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 家に帰ると、既に玄関にはよりは先輩の黒の通学靴が脱ぎ捨てられていた。

「早っ!?」

 まだ四時にもなっていないぞ……今日は掃除も何もなかったから早々に帰途に就いたのに、一体よりは先輩は何時に学校を出たのだろう。早退を疑う域だ。

「全く何をそんなに急いで……」

 言い掛けて、ふと脳裏に今日の日付がよぎる。

 俺が落選したとあるラノベ大賞の二次選考の結果発表の時期がこれくらいだったような、ないような……?

 手洗いうがいを後回しにして二階へ昇る。自分の部屋に立ち寄らず、ドアの隙間から鞄を放り投げてそのまま隣のよりは先輩の作業部屋へ直行。

「よりは先輩、入っていいですかー?」

 ノックと共に声を掛けるが返事は聞こえない。

 でも中から物音……電波系のアニソンが漏れているしいることは間違いない。

「居留守かよ!」

 再三声を掛けても一度たりとも反応がなかったので、『なんで入ってきたし!?』『よりは先輩がガン無視するからですよ』という反論用の武器を携えてドアを開けた。

「っ! これは……!?」

 入るなり、ずーんとした重苦しい空気が上からの圧力のように俺にのしかかる。

 疑う余地のない純正100%の『負』だ。

 で、肝心のよりは先輩はというと。

「…………なんで勝手に入ってきてるのよ、ごーあうぇーい」

「覇気無さすぎだろ!」

 PCデスクの前の回転式椅子に座ってぐるぐる低速回転していた。

 目は虚ろで顎がやや上がったまま。ここから見たら常人には見えない何かを追い掛けている危ない人のようだ。覇気どころじゃなくて生気が失われている……。

「何がどうしてこうなったんですか?」

 椅子の回転が止まり、ぐいっ、ぐいっと無言でノートパソコンの画面に映し出されたWebページを指差す。

「落ちちった、私、落ちちったぜ……」

「……やっぱりですか」

 通常ラノベの大賞って一次選考の突破率はいいとこ五分の一とかだけど、この賞は毎回のように総応募数の三割近くを二次選考に進める。一次選考を突破したら評価パックが貰えることを考えたら随分太っ腹な通過率と言える。

 しかし問題なのはその先、業界屈指の狭き門と化している二次選考は毎年一次通過で浮かれていた多くワナビを地獄へと叩き落とし、その度に出版社への悪罵の応酬でスレが荒れるのは最早風物詩だ。

 あーあ俺も参加したいなー、春のワナビ悪口祭り。

 それすら参加できない底辺、辛いぜ。

「やっぱりって失礼にもほどがあるんじゃないの?」

「あっ、そういうんじゃないです! よりは先輩が二次で落ちるなんて夢にも思ってませんでした、マジ!」

 怒気交じりの声に取り乱して弁解。

「選考委員の無能共にも困りましたね、いつまでこんな逸材を放っておく気なんでしょう? 俺が選考委員なら一次選考の時点で先輩に電話しますもん」

「それは言い過ぎ。しかも一次選考の担当は下読みだし。編集者じゃないし」

「ほらほらっ、もう一度突破リスト確認してみましょうよ。見落とし無きにしも非ず!」

「たかが十九行しかないリストで見誤るわけないでしょうが」

「十九行? ってことは十九人!?」

「文末の『以上』も入ってるから十八人ね。今年も少数精鋭に絞り込まれたものよ」

 残念だけど十八人ぽっちじゃ見落としも有り得ないか……。

 その狭き門を潜り抜けて三次選考へと駒を進めた精鋭たちのリストに嫉妬の眼差しを向け、いつになったら俺もここに名前が載るのだろうという焦燥感に駆られる。

「ふむふむ……司馬到ってどっかで最終選考残ってた人じゃないですか?」

「そうよ、他にも二次選考突破の常連組きづきなおみちや心見想、複数突破で有名な呉聖矢、他社で出版経験のある小暮すぅなんてのもいる」

「どこの死の組ですか、これならイングランドがGLで敗退しても責められませんよ」

「なんの話? どうでもいいけど」

「サッカー」

 世界最高峰のリーグを擁しているのに代表はしょぼいとか言うな!

 ……冗談もそこそこに、ね?

