アトランティス
道栄学園―――――――――――。
そこは、数々の優秀者を社会に送り出しているというとても並の偏差値では入れない学校だ。
そして、私、渡部南はその、道栄学園に合格したの。
本当に嬉しかった。
でも―――――――――――。
通学に往復2時間というとてつもない時間がかかる。
それに朝が大変きつい。
そんな環境にもなれた今日この頃。
いつもの様に、私は電車に乗る。
朝が早いため、人は少なく余裕で席に座れる。
こういう面では楽といえば楽だ。
私は改札階段の近くに停まるお気に入りの席に腰を下ろそうとした。
―――――――――――が。
いつもの席には、一冊の本が置いてあった。
赤―――――――――――というより黒ずんだ怖い本。
昨日の終電で誰かが忘れたのだろう。
私は馬鹿だった。
ちょっとした好奇心から、その本の題名が知りたくなった。
裏だと思われるその本をとりひっくり返す。
その時、電車ががたんと揺れた―――――――――――。
つまずいたと思ったのに、私は席に座っていた。
隣にはもうすでに人がいる。
例の本はなかった。
きっと私、居眠りしてたのね。
「道栄学園前―――――――――――。お出口は、左側です。」
車内に流れる車掌の声を聞いて私はスクバ片手に降りた。
目の前にいたおじさんがそっと私の座っていた場所に腰掛けた。
駅の改札に行くと、心友の湯元沙織が手を振っていた。
私も手を振って駆け寄る。
「ごめん!遅くなった…よね?」
そう聞くと彼女はにっこり笑う。
「平気。大丈夫よ。」
歩き出す。
そして私はふと思い出した。
「今日、英語のテストだよね…。確かP56の単語テスト…。勉強した??」
そう聞くと沙織は驚いた顔をした。
「え?何それ。今日テストなんてないじゃんッ。南…もしかして勉強のしすぎじゃない?」
そういってくすくす笑う沙織。
確かに今日テストがあったような気がしたのに―――――――――――。
なんだか気に食わなくてスケジュール帳を出す。
そこに、『テスト』という項目はなかった―――――――――――。
私は沙織の言ったとおり、なんだか勘違いをしていたみたい、といって二人でまた笑った。
学校に着いた私たちは、グループのみんなのところへ駆け寄る。
みんなで好きなアーティストの話や、恋の話で盛り上がる。
そして、沙織がふと思い出したように切り出す。
「ね、みんなは誰が好きー??」
私は―――――――――――。
「順君かな?」
そう言った瞬間恥ずかしくなって顔を伏せる。
その様子をみんなが、可愛いーといって冷やかす。
「でもいいよね。南は付き合ってる愛しい彼氏がいるんだもん。」
―――――――――――えぇ!?
私、付き合ってる人いないよ…。
すると、後ろで肩をぽんとたたかれる。
「みーなみん♪オハヨッ!」
肩をたたいた人は―――――――――――。
ひ、ひ、日菜ちゃ―――――――――――。
な、なんで!?
日菜ちゃんは死んじゃったって…。私、お葬式にも行ったよ…。
私は日菜ちゃんを見て目を丸くしていると、沙織たちは平然と日菜ちゃんたちを仲間に入れて話し出す。
「日菜は、隼人君だよねー♪ラブラブな奴めー!抜け駆けだぞッ。」
「えへへ〜。一応幼馴染だもん!」
そういって舌を出して笑う日菜ちゃん。
でもでも…。隼人君って……。隼人君も自殺したって…順君から聞いたよ。確かに聞いたよ。聞いてないけどメールで…。
私が何もいえずにぽかんとしていると予鈴がなり、先生が来た。
授業が一通り終わった。
でも、私は日菜ちゃんや隼人君がいることや、英語のテストがなかったことが…とても…違って。
◇◇
私がこの環境になれた頃―――――――――――。
一人の妖精に出会ったの。
ルクっていう小さな妖精。昔絵本で読んだみたいな小さな…かわいらしい妖精。
「ねぇ、この世界は好き?」
ルクと私が自己紹介した後言われた第一声。
私は少し驚きつつ、こくんと浅くうなずく。それを見たルクは不気味な笑いをにやりとした。私は思わず背を向けた。
そして、ひとつ気がかりがあって私はルクがいる方へとくるりと振り返る。
「あのさ、どうし―――――――――――え?」
私が振り返るともうルクの姿はなかった。
ルクはそれ以来姿を現さなかった。
でも、ルクがいなくても不便はない。私はただただ毎日過ごしていた。
あるとき突然ルクは姿を現した。
でも―――――――――――。
かわいらしい妖精の面影は残っていなかった。
『ルクよ。』といわれるまで私はルクだと思えなかった。
―――――――――――そう。ルクは、大きな鎌を持った口が裂けた怖い化け物だった。
「あなたの魂ちょうだい。代償よ。」
いきなり言われたその言葉に私は思わず後ずさりする。
「―――――――――――え?」
そういうと、ルクはじれったそうに言う。
「だから、代償よ。あなたの望むこの世界につれてきた代償。ちゃんと支払ってよ。」
そういうルクに私はぞっとする。魂の支払い…。怖いよ。
「い、いやよ。それにここはちゃんとした私がいる世界!現実よ!」
そういうと、ルクは口が裂けた口をにやりと笑わせて言う。
「確証は?別にないじゃない。ここは現実じゃないわ。あなたの望む世界。私が連れてきてやったのよ。」
そういうと背筋がぞっとする。
「ち、違うわ!反対にココは現実じゃない…っていうか―――――――――――。」
私の言葉はルクの言葉に遮られた。
「あるわ。ここは私が作り出した世界。もう、後戻りはできない。永遠にあなた1人。あなたの友達も、全部全部、あなたが望む性格…。すべて、あなたの空想の世界。この世界の人間はあなただけ。戻る方法なんて―――――――――――ないわ。」
そういえば…。
テストもないし、日菜ちゃんもいる。
順君と私は付き合ってる…。
「どうせ、あなたは永遠にここで一人。」
一人、永遠、という言葉が頭に響く。いや、やめて―――――――――――。この空想世界から…私を解放して。
「解放するために魂をもらうんだよ。分かるだろ。」
そういうとルクの大鎌が私の心臓に向かって鎌を振り上げる。
痛みはなかった―――――――――――。
ゆっくりと何かに落ちていった。深いとてもところへどこまでも永遠に―――――――――。
魂をとったルクはそっと手の中へ落としていく。
そして、手に持った黒ずんだ本。
その本の名前は―――――――――――アトランティス。