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 日が傾き、窓から西日が差し込む午後五時過ぎ……。

 机に広げていた白紙から視線を逸らして天井を仰ぎ、疲れた眼に目薬を数滴垂らす。傷口に消毒液を投入したときのような痛みを伴うが効果は絶大で、ついさっきまでしょぼしょぼになっていた視界が一気に晴れる。

 しみるぅ~! 

 叫びたい感情を押し殺しながら地声とは遠く離れた奇妙な高音を発し、椅子をぐるっと回して地べたに寝転がって読書に耽っている神子に申告した。

「俺は病気なのかもしれない」

「唐突にどうした二次童貞」

「女の子が軽々しく童貞とか言うんじゃありません」

 スウェット姿の幼馴染の失言を注意。

「ピンと来ないようならもう一度言おう。俺は病気かもしれないんだ!」

「や、だから急にそんなこと言われても困る。その発言自体が病気っぽいんだけど」

「鈍い、鈍すぎるぜ神子。ハーレムラブコメの主人公待ったなしだぜ」

「女だし。鈍いって言われてもねー、具体的には何がどうして病気の可能性に行き着いたの? 分かんないから教えてよ」

「教えてやるからまずはラノベを閉じろ。最低限人の話を聞く姿勢を整えろ」

 ちなみにそのラノベは異世界転生俺TUEEEブームの前に業界を席巻していた学園ラブコメブームのときにすげー流行ったコメディ作品だ。テストとか、召喚獣とか、ね。

「えー? 風呂覗きのシーンまだなんだけどー?」

オチが男子的にはがっかりな巻だ。面白いけどな。

「それよりも俺の話を聞いてくれ。病気を疑った理由を聞いてくれ」

「今日これ借りてっていいなら聞くよ」

「おういいぞ全巻持ってけ。紙袋貸してやる」

 既刊合計十五巻以上を数える長編を一気に貸し出す俺の心マジ仏。ただしかなり重い。紙袋何枚か重ねてやるから頑張れ。

 説得に応じてラノベを閉じた神子と本題に入る。

「んでー? 今日はなしたの?」

「はい先生、実は先日から一向にプロットが進まなくて困っているのです……」

「どれどれ、見せてみなさい」

 素直に応じてパソコンでしっかり形にする前段階の構想書き殴りノートを渡す。

「こないだダメ出し受けたプロットを改変していく方向で動いてんだけど、なかなか手が進まなくて……」

『うみの果てはひとを巡る』

 身の毛も弥立つビジュアルのクリーチャー(海底在住)をハンティングしたり、沈没船を探検して遺骨巡りをする海を舞台としたラノベ。空気汚染による地上の退廃とか、超科学技術によって可能になった海底生活とか、男心を擽る要素を詰め込んだ自分好みの一作。尚否定された模様。

 ぐちゃぐちゃの走り書きで羅列した改稿案を見て、神子は何を思う。

「……これ、一から練り直した方がいいかもね?」

 無慈悲な宣告を受けた。戦力外通告と同義だ。

「待ってくれ神子その判断は早計だ! そんな即決即断しなくても!」

「単刀直入に言うけどこれ需要あるかな?」

「ぐへぇっ! あああるさ! 現に俺が楽しいと思っているからな!」

「じゃあ仮にこんな感じの作品が世に出回ったらかたるは買う?」

「買うね! これだけは声を大にして言える!」

「でも他の人はどうかな? 売れ線のラノベを買い求めるようなミーハーな中学生や、教室の隅っこで『学校ではこうだけど、本当の俺は……』とか厨二拗らせちゃってる劣等感の塊みたいな高校生はこれを読みたいと思うかな?」

「それは……どうだろう」

 人それぞれ趣味違うしぃ? と冷や汗を掻きながらそっぽを向くと嘆息が聞こえた。

「ぶっ飛び過ぎてて敬遠されるよ、これ。しかもかたるの技量じゃここまで現実とかけ離れた世界観を表現するのは無理だと思う。仮に完成したとしても、目も当てられない出来になってるんじゃないかな?」