「こうして見るとワナビのPNって三文字多いわね、私も三文字に変えちゃおうかしら?」

「ダメですよ。患井かたると萌橋よりはの五文字同盟を崩すことは許しません」

「結んだ覚えないんだけど」

「どれどれ、今回の五文字同盟代表は瑠璃兎けみですか。この人もしょっちゅう通ってんなー。逆に少ないのは長いPNですかね」

「たまーにふざけて長文タイトルみたいなPNにしてる人もいるけどね」

 今回の二次通過者の中にはそういったふざけた輩はいないようだが。

 初見でついくすっと笑っちゃうことは多いけれど、日が経つと自分はこんなふざけたやつに負けたんだという悔しさで胸がムカムカし出す。……これは俺が狭量なだけか?

「でも各賞受賞者のラインナップを見るに、最終的に受賞するワナビってほとんどが本名っぽいPNな気がするんですか間違ってないですよね?」

「言えてるわね。逆にふざけたPNのワナビは高次に進むにつれて絶滅危惧種になるイメージ。もしかしたら編集部でそういうやつは弾くようにしてるのかもね?」

「まさか。PNも選考対象ですか?」

「なくもない話だと思う。一次選考なんて目立ったもん勝ちみたいな一面も否定できないから。下読みへのインパクト狙いで変なPN付けるのって悪くない作戦よ」

 やってみたら? と薦められるが丁重にお断りする。

 誰がそんな卑怯な手を使うものか。俺は実力で一次選考の高い壁を突破するのだ!

「ところで十八禁要素を含むPNってのはありですかね?」

「やる気満々じゃない」

 


「時に先輩、新しいキャラを思いついたんですが聞いてくれませんか?」

 数十分後、二次選考落ちのショックから立ち直ったよりは先輩に向かって、凪原ミケウリールをモデルに云々の話を切り出す。

 あ、その前に数十分でショックから立ち直るのかちょろいなって思ったやつ、お前結構鋭いぞ。なんたってよりは先輩は落ちた直後こそ和式のトイレに財布落としたみたいなテンション(実話)だけど、数十分も経てばちゃんと立ち直る。落ちたら数日は引きずる俺とは対照的だ。

 以前に、何故そんなにすぐ切り替えることができるのかと尋ねてみたところ、「元々過度な期待はしないようにしている」との返事が返ってきた。単なる心の持ちようだった。

 でも、でもさあ……一次通過したら考えちゃうよ、俺みたいな底辺ワナビは。

 勢いであとがき準備するもんとか言ってないで閑話休題。

「昨日の今日で……早いわね、聞くだけ聞こう」

 地べたに正座する俺と足組みして椅子に座っているより先輩の構図はまるで下僕と女王関係ないから以下略。

「ハーフキャラってのはありですか?」

「……何故その考えに至った? 人間観察でよりリアルな人物を描くとかそういう話をしたんじゃなかったっけ、昨日は?」

「モデルにしよーと思った子がハーフだったんです」

「ふぅん、それってもしかして凪原さん?」

「あ、知ってるんですか」

 彼女の知名度の高さに恐れ戦く。

「ええ、三年生の男子にも熱狂的なファンがいるくらいだから。可愛いわよね、あの子。かたる君も魅せられちゃったの? 惚れちゃったの?」

 からかうというより嫌みったらしく煽るように言ってくる。

「ふっ、悪いですけど俺は年上好みなので」

「その年上の私の前でそれを言うとは度胸あるわね」

「あっ、ち、違います! 俺が好きなのは年上は年上でも三歳以上は上ですから!」

「……面と向かって否定するなんてやっぱり度胸あるわね」

 暗黒微笑。ぞわりと背筋に悪寒が走る。喧嘩売ったみたいになってしまった。

「まっ、ハーフキャラありなんじゃない? ていうか目の付け所を褒めてあげたいくらい。だってハーフキャラ……金髪、銀髪、碧眼、赤眼、白肌、小麦肌等々容姿の面で日本人離れした要素を持つキャラクターって人気出ること多いじゃない?」

「言われてみれば……」

 ハーフじゃないけどISのシャルを始めとした女の子やゼロ使のルイズとか緋弾のアリアのアリアとか、欧州寄りの見た目の女の子は人気高い子が多いような。

禁書目録(インデックス)はあんまり人気出なかったけど」

「俺は好きだったからいいんです! あとちょっとは伏せて!」

 褒めるときは名前全出し、それ以外は伏せる! 大事!

「ともあれ凪原さんの魅力を活用したいなら、みっちり観察に取り組むことね」

「了解です」

「張り込みして家を突きとめるくらいには気合い入れてね」

「ストーカーは趣味じゃないんで結構です」


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