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Wanna Be!-ラノベ作家になりたい人たちの話-  作者: 設楽 素敵
第三章 イベントは王道ネタで
8/24

1

 幼稚園の年長さんだった十年ほど前に自宅で催した俺のお誕生日会で来てくれた女の子の人数計四名(親戚・家族は除く)は、齢十六を数えて尚破られない絶対的な記録だからともかくとして、次点の計一名(神子)という不名誉な記録はいつ破られてもおかしくはなかった。

 しかし、それは低くて厚い壁。

 基本女子と接点を持たない(持てない)俺にとっては簡単なようで簡単ではない。だから今日までずっと長い間、ナンバーツーの座を守り続けていたのだ。

 そう、今日まで。

 四月中旬、桜の蕾もまだ芽吹かない肌寒い頃。

 ついに、ついに、大ベテランの肩を叩く存在――計一名を塗り替えるもう一人の女子が俺の部屋の門扉を叩いた――

「へぇ、あなたがかたる君の」

「………………」

「ふぅん、読書とかしなさそうな軽っぽい顔なのに」

「………………」

「うぅん、見れば見るほど放課後マックでたむろしてそうな顔してるわね」

「………………」

「ふふふ、深夜一時のススキノ界隈をほっつき歩いていても違和感は」

「俺が席を外した隙に何を好き放題ほざいてんですか!?」

 絶叫と共に手に持つおぼんに乗った湯呑から麦茶がぴちゃりと跳ねる。

 何故か……心の底から何故か、自宅に招いたよりは先輩は、目の前で借りてきた猫みたいに固まっている神子相手に一方的に言葉の暴力を振るっていた。

 今の会話内容、教育委員会に送付したらイジメ認定待ったなしだろ……眼鏡に几帳面ヅラの中年女性が職員室に乗り込んでくる未来が視える。

「あら? 盗み聞き? 性格悪いことするわね……」

「アンタに言われたくないわ! 俺の幼馴染に何を言う!?」

 おぼんを机に置いてから呆然自失モードな神子の両肩に手を置いた。

「大丈夫か神子! 今の精神的負傷を数値で表したらどれくらいだ? 言ってみろ!」

 校内で最も有名と言っても過言ではない洒落古謳歌からあれやこれや言われた神子の心はケースに片付けないで放置していたCDよりもずたずたになっているだろう。

 神子ごめんよ、お前を一人にしたばっかりによりは先輩が俺も知らなかった本性を露わにするなんて……思いもよらなかった……。

「に……」

「に? 二万? 二億か? 二億万か!?」

「二、かな」

「ちっとも傷んでねぇだとぅ!?」

 仰天して両手を挙げる俺を見て、にひひといたずらっぽく笑ってみせる。

「え、えぇ……? お前ハート強過ぎじゃね……?」

「自分で言うのもなんだけど私って尻軽女顔じゃん?」

「よくもまあ自分のことを尻軽女顔だなんて貶せるなぁ!」

「そんなんだから昔から誤解されること多いんだよねー、頼めばヤらせてもらえそうとか、ちょろそうとか、バイト先ガールズバーでしょ? とか」

「お前ってそんな壮絶な人生歩んできてたの!?」

 最後のなんか特に酷くないか!? 友達やめちまえ!

「なーんてね、冗談冗談。実はドッキリなのでしたー」

「……へ?」

「はははー引っ掛かってやんのー!」

 全身から脱力。多分アホ面を垂れ流してる。

「やったわね。目論み通り、困惑顔いただきましたー」

「見事なシナリオ構成でした、洒落古先輩。頻繁に一次選考突破する実力の片鱗は十分見させてもらいました」

「これが底辺と中堅の違いよ、覚えておきなさい」

「ははぁー、勉強になります」

「……なんの勉強になんだよ……」

 お前ワナビじゃないじゃん。

「ハメて悪かったわね、かたる君。あんまりにも戻ってくるのが遅かったからついいたずら仕掛けちゃった」

「遅かったくせに大したもん持ってきてないけどね」

「本人の前でもてなしにダメ出しするやつ初めて見たぞ」

 隠れて言おうや。

 自分で持ってきた麦茶に誰よりも先に口をつけて心を静める。

「でっ、あなたの名前は?」

「ぶふぉっ!? 自己紹介してなかったの!?」

 互いのことを知らずにドッキリ仕掛けてたってこと?