「………………むぅ」

『それは違うよ』と突っぱねてやりたいけど、悔しいことに正論だ。

 プロットでは理想的な形に仕上がっていても、実際書き上がってみたら酷くかけ離れた駄作に成り果てていることは珍しいことじゃない。俺の技量なら猶更。

 高い完成度を以てしてもぶっ飛んだ作品というのは避けられがちなのに、俺みたいな力のないワナビが書いたらあちこち破綻やほつれで溢れ、最悪物語として成立すらしないだろう。現実ってやーね。構想を忠実に再現できる文章力と構成力が欲しいよぅ。

「だから身の程を弁えるって意味も含めて、王道に手を出してみるのもいいんじゃないかって私は今日もこうして口酸っぱくアドバイスするわけ」

 まあここまで言っても頑なに聞かないんでしょ?

 とうの昔に諦めたように吐露する。

 それでもしぶとく俺に付き合ってくれているのは、こいつの優しさに他ならない。

 恩は感じてるし、たまには言うことを聞くべきなんだろうが……。

「どうにか、どうにかこの作品をベースに……したい」

「……ほんと頑固なんだから」

 ふんっと呆れたように鼻を鳴らしてから腕を組んで、ポツリと微かに呟いた。

「……ならせめてキャラクターに気を遣えよ」

「へっ? キャラ?」

「最低限一次突破したかったら魅力的なキャラ造形してみろよ。一次なんてある分野がずば抜けてたら他は稚拙でも二次に上げてもらえるって噂もあるし」

「なるほどキャラね……意外と盲点だった。ネーミング以外は」

「そこは意地でも譲らないな……」

「今後も事あるごとに主張するつもりだ」

 ネーミングは自信あるんすよって。

「かたる作品に出てくるキャラって名前ぶっ飛んでる割に凡庸だよね」

「え、そうだったの!?」

「凡庸っていうか一辺倒? どの作品でも同じようなキャラばっかり。書き分けできないっていうのかなぁ……あるいは人間を上手く書けないか」

「作家やっていく上でそれは致命的な欠陥じゃね?」

 掛け合いは結構自信あったんだけど、恐らくここで言う『人間を上手く書けない』というのはそういうのじゃなく、言動や考え方、価値観などの内面を指すのだろう。

 そう考えたらこいつの言う通り俺の作るキャラってみんな……。

「主人公だって全部同じ。違うのは名前と一人称の『僕』『俺』だけ」

「反論できねぇ……」

「ヒロインも属性違うだけで思考回路は一緒くた」

「ごもっともでございます……」

「そんなんならやめちまえ!」

「あれ!? 一緒に考えてくれるんじゃなかったの!?」

 匙を投げられキレられた。

俺ってそこまで見込みない? ちょっとくらい鍛えてくれよ、助言をくれよ。

「……ってのは冗談だけど、ま、いい機会だし思考凝らしてみよ?」

「そうだな……じゃ、まずはどこから手をつけようか」

 ぼんやり課題は分かったものの、あくまでぼんやり曖昧霧隠れ。客観的に自作を批評する頭が足りていない俺は一番の読者である神子に頼らざるを得ない。

 頭の切れる坊さんの模倣をしてこめかみの辺りで指をくるくる回している神子に一縷の望みを託す。THE・他人任せ。

「誰かをモデルにして登場人物作ってみれば?」

「SNSのプロフィールにあったら即鳥肌が立つ痛々しい趣味ランキング一位の人間観察を俺にやれと!?」

「人間観察ってほどでもないでしょ。誰かをモデルにするだけなんだから」

「モデルにする、すなわち人間性もコピーする――そいつの人となりを知るってことなんだから人間観察に分類されるよ」

「業務上やむ得ないことだって割り切ればいいじゃん?」

「業務上……その一言で一気に気分が軽くなったぜ。なんかかっこいいな」

「思ったより単純でびっくりした!」

「言葉は魔法だな。割り切って人間観察を遂行するのはいいとして、具体的には何をしたらいいんだろうな? ある人物にターゲットを絞って一日の動向を観察し続ければいいのか? 教えて詳しい人」

