10 貫く者達
タキがカガリに肩を貸しながら森の中を進み、
アカシが生き残った者達を連れて森の奥を目指し、
『蜂』達が武神を救うべく飛び立った。
オコシは『七節』の蟲者、サイモンと激闘を繰り広げていた。
サイモンの枯れ枝の様な腕が撓り、鞭のようにして振るわれる。
攻撃の最中にまるで腕が伸びたかのような錯覚と『七節』の持つ能力である認識阻害と隠密能力が、攻撃を厄介な物へと変貌させている。
「柳」
蟲者であっても避けることも受けることも、そもそも攻撃事態を認識することが困難な一撃を、オコシは受け流していく。
オコシが使った技、柳は本来攻撃の軌道を逸らし 相手の勢いを使ってカウンターを叩き込む技だ。
しかしながら、サイモンの攻撃は突進力のある攻撃ではない。姿勢を崩すことも出来ず、相手もまた両の腕がある為一つを捌けばもう一つの腕が襲いかかってくる。それでいて威力が無いのかと思えば無防備に受けてしまえば致命傷になりうる程の威力を秘めていた。
サイモンが何気なく繰り出している一撃だが、撓る腕が本来、体の捻りによって加わる威力を与えている。体の捻りを乗せた一撃は強力だがその反面、捻りを加えるという動作が他の動きを阻害する。
達人であればある程その捻りの動きから更なる捻りへと繋げていくことが可能なのだが、この『七節』の蟲者はその捻りを腕だけで完結させている。
それは、『七節』の蟲者としてそれが自然に出来るほどの時間を費やしていると言うことに他ならない。
習熟した単純な攻撃というのは一撃必殺の大技よりも厄介だ。
「これが神と呼ばれる者の長が持つ武威かッ!」
『やはり異常だ。人という単一の種でありながら、我ら人と蟲とが溶け合う蟲者と渡りあうこと自体がおかしいことなのだ』
「その力が脅威なのだ。その矛先の行方が分からぬから恐ろしいのだ! 武人であればこそ分かるであろうッ?!己が持たぬ武器の危うさと言う物を!」
『なればこそっ!我らはここで貴様ら武神の一族を滅ぼさねばならぬのだ! 人の世にあるべきは人の下にある武だけでいいッ!』
「我らの『人と蟲』の安寧の為にっ!」
「『地に降れ。武神ッッッ!!』」
サイモンとナセツが畏怖の念と驚愕の想いと貫くべき信念を込めて叫ぶ。
その叫びと共に振るわれる腕の速度が増し、込められた力も今まで以上のものとなる。
暴風とも呼ぶべきその拳嵐の中を、まさしく風の中を舞う柳の様にして自然の脅威に抗う人の姿は誰の目から見ても異様な光景であろう。
だが、それでもオコシは目の前の蟲者の言葉に己の思いの丈をぶつける。
「揃いも揃って勝手なことをォォッ!」
オコシの行動が柳の様な全てを受け流す柔の動きから、大地を穿つ樹木の根のように静かにだけれども力強い動きへと移り変わる。
オコシが拳の嵐の中を掻い潜りながらわずか一歩『七節』の蟲者サイモンへと近づいた。紙一重の回避を続けるオコシの身体は振るわれる鞭の様な拳の圧によって切り裂かれていく。
だがオコシの踏み込んだたった一歩、そしてその後に繰り出されたたった一撃によってサイモンに焦りが生まれる。
伸ばされる腕が緩慢な速度だというのに絶妙なタイミングで放たれた攻撃をサイモンは避けることが叶わなかった。
「浸透掌ッッ!!」
オコシの闘気混じりの叫びと同時に腕がサイモンらの腹部甲殻に触れた。その瞬間にサイモンとナセツはその脅威への危機感から同時に同じ考えへと至る。
「『自切再生甲殻ッ!』」
オコシとサイモンの間で爆発が起きる。その衝撃で両者とも吹き飛ばされる。
爆風の衝撃を逃す為に飛び退いて距離の空いた二人。
睨みあいが続く両者の胸中は図らずとも同じようなものとなっていた。
オコシはあのタイミングで放った一撃に手ごたえが感じられなかったこと。
サイモンはあの一撃が予想を大きく上回り、蟲者を『倒す』に至る一撃であったこと。
「……面妖な手を持っているな」
オコシが睨むはサイモンの腹部。
そこには枯れ木のような色をした甲殻は存在せず、薄い若い木のような甲殻が顔をのぞかせていた。
ジュクジュクと煙を上げてその部分から徐々に甲殻が再生していくのを確認しながらサイモンは生身であれば冷や汗を垂らしていたであろう面持ちでオコシの言葉に答えた。
「……なぜ、神は貴様らに武という恩寵を授けたのであろうか」
『これが己の欲のままに力を振うと言うのであればよかったものを』
「抜かせ、混ざり者よ。我らは力を求めたわけではない。力が無ければ生き残れなかったのだ。もし神が我らに力を与えたと言うのならそれは正しいことであろう。『人』も『蟲』も、混ざり合う奴らの目的は同じであろう? 『力が欲しい』という欲求に負けた貴様らの目的はただその力を思うがままに振るいたいと思ったからこそであろうッ!! それを羨み、妬み、嫉み、手にしようとした貴様らは何をしたッ!!」
オコシはサイモンの言い分に怒号を飛ばす。
武神の民は戦いを求めて力を求めたわけではない。
武神の一族が求めたのは平穏だ。戦いの無い場所だ。
だが、生きる為には力が必要であった。だから手にしたに過ぎない。
生きる為、それは本能から湧きあがる根源たるものである。
それに対して、人はどうだろうか?
