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Wanna Be!-ラノベ作家になりたい人たちの話-  作者: 設楽 素敵
第一章 きっと明日も君は処女っていうラノベ好き処女厨の願望
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 ライトノベルを読み進める手の動きも鈍く、気分転換に視界を活字から外の風景へ切り替えると、間近の公園で咲き誇っていたはずのエゾヤマザクラから桜色が失われていた。

 そっか、もうそんな時期か。

 桜前線の到達が日本一遅い北海道でも五月半ばとなれば流石に散り始める。

 例年通り春の醍醐味を素通りした俺だけど、ワナビをしていると意外と季節感を喪失しない。というかそのせいで作中の季節が現実に振り回されることが多々ある。

 真冬とかなぁ、どうしてもしんみり、ほっこりするような恋物語書きたくなるもん。

 でも今の季節、春の終わりは結構題材として取り上げにくい。

 学園モノを始めとした主人公とその仲間たちの一年間を描いていく作品だと、これくらいの時期は締めに入るもの。春だと盛り上がるのはやっぱり四月だね。

 クラス替えで一癖も二癖もある美少女と隣同士になったり、確執のあった幼馴染が転校してきたり、転校先の生徒会の絶大な権力を目の当たりにしたりするのも四月だ。

 だからまあ言っちゃえば五月っていうのは繋ぎの季節っていうか。

 だからこそ逆に季節感に振り回されず好き勝手に書けるっていうか。

 春アニメも中盤に差し掛かり落ち着きを見せ始めるし、周囲の誘惑も少なく創作向きの季節ではある。

 ……はずなんだ。

「ふぅっ、読み終わったー……」

「おおっ、お疲れ」

 部屋に誰もいないと思わせておいて女の子を登場させる俺は策士。

 十年来の幼馴染、舞働神子(まいばたらきかみこ)はローテーブルの上でトントンとプロットの紙束を揃えてから、背筋を伸ばして身をほぐす。シャツが張って胸の形が浮き彫りになっていたりいなかったり。

「……今胸見てなかった?」

「全然?」

 慌てて片手で胸元を隠した神子に平然と返す。形良いなぁとか思ってないって。

「そう、ならいいんだけど……ふわぁ」

 あくびで潤った目を擦りながら神子は再び座布団に座って、俺を手招きした。

 さあお待たせしました本日のメインイベント、プロット批評会の始まりだ。

 神子の対面に座った俺は胡坐の上に両手を乗せて、

「今回はどうだった?」

 食い気味に急かすようなことを言うと、神子は深呼吸を挟んで手元のメモ帳に目を落とした。

「また懲りずにクリーチャー出してきやがってってのが一つ、相も変わらず王道から逸れたニッチ路線を行きやがって受賞する気あんのかてめー? ってのが一つ、モノローグが冗長で退屈ってのが一つ、描写の取捨選択できてないってが一つ」

「もうやめて心が挫けそう!」

 ダメ出しばっかりだ。

「えぇー、もうやめちゃうの!?」

「意外過ぎてびっくり! みたいな新鮮な返しやめろよ、あといくつ控えてんだ……?」

「軽く気が滅入るくらい?」

「既に滅入りかけてるよ……」

 こき下ろし方がいつもより酷い気がするのはさっき胸に注目したせいかなってしてないからマジで。

「まあこのぐらいで勘弁してあげよう。要するに見込みないねってこと」

「言わんでも分かるわ……それだけ言われたら察するわ……」

「うっわマジで落ち込んでんじゃん、小気味いぃー」

「サドかてめぇ! 小気味いぃー、とか伸ばしながら言うな」

「小気味い」

「止めてもダメ。ダメったらダメ」

 もう拗ねちゃうもんねっ、鈍感主人公に恋心を気付いてもらえないヒロインみたいにぷぃってそっぽ向いちゃうも……神子相手だとスルーされそうだしやめとこ。

 俯いて溜息してから顔を上げる。神子のくっきりした顔が目の前にあった。。

「わっ!?」

「どうしたの? マジで落ち込んじゃった?」

「えっと……まあ、うん」

 顔を上げたら幼馴染の整った顔って心臓に悪いんだな。あとシャツ緩い。胸元以下略。

 身を乗り出すようにしていた神子は胡坐を掻き直し、クラスの女子が前髪を弄るようにトレードマークの短いポニーテールに触れながらメモ帳をもう一度見る。

「しょうがない、たまには褒めて伸ばす教育でもしてやるか……」

 ボソボソ呟きながら、おっとこいつは俺のどこを褒めてくれるんだ?

「構成に工夫を感じます、物語が成り立っています、誤字脱字が少なく読みやすいです」

「よくも一次落ち向けの評価パックに書いてるようなことを!」

「どうせ一次で落ちるんだしいいじゃん?」

「よくない決めつけるな!」

 プロットを読んで「可能性薄」と判断したんだろうけどまだ決まったわけじゃないからな!? 俺の原稿を二次へ進めるかどうかは下読みさんが決めるんだから!