「ごめん誰もいないわ、詳しい人」

「なんてこった」

 神子は基本的にさっぱりしている性格なので、あまり他人に依存せず、関心も超低い。女子高生にしては珍しく、グループでも一人でもやっていける汎用性の高さを誇る。

 こいつすげえぞ? 女子のグループってそれぞれが独立してて新参者を受け入れない壁があるのに、そんなん気にも留めずにばっさばっさ渡り鳥していくからな。クラスの女子もこいつのそんな習性に理解を示し、各々所有権を主張しない暗黙のルールが制定されているくらいだ。

「そっかー知らないかー。どっかに人間観察得意なやついねーかなー」

「よりは先輩に聞いたら? あの人キャラ造形上手だし」

「いいこと言った」

 部屋移動。隣の空き部屋へ。

「つーわけでよりは先輩相談乗ってください!」

 今日も今日とてよりは先輩は患井宅二階の一角で執筆に勤しんでいる。

 日当たりが悪い部屋の中は使わなくなった家具や着なくなった衣類を詰め込んだダンボールで雑然としていて、執筆には向かないと思いきや、よりは先輩はこのちょっと空気が悪くて窮屈な感じを好むらしく、中古感満載のPCラックとかも喜んで使っている。

 ……ところが。

「っ…………」

 俊足でマウス操作してから、椅子ぐるっと回して振り向いたツインテールの(珍しい!)よりは先輩の表情は曇っていて、見るからに不機嫌色だった。

「……ノックはどうした」

 あ、不機嫌とジト目の理由は俺にあったみたいだ。

 ギラリとした眼光に萎縮。体を縮こまらせて反省を悪びれた態度で示す。

「興奮し過ぎて、つい……」

「執筆中にノック無しに他人が入ってくる恐怖、かたる君なら分かるよね?」

「分かります……」

 書いている内容によりけり、とかそういう問題じゃなく。

キーボードにライトノベルを出力しているという行為自体が、他人はどう思っていようが本人にとっては死ぬほど恥ずかしい……。

「お蔭で慌ててエロサイト最小化した中学生みたいになっちゃったじゃない」

「うわっ、如何にも調べものしてますよ的なページだ」

 画面を覗き込むと、最小化されたワードを誤魔化すように開いたであろうページが映っていた。っていうかウィキペディアだった。

 項目はホモロビチッチ不連続面。は? 何語?

「こういう理系っぽいページ開いとけば間違いないと思うんだけど、男子的にはどう?」

「いやぁ、こう言っちゃなんですけど浅いっすね! 難しいページ開いとけばいいってもんでもないのです」

「ほう、具体的には?」

「ホームページ開いて検索欄にワード打ち込むとかお勧めです。あ、完全にじゃダメですよ。例えば先輩が今開いてるホモロビチッチ不連続面なら『ホモロビチッt』くらいで止めておくのが吉です」

 念を押すようだけど、打ちかけが大事なんだぞ! 中高生参考にせぇよ!

