Fragment 2: Chastity
(か、神様? この人が?)泣きやんだ和希も動揺していた。
「まぁ、それは置いといて、皆の自己紹介とでもいこうか」
ざわめきがが大きくなっているのを無視して、神様と名乗る人は和希を指差した。
「まずはお前からだな。名前と職業を言ってくれ。付け足したいならどうぞ」
和希は少し戸惑いながら、
「あ……東野、和希です。中学2年生……」と答えた。
「なんだ、つまんない奴だな。じゃあ次、もう名前言っちゃったけどどうぞ」
松下は質問するのを諦めたのか、咳払いをした後、
「改めまして、松下蓮華と申します。埼玉の警察署で巡査長を務めております」と、頭を深く下げながら言った。
「そのまま順番にどんどん紹介してって」と、神様が面倒くさそうに言った。
少し身長の高めの兄さんが「あぁ、僕か。僕は篠原 悟。保育士をやってます」と答える。それに続くように、他の者たちが次々と名乗り出した。
「ウチは呉石 飛鳥。高校生や。よろしゅうな」
「立花 歌音です。高1で、実家の花屋さんでアルバイトしてます。よろしくお願いします」
「次は私ですわね。北条 奏と申します。今は大学に行っておりますわ。以後お見知りおきを〜」
和希は、他の人たちが異常に落ち着いていることに気がついた。こんな状況をどう扱えばいいのか未だに迷っている自分を、まるで置き去りにするように。
そして、さっきの声の主の番になった。彼はにっこりと笑顔を見せると、
「神崎 零士です。高校3年生で、日本に留学させてもらってます。よろしくお願いします」と、はつらつと言った。
「留学生……ってことは、あんさんは異国人なんか?」呉石が神崎に驚いた表情で尋ねた。
「異国……ああ、はい。日系アメリカ人です」
「そないなんや。日本語上手いな」
「ありがとうございます」
神崎の自己紹介が終わると、神様は座っていた椅子から立った。
「えー、今の7人がこのグループの中で『美徳』を象徴する人達だ。美徳ってのは簡単に言うと、いい性格してる輩ってことだな」と、彼は言い放った。まるで台本から読んでいるかのような、棒読みな口調であった。
そこに、松下がまた手を挙げる。
「なんですか、その象徴というのは? そしてまだ貴方は私達をここに呼び出した理由を説明していません」
神様はため息をつくと、
「後で説明するからちょっと待て。先に自己紹介を終わらせよう。な?」と言った。
松下は納得のいかないような表情を見せたが、それ以上は何も言わずに手を下げた。
「はい、じゃあ次〜」神様は次の人を指差しながら言った。
「あ、アタシ? 本名はちょっと……」指された女の人は少し顔を赤らめながら言った。少しもじもじした様子で、赤褐色の髪の毛を揺らしている。
「じゃあニックネームとかでいいからよ、なんでもいいから」と、急かすように神様は言う。
「え、じゃあ……AJです。小さな映画会社で働いてます」
よほど恥ずかしいことなのか、両手を当てていたAJの顔は更に赤くなった。
「はいオッケー。次、次!」神様は次の人に押すような仕草を見せた。
「まぁ、落ち着きなはれ。あっしは後藤田 加助。グルメ番組とかによく出させて貰っとりますわ。まぁ、お願いしやす」
「エット、ワタシ、ノ、ナマエハ、セス・バーンシュタイン。インシュアランスノ会社で働ライテマス」
呉石が自己紹介を全く理解できていなかったようで、
「い、いんしゅあ……?」と言いながら頭を抱えていた。
和希もよく分かっておらず、アメリカ人と言っていた神崎の方を見ていた。
視線に気がついたのか、神崎は
「インシュアランスというのは保険の事です」と訳を入れてくれた。
「Thanks for that」
「No problem」と、神崎とセスが英語で言葉を交わした。