「お前の予想が全部だと思ったら大間違いなんだからね!」

「でもほとんど的中してない?」

「そりゃ毎回一次落ちを宣告してるからなぁ!」

 ちなみに俺が一次選考を突破したのはさっき話した高校一年の夏のときと、最初に通過した中学三年から高校一年にかけての春休みのときとで計二回。

 応募したての頃は割と順調に一次を突破していたはずなんだけどな。

「いやだから違うって。ほとんど的中って言ったよね?」

「外したことあったか?」

「うーわ、覚えてないんだ。一回だけ一次通過予想したじゃん」

「…………あぁぁぁ!」

 神子をあっと言わせることができた唯一の作品。二度目の一次突破を果たしたやつだ。

「自信満々で渡してきたやつだよね?」

「謎にな。なんで自信満々だったのかは分かんねえけど」

 文体も定まらず、描写も稚拙で、プロットの作り込みも甘い、と今になっては思う。

「分かんねえって、自分のことじゃん」

「自分だけど別人だよ。今の俺はある程度現実見えてっからな」

「ワナビのくせに現実見えてるとか言うんだ、この生意気さんめ。けどさあ、薄ら覚えている限り元気だったというか、若さに任せて書き殴った感じが印象深いんだよね」

「今の俺は若さがないと?」

「若いくせにリアリスト気取りってとこかな?」

 と、神子はちょっとした決め顔で言った。


 

「若いくせにリアリスト気取り? ちゃんちゃらおかしいわね!」

 突然部屋のドアが開く。ここ最近我が家に寄りつくようになった赤ジャージの美少女がノートパソコン用のケース片手にドアの淵に体重を預けて妖艶に笑っていた。

 深窓の令嬢という異名が似合う落ち着いた佇まいとずば抜けた美貌。

 基本路線は清楚な黒髪ロングだけど、プレイベートたまに髪型が変わるのが特徴。

 近辺の学生界隈で数多のファンを抱えておきながら、徹底した孤立主義に基づいて親しい友人は作らない姿勢は住み分け意識の定着したアイドルのよう。

 洒落古謳歌。俺や神子と同じ高校に通う三年生。

 しかし、ここでの洒落古先輩は高校のみんなが知る洒落古謳歌ではない。

「……よりは先輩、またピンポン鳴らしませんでしたね?」

 擦りまくった下敷きを常時当てている様に毛羽立った長髪とか、昨晩徹夜したんだろうなって感じの深い隈とか、普段は掛けていない黒縁眼鏡とか、要するに言いたいのは俺の憧れだった先輩がこんなにダメなはずがない。お前誰だよ! って叫びたい。

 まあそれも無理からぬ話で。

 学生ワナビ萌橋よりはと学校随一の美少女洒落古謳歌はまるで別人なんだから。

「邪魔するわよ。神子ちゃんやっほ~」

「どもどもー」

 特別なオーラが失せた洒落古謳歌に物怖じするわけもなく、神子は適当に返す。

 あ、孤立主義もここじゃ別だから。

 バイトの片手間に部活やってる軽い先輩みたいな感じ。

「お茶淹れてちょーだい」

 空いたプラスチック製のコップをガンガンテーブルに打ちつける。

「淹れるっていうか注ぐですけどね」

 母親が作った普通の麦茶だ。そこに拘りはない。言われた通りお茶を注いであげた。

「いただー」

 きます、というたった三文字を省略してぐいっと男らしく流し込む。

 ぷはぁ、と息を吐いて。

「運動後の麦茶は格別ねー」

「走ってきたんですか」

 ランニングの腕振りゼスチャーを見ながら、活発的に動き回る洒落古謳歌を想像する。ギャップ違和感ゲージオーバー早朝走るジジイかあんたは。

「タオルタオル……っと」

 見覚えのある白青ボーダー柄のフェイスタオルに目を疑う。うん?

「……それ、どこから持ってきました?」

「脱衣所から。てへりんこっ」

 聞き覚えのある独特の語尾と身勝手さに神経を疑う。てめぇ。

「人んちの脱衣所に勝手に入るのが常識か! 自由にも程がありますよ!?」

「冷蔵庫も漁っちゃった。てへりんこっ」

「よりによって俺のチーカマ持ってきやがった!」

「あ、その言い方なんかエロいわね。俺のチーカマだって、神子ちゃん」

「同意求めないでくださいマジで。私は良識ある一般市民なので」

「んもうっ、つれないわねぇ。本当は下ネタ大好きなくせに」

「私いつから下ネタ好きキャラになったんですか!?」

「してないけど、雰囲気的に?」

『びっくりするくらい適当だ!』

 綺麗にハモリ、一旦小休止。

 全員でローテーブルを囲み、両手で熱々の湯呑を持つように安物のプラスチックコップを支えて、やや温くなった麦茶を飲む。また、よりは先輩だけチーカマを食らう。

 チーカマを咀嚼しながらよりは先輩は部屋をぐるっと見渡して、

「冴えないかたる君の部屋は今日も冴えないわね」

「うるせえですよ」

 唐突に罵倒される。身も蓋もない。

「でも本いっぱいあって退屈しませんよ?」

 大量のライトノベルをレーベルごとにきっちり収納してある本棚はいつ見ても整然としていて我ながら惚れ惚れする。あと漫画も同様に出版社別にしまっている。この辺はマメなのですよ。