人は『戦い』をするために力を求めた。
他者を虐げることに喜びを見出す者。
支配することに陶酔する者。
己を満たす為に奪う者。
理由は様々だが、その理由は戦いありきのものだ。力によって相手をねじ伏せることに喜びを見出す者達の理論であろう。
蟲たちもそうだ。自分達の力を十全に発揮することができる知的生命体を求めた。
力を振う喜びを覚えた蟲はこぞって人に依存するようになった。麻薬と同じ構図だ。
一度知れば忘れることはできない。
そんな者達が振るう武に、発する言葉に、オコシはもう迷うことはなかった。
己を貫くことは戦いである。そう告げられた際の動揺はもうない。
強い意思を秘めた瞳がサイモンとナセツを貫く。
「我らを武神と呼ぶ者達よ。なれば今こそ知るがいいッ! 誤った武を振るう愚者としての己の姿をッ!! 力を振う為に生きる者と、生きる為に力を振う者の違いを此処で知らしめてやろうッッ!」
「……ここは我らの世界である! 神の武威なぞ必要ない! ナセツっっ」
『応よッ!』
オコシは再び破天砕地の構えを取る。漲る闘気が圧となって周囲に撒き散らされる。まさに天と地を掴まんばかりのその姿は『武の神』と呼ぶに相応しき神々しさと猛々しさがあった。
対するサイモンは蟲器である棍を生み出し手に握っていた。放たれる闘気もまたオコシに劣るものではない。
一対の翅を震わせて空間を叩くその姿は認識阻害と隠密阻害によって朧気でもある。
「「『覇ァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!』」」
武神が大地を踏み割り、蟲者が空を叩く。
直進する二つの影が交わるのは一瞬。
そしてお互いに致命傷が無いのは手ごたえにて分かっていた。
オコシは正面にあった巨木を蹴り倒し撓りが戻る勢い使ってサイモンへと向きなおる。
サイモンは一対の翅の挙動を互い違いにし、更には重心の移動と棍を地面に突き刺すことで勢いを殺さずに急速な方向転換を行った。
拳が、棍が、血が、肉が、骨が、甲殻が。
煮えたぎり燃えたぎり、千切れ飛び散る。
互いが限界を越え、己の信念をぶつけ合う。
一歩も引かぬ戦いの音は森の周囲に響き渡る。
信念と信念のぶつかりあう音は様々な思惑を持つ者達を惹きよせる。
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ガバインと『蟷螂』のムザンはその音を血屍の中で聞いた。
その方向に複眼を向け、その奥に愉悦の光を浮かべる。
顎をカチカチと鳴らせて笑い、ボロボロとなった甲殻から再生の際に立つ生理的嫌悪感をかきたてる音を出しながらそちらへと歩いて行く。
「なんとなくだが、あっち方向で面白いことが起きそうだなあ」
『我らの勘は良く当たるからなぁっ!!』
狂気を振撒く剣は生き残っている部下達を引き連れて音の方向へと向かいだした。
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ヴォ―ダンとヒハンは意識を閉じてその音を聞いていた。
カガリに負わされた傷は再生しており、甲殻は無傷の状態になっていた。
浮上した意識を音の方向に向け互いに一言呟く。
「往くぞ、強きものを求めて」
『応、兵としての務めを果たしに』
ひたすらに武を求める者が歩き出す。
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「これは……」
アカシはオコシの闘気を感じ取っていた。
その音の発生源ではまさに今、オコシが敵と相対しているところなのであろう。
オコシは『蜂』のもとへ向かっていた。
オコシであれば無事であろう。だが、不安もまたある。
武神の一族の長の妻として支えとならねばならない。
オコシが『蜂』の元へ辿りついていない以上、自分たちが先に向かうべきである。
「行きますよ!」
村の者を引き連れ、武神の妻は足を速めた。
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「カガリお兄様……」
「ああ、父さんの闘気だ」
オコシがこうして闘っている相手はそれだけの手練れであるということだ。
そして『蜂』のもとへ辿りつけていないと言うこと。
「俺達は『蜂』の所へ行く」
「……分かりました」
自分達が行っても足手まといにしかならないのが分かっているタキは唇を噛みしめて頷いた。
若き武神の後継者達は痛みを堪えて速度を増した。
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『まずいぞ……!』
ジャクホウは『蜂』たちを連れて巣を飛び立っていた。
その速度は並々ならぬものであった。
しかし、今感じる闘気が既に武神の一族が窮地に陥っているのを告げている。
遠く煙が上がる場所はまさしく武神の一族の居住地であった。
『間に合え……!』
盟友を救うべく『蜂』達は焦りを押し殺して翅を震わせる。
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力ある者達が一所に集おうとする。
生き残った者たちも、戦いを求める者たちも、救う為に飛ぶ者達も。
その先に待っているのは血と屍が築かれる未来であるというのに。
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――何処かで嗤う声がした。