘めた攻撃ではあった。
「ッ!」
「おおっとっとっと。危ない危ない」
『残念だが、両腕だけが武器ではないのだよ』
アカシの放った刺突は耳障りな甲高い音を立てた胸部装甲によって弾かれた。
甲殻の隙間を狙った一撃はガバインが身体を捩ることで位置を逸らされ、更に必殺の一撃は魔術共振装甲を纏った胸部装甲の突起によって無効化された。
その上突起はアカシの持つ剣の腹を叩き折った。
ガバインの戦い方は武神の一族に通じるものがある。
武器にこだわることはなく、持てるもの全てが武器という柔軟な考え方ができるガバインは『蟷螂』の能力を十全に発揮させることができていた。
殺すことに楽しみを見出す狂気は、武器を失っても殺すことができる手段を持っている。
「抱きしめたくなるその身体」
『俗に言うサバ折りと言う奴だなッッ!』
「夫以外に抱かれるつもりはありませんのでっっ!!」
アカシはガバインと自身の間に風の魔術を発動させる。風が爆発的に生まれ周囲に吹き荒れる。その勢いを利用してガバインから距離をとる。
ガバインの振動が発動した両腕は空を切る。が、その両手に握られたままの剣がアカシの服を裂く。
その下の皮膚はうっすらとだが切り裂かれており、そこから血がにじみ出す。
そうこうしている間にも民が襲われている。簡単にやられる者たちではないが、相手もまた並々ならぬ者たちだ。万全の状態であればともかく、今や疲労や傷によって動きの精彩を欠く状態であった。
「ほらほらどんどん死んじゃうよ? 休んでる暇はないよぉ?」
『休んでると我らが殺しに行くからなあッ!!』
ムザンの叫びと同時にガバインは両手の剣を投擲する。
ガバインの部下に組みつかれた者が諸共に剣に貫かれる。
狂った哄笑を上げるガバインをみてアカシに戦慄が走る。
「この狂人がっ!」
「さいっこうの褒め言葉をありがとう!」
『礼は態度で示さなくてはなぁ!?』
ガバインの魔術共振装甲を纏い凶器となった腕がアカシに伸びる。普段であれば受け流し、体勢を崩したところに反撃をいれる。
しかし、今は魔術共振装甲によって触れることができない。
その結果アカシは再び風の魔術を使って間合いを取ることしかできない。
だが、先ほどのやり取りで見せてしまった行動に対し、ガバインは驚異的な学習能力を見せる。
殺すことに特化した獣の本能の恐ろしさをアカシは痛感する。
「剣だけが武器じゃあなぁいんだよぉぉぉな!」
『我ら【蟷螂】と言えばこれであろうぞっ!』
グチュグチュと表面の甲殻が蠢き生み出されるは『蟷螂』の象徴たる鎌だ。
槍の様な長い柄を持つ鎌が、飛び退いたばかりのアカシを襲う。
着地の際の僅かな筋肉の硬直がアカシの動きを遅らせる。
それはほんの一瞬にも満たない刹那の時間であったが、達人同士の戦いではそれが明暗を分ける。
「ぐぅ……!」
振動によって鎌の刃の先端がアカシの肩を抉る。
肉を断たれ、その際に振動で同時に骨をも砕いて行く凶悪な一撃だ。
蟷螂の鎌は切り裂く為でなく、相手を捕える為のものだ。だから振動を切れ味の向上に遣うのではなく、相手の体内を振動で壊す使い方をする。
「ありゃりゃ、結構深くいったねえ」
『これでは活造りは無理そうだな……』
「まあまあムザン。まだ達磨には出来るよ?」
『達磨にして肛門から口まで剣を貫通させる、というのもいいのか?』
「うーん、串刺しは好みじゃないなあ」
『うむ、言っていて自分でもピンと来なかった』
「やっぱり腹を割くのが一番でしょ」
『ああ、特に女の腹はいいものだ、気分が高揚する』
痛む肩に手を当てながら、アカシはその胸糞悪い言葉を垂れ流す目の前の蟲者に対して怒りを覚える。