「はい次〜!」と神様が入れる。どうやら本当に早くこれを終わらせたいようだ。
「……一 彩。高校生……」銀に近い髪の毛の女の子があくびをしながら言った。
他の皆は次の人を待っていたが、そのスーツを着た彼は黙っていた。見た目からして30代だろうか。少し長めの黒い髪が震えていた。
「おーい、起きてるか?」神様が声をかける。
「……ざけんじゃねぇよ」
「は?ごめん、なんて?」
「だからふざけんじゃねぇっつってんだ!!」
「何が神様だ!こんなもんどう考えても芝居だろうが!とっとと俺を解放しやがれ!!」
スーツの人はジャケットに手を入れると、拳銃を取り出した。日本で見るのは珍しい、ロングバレルのリボルバーだった。
和希は咄嗟に身構えた。他の者たちも伏せたか手で顔を覆っていた。松下のみ、懐に隠してあった拳銃を取り出そうとしたが、スーツ男はそれに気付いたのか、松下に銃口を向けた。構える時間の無かった松下は、両手を挙げた。
「そうだそうだ! 早く解放しやがれよ、このガセ野郎!」唯一、スーツの人の隣にいた、いかにも不良みたいな格好をしていた青年は彼に加勢するように言った。
だが、神様は動揺しなかった。それどころか、口元が綻んでいたのだ。
「何がおかしいんだよ、あぁ!?」スーツ男が喧嘩を売るように言う。銃口は神様に向けていた。
神様は腕を組むと、
「やれやれ……命知らずだな。ま、いい機会だし、せっかくだから神様の力ってのを見せようか」と言い放った。
パァン!
なんの前触れも無く銃声が響いた。和希がスーツ男の方を見ると、彼の持っている銃からは煙が出ていた。しかし、彼の表情は怯えを示すものに変わっていた。和希は視線を神様の方にやった。
神様を殺す筈の銃弾は、いつの間にか手を掲げた彼に止められた。
銃弾は神様の掌より数センチ離れており、空中に浮いているように見えた。
「そこで撃つかフツー……」神様は顔色一つ変えずに言った。そして、神様は手を前に押し出した。
ヒュン、と銃弾は音を鳴らしながら飛んだ。
スーツ男が呻き声を上げた。彼の灰色のスーツが赤に染まった。銃弾が胸に当たったのだ。
スーツ男は撃たれた胸を押さえながら膝をついた。口元から血が流れていた。
和希は目の前で起こったことを信じられずにいたのと同時に、誰も悲鳴をあげなかった事に驚いた。
いつの間にか、神様はスーツ男の後ろにいた。
「お前が悪いんだぞ」神様はそう言うと、再び手を掲げた。今度は、スーツ男の頭の後ろに掌を向けた。
次の瞬間、小さな爆発のような音が鳴った。
飛び散る赤と桃色の欠片。神の浮かべた狂気じみた笑顔。他の人達が叫びながら流す涙。和希は全て見てしまった。
スーツ男の頭は、辛うじて口の下が残っていたが、その他は綺麗に吹っ飛んでいた。彼の無様に破壊された亡骸は重い音をたてながら倒れた。
その光景から目を反らすため、和希は下を向いた。そこで、自分の立っていた柱の上に、白い球のような物があることに気付いた。涙で視界がぼやけてはいたが、次第にそれが眼球だという事がわかった。それは和希の目に向けられていた。まるで、彼に助けを求めるように。
突然、グシャリ、という音が鳴った。いつの間にか神様は和希の目の前にいた。音に気付いたのか、神様は履いていた靴の底を見た。
「うわっ、汚いな」と、不満そうな表情を見せた。
その靴底には、踏み潰された眼球があった。
今は亡きスーツ男を更に貶すように靴底を柱の角を使って拭き、靴から眼球を落とすと、
「あーあ、面倒だった。じゃあ、自己紹介を続けようか」
と、不良の格好をした人に向けて、満面の笑みを見せながら言った。
思ったよりも時間がありましたw この調子で続けていきたいと思います。