「今度家でエロサイト見るとき参考にするわね」

「おいおい女子高生が何見てやがりますか?」

 よりは先輩はからかうように笑う。

 見ないよね? 今のは冗談だよね? ……時に女子高生の検索履歴ってどんなものなんだろう、気になる……ごくり。

「で? エロサイトはこの辺にしておいて何しにきたの?」

「相談です、相談。こんな不埒な話題に花を咲かしている場合じゃないんですよ!」

「かたる君が熱弁奮わなきゃ……いや、私が振ったのも悪いか」

 冷静に状況を分析し気を取り直す。

「いいわよ、言ってみて。なんの相談? 恋の相談以外なら受け付けるわよ?」

王道ラブコメばっか書いてるくせに苦手なんだ。

意外な事実に心の中でちょぴっとだけ驚いて、相談を切り出した。

「キャラ造形のための人間観察のテクニックをご教授くださいませんか」

「あら、キャラで悩んでたの?」

「今まで微塵も悩んだことなかったんですけど、さっき神子に指摘されちゃって……。どうにも俺のキャラはみんな同じような性格と言動で変わり映えしないそうです」

「ああ、今更気付いたんだ」

「知ってたんですか!?」

「まあ。初期の方から」

 なるほどねぇ、と神子に一目置くような反応でもなく、言われてみれば、と盲点に気付いたような反応でもなく、既に知ってらっしゃった。

 事もあろうか自分の欠点見落としてたの、俺だけ?

 ……俺って自分の作品客観的に見る能力低いんだなぁ。だから落ちるのか。

「なんで言ってくれなかったんですか……」

「ライバルに助言するほど私は愚かじゃないし?」

「切磋琢磨しましょうよ! 互いに高め合いましょうよ!」

「少年漫画の見過ぎよ。現実の人間はライバルが悩んでいたらここぞとばかりにアクセル踏んで引き離しに掛かるし、ライバルが失敗したら心の中でガッツポーズするでしょ。助言される=ライバルと思われていないと言っても間違いではないと思うわ」

「歪んでるよ! もっとピュアに生きましょうよ、嫌な方向に考えないで素直にアドバイスありがとうで済ませましょうよ! ……んん? そういえば今の台詞中に俺のことライバル認定してたみたいなこと含んでました?」

「同世代のワナビは上手い下手関係なくみんなライバルってのが私の認識だからね」

「なんだよ、ちょっと嬉しくなっちゃったじゃんか」

「かたる君がもしライバルからのアドバイスなんていう屈辱的な贈り物を受け取る勇気があるなら、助言をあげなくもないんだけど……?」

「助言くださいお願いします俺は三下、先輩はハイワナビ!」

「ぷ、プライドかなぐり捨てた……っていうか元からない?」

 プライドも、ここだけは譲れないってこだわりもあるわ。

 でも今はそこに固執しているときではない。

 かつてなく切羽詰った現状を打破するには、敵から送られてきた塩でもなんでも遠慮なく受け取る気概でいなければならない。

 ニュアンスは多少(だいぶ? まあいいや)異なるけれど、敬遠で出塁させてくれるのに無理やり打ち返しにいって凡打でアウトカウントを捧げるような馬鹿はいないだろ?

 平身低頭した俺の前にたじろいだよりは先輩はペースを取り戻すようにわざとらしく咳払いして、

「人間観察って気張ってするほどでもないのよ。遊び感覚でするものなの」

「全神経集中させて一挙手一投足に注目するんじゃないんですか? ていうかよりは先輩マジで人間観察とかするんですね」

「引かれるかもしれないけど暇つぶしの手段の一つね。ただ勘違いしないで欲しいのは、私の人間観察はSNSでおっぴろげにアピールしてる人たちのそれとは違って次元が低い。

 昼休みに机にじっと座って、ある人物をずっと目で追うとかはしない」

「なるほど、気楽にいけってことですかね?」

「うん、基本的に退屈な時間にするものよ。つまらない授業中とか、学校のお偉方が勝手に呼んだ講師の講演会の最中とか……周囲に目を配ってみたら色々見えてくるかもね? あとの細かいところは読書と意識改革で補完してちょうだい」

 そう言って、よりは先輩は俺を追い払うようにしっしと手を払った。

「長居してごめんなさい、消えます」

「ん。……それにしても更新遅いわね、じれったい……!」

「? なんの話ですか?」

「いいから、なんでもないわ。……良い報告ができるといいけど」

「だから仄めかすように呟くのやめて!」

「かたる君、いちいち耳に留めて面倒臭いわね。難聴になればいいのに」

「俺を都合の良い難聴男子高校生にしようとすんな!」

 知ってた? 難聴主人公ってすごい使い勝手いいんだぜ。


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