このような者に殺された者達を想って。
このような下種に息子達の未来を壊された事に。
視界の端では民と襲撃者の戦闘の流れは変わりつつある。
かなりの犠牲は出ているものの、襲撃者たちを討つことはできたみたいであった。
ガバインは相変わらず気持ちの悪い事をブツブツと己の中の鎧蟲と語りあっており、その事に気付いていない。
死んでしまった者達を悼むよりも、今はこの目の前の邪悪を倒すことを優先させる。
視線で意思の疎通を行う。
アカシは懐から短刀を取り出し、未だ棒立ちのガバインへと走り出す。
それが合図となって襲撃者を打ち倒し自由となった者達がガバインに鎖を投じる。
「これはついさっき見たなあ」
『同じ手は詰まらぬぞ?』
魔術共振装甲によって鎖を断ち切ろうとするガバインであったが、アカシ達もまたそれを予想していた。
魔術共振装甲には劣るものの、魔力を流して振動に対抗する。そうすることで鎖は断ち切られる事無くガバインを拘束し続ける。
特に左腕に巻き付いた鎖は他の部位と違い、振動によって甲殻を喰い破ろうとしてくる。
『むぅ……!』
「これは……」
切り落とされた左腕は再生の際に脆くなっていたのだ。
そして、そこにアカシが迫る。
「どうやら左腕は本調子ではないみたいですね。なればこそ!」
アカシは大きく飛びあがると握る短刀をガバインの左肩に突き刺す。
その短刀には炎の魔術が込められている。
先ほどは弾かれてしまった一撃、炎爆牙は今度こそガバインを捉えた。
「散りなさいっ!!」
「『ガアアァァァァァァッッッッ!!!!!』」
アカシが飛び退くと同時にガバインの左肩から爆発が生まれる。
蟲者の甲殻を内側から食い破るほどの衝撃が周囲に撒き散らされる。
砂埃と土砂が舞いあげられ、視界が一時的に悪くなる。
それらが晴れ、ガバインがいた場所には僅かばかりに砕けた甲殻の焦げた破片が散らばっていた。
「やりましたか……」
脅威を退けたことにアカシは安堵する。
肩からの出血を止めたら直ぐに移動を再開しなくては。
ここでの遅れは更なる追手が追い付いてくる可能性を高めている。
そうして振り返ったアカシの視界には無残にも殺された武神の民の姿だった。
何事かと理解するのに暫く呆然とするアカシの腹部を何かが貫いた。
「ざぁあんねぇえん。やってませんでしたあ」
『満身創痍ではあるがな、この通り生きている』
アカシの腹部を貫くそれはガバインの腕であった。
もはや魔術共振装甲の効果はなくとも、蟲者の膂力であれば人を貫くぐらい容易に出来る。
「なぜ……」
だから、アカシの疑問はそれではない。
自身の胸を貫く腕の主。ガバインが何故生きているのか、だ。
砂煙がおさまった時には焦げた破片以外には何もないことを確認していたのだというのに……。
……何もない?
そこで、蟲者を倒したにしては残骸が少ないことにアカシは気付く。
「いやあ、爆発の瞬間に魔術共振装甲で腕を切り落としたんだよ。痛かったなあ」
『更には爆発の衝撃をなんとか打ち消そうとしたのだが威力が高すぎて無理だった』
「おかげで全身ボロっボロ」
『こちらの予定も狂ったぞ』
薄れいく意識を繋ぎとめるアカシの顔に、おぞましい『蟷螂』の顎が近づいてくる。
「ま、あんたが守った人たちもみんな殺しといたからさ」
『うむうむ、その絶望した顔を見れただけでも満足としよう』
「たまにはこういうのもありかなあ、二度と御免だけど」
『違いない』
狂ったように笑うガバインの腕の中で、アカシはオコシに向けて謝罪の言葉を呟いた。
「あなた……申し訳あり、ま……せん……」
その言葉は、笑いに掻き消されて誰にも届くことはなかった。