 初対面同士が手出すようなことじゃないだろ、通常……。

「洒落古先輩のプロフィールだけ聞いた。あとかたる、『!?』を多用したらツッコミがオーバーでつまんないラノベ主人公みたいだから気を付けた方がいいよ」

「鋭いわねあなた。かたる君のアドバイザー……で、本名は?」

「舞働神子、二年です」

「まあ素敵な苗字、ご先祖様が舞台やってたの?」

「へ? なんで?」

 名乗って二言目でタメ口を披露。洒落古謳歌ともあろう方に恐れ多い。

「知らない? 舞働って能用語よ?」

「……ごめんなさい、能がピンと来ないです」

「神子に同じく」

 なんでそんなこと知ってんすか。

 俺なんて、日本史の授業でちょろっと出てきたなー、くらいの認識なのに。

 俺たち二人にはない知識量の豊富さを垣間見せたよりは先輩だった。

「ハイワナビになりたかったら教養ないとダメってことだ」

「俺の方見ながら言うのやめてくれませんかね、神子さん」

 あなただって俺と変わらないじゃないですか、やだー。

 茶菓子をつまみながら団欒。ローテーブルを三角形に囲んで座る。

「聞いてくださいよ洒落古じゃなかったよりは先輩。この男、ここんとこ一次選考で五連敗中なんですよ」

「聞いた聞いた、なんかもう目も背けたくなる惨状よね。あれって三回送ったら最低でも一回は一次突破できるシステムになってるんじゃないの?」

「そんな親切設計あってたまるか」

 競争社会にそんなもんいらねぇ。あるわけがねぇ。虚言も甚だしい。

「予定では四月下旬の発表でまた落ちるらしいです」

「落ちねえよ! 五連敗でもヤバイなのに、六連敗なんてしたらサッカーの世界じゃ監督の首が飛ぶのも時間の問題だよ!」

「と、このように時々サッカーネタを挟んでくるのがこいつのスタイルです」

「ラノベにサッカーネタ組み込んでもしょうがないと思うけどね? ラノベ購読者の大多数はインドアで運動さっぱりできない興味ないって人たちなんだから、それよりも二次ネタのパロ入れた方がウケはいいと思う」

「だって、かたる?」

「いきなり冷静に分析されて参っちゃうぜ」

 パロネタも入れすぎると嫌われる、も忘れず肝に銘じておくように。

 その後、べらべらとラノベ談義を熱く喋り倒し……。

「ところでよりは先輩はなんで今日うちに来たんですか?」

 神子よ、お前ちじゃないよ、馴染み過ぎだよ。

「かたる君に部屋を貸してもらいにきたの」

「あっ……ごめんなさい」

「何を察した勘違いをしてそんな複雑そうな顔をするの?」

「だって部屋を貸してもらいにって……自宅が火事で全焼したとか、親の借金で家を売り払ったとか、そういう赤の他人が踏み込めない事情があるってことですよね……?」

 可哀想……、と涙を浮かべながら鼻の辺りを手で覆う。見当違いも甚だしい。

「早とちりにもほどがあるって……かたる君、悪いけど説明してあげて」

「幼馴染が馬鹿でごめんなさい。神子さ、実は……」

 執筆環境が悪いから隣の空き部屋を使わせてくれ云々かんぬん。

「ほーん。先輩ごめんなさい、間違って憐れんじゃったりして……」

「分かってくれたらいいのよ、分かれば」

 後輩の失態にも麦茶片手に和毛のように柔らかく微笑む。

 神子は涙を拭いながら空になったコップに麦茶を注ぐ。

 が、六分目くらいまで嵩のあった中身がほぼ尽きかけていて、雑巾から搾った水のようにキレの悪い水滴がぺちょん、ぺちょんと落ちるばかりだった。

「喉乾いた、麦茶切れた、行けかたる、君に決めた!」

「お茶取ってくればいいんだな、はいはい」

 ラノベキャラみたいな神子のくどい言い回し。

「ほんじゃ、ちょっと行ってくる。またドッキリ仕掛けようとか変なこと企まないように」

 返事はないんだけど。これテイクツーあるな、心の準備しとこ。

 トイレに立ち寄ったり、往年の名俳優が亡くなったというニュース速報のテロップに耳を疑ったり、だらだら一階で過ごしてしまう。

「いい加減、お茶持って戻ろ」

 容器ごと持って二階へ。

 ドッキリに対する心の準備は上々。万全の心理状態でドアを開けた。

「――っなぐぎゃぁ!?」

 俺の顔を見るなり神子が聞いたこともないような驚き声を上げた。

 これじゃどっちがドッキリ仕掛けたか分かんねえな……って、なんで?

「どうした」

「かたる君、聞かないであげて」

「そう言われると気にな」

「お前は何も聞いてないし私は何も叫んでないつまりビューティフルデイズ!」

「落ち着け神子!」

 言動が支離滅裂になって、このあと五分くらい会話にならなかった。

 ……叫びの理由は分からず終い。


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