「でも色合いが地味よね」

「男の部屋なんてこんなもんでしょ」

「いやこれに限ってはよりは先輩の言い分が勝ってるよ。この部屋、極端に雑貨少ないじゃん。遊び心ないっていうかさー」

「そうそう、遊び心。この様子じゃ大学生になって一人暮らし始めても彼女呼べそうにないわね」

「俺の部屋に対する批評はその辺にしてもらえませんかね……」

 酷評の嵐が吹きすさぶ。

 いいもん、読書好きの大人しい彼女作るから。ただし地味な眼鏡女子はお断り。隙じゃないから。眼鏡掛けてない容姿に優れたインテリ女子を彼女に据えるのだ。

「言われなくても飽きがきたからやめるわよ。こんな男の地味な部屋で何分も話題が持つわけ……あ、使えそう」

 咄嗟にスマホを取り出したよりは先輩は速攻でパスワードを解いて何かを打ち込む。

「使えそうって何がですか?」

「男の一人暮らしの部屋の内装とか今の会話とか。ビビッときたのよ」

「あーよくありますね、そういうの」

 打ち込むだけ打ち込んでスマホをジャージのポケットにしまう。

「よくネタ不足を嘆く人がいるけど、日常過ごしてるだけでこうやって感性擽られるようなことに溢れてるわよね?」

「そうですけど四コマ漫画描いてる人とかはそれでも足りないんでしょうね」

「あの人たちの生産力には脱帽よ。でも負けたつもりはないからね!」

「張り合ってどーすんですか」

 張り合っても勝てないから、四コマ作家には。

「ねぇ、お喋りもいいけどそろそろ本題に入らない?」

「いいこと言った」

 逸れていた場の流れを神子が矯正してくれた。ありがたい。

「ほら、よりは先輩」

「分かってるって。よいしょっ」

 ノートパソコンの入ったケースを机に上げてチャックを開けていく。二、三年前のモデル、普遍的なデザインの白いノートパソコンが顔を出した。

 てきぱきと慣れた動きで立ち上げてから、よりは先輩は一個のテキストファイルを画面に表示してみせた。

「ほうこれが……」

「こりゃまたしっかり作り込んできましたね……」

 画面を覗き込んで、俺と神子の言葉が続く。

 新作プロットと銘打たれたファイルは細かく項目分けされ、よく整理されている。

 一番先頭には大雑把に作品のあらすじ。

 スクロールして、テーマ、登場人物、舞台設定に作品内で出てくる用語と続き、最後には伏線案と作品全体のフローチャートが書かれていた。

 ってなわけで、今日はよりは先輩のプロットチェックを任されていたのだった。神子が俺にしてくれたようなことをするってこと。

「ほんじゃ、よろしく」

「任せてください」

 神子が返事をしてメモ帳を準備。俺もメモ代わりにスマホのメモ機能を立ち上げた。

 よりは先輩の作風は紛いなき王道だ。

 それも王道も王道、ド直球もド直球、強振も強振。ニッチと我流を信条としている俺とはまるで正反対と言える。ちなみにいつか言ったように王道は書くのが嫌なだけで読むのは大好きだから、この作業は別に苦じゃない。むしろ楽しいね。

 あらすじに一通り目を通す。ああ、今回もこういうのね、という雑感を抱く。それは一種の安心感もあれば、良くも悪くもという意味も含む。

 主人公は高校二年生の平凡な男子。

『これまで生きてきて三つ分かったことがある。それは僕がどうしようもない凡人で、主人公足りえないということ。授業中に妄想するようなテロリストの侵入は実際にはこの日本では有り得ないということ。つまり世界は案外ふつーで……』という、まーありがちなモノローグから物語は切り出され、以降そんな僕の周りにはご都合主義的に続々と一風変わったヒロインたちが集結していく。絶大な権力を振りかざす生徒会や裏社会との繋がりを持つ悪友も忘れない。

 んで、最終的に問題を解決した主人公は、なんでお前彼氏いないんだよってくらい可愛くて性格も良いヒロインの中から、しかし特定の誰かを選ぶでもなく、お茶を濁したような全員仲良しハッピーエンドを迎える……。

 こうやって字面にするとなんとも面白みに欠ける出来だけど、あくまでざっくり言っているに過ぎず、細部まで事細かく説明したら結構骨太だって分かってもらえると思う。

 よりは先輩の書くラノベはどれも王道だけど、ちゃんと筋の通った『読める』物語でもあるのだ。だからこそ俺とは違って一定のペースで結果が出る。

 きっとこれも応募したら。

「……一次は固いでしょうね、この通り書けたら」

「プロットしっかり作っても書いてみたら『なんか違う』ってなることなんていくらでもあるから油断はできないわね……でも良かった、それだけ言ってもらえて」

 安堵して表情筋を緩める。

 一次は突破できるだろう。でも、二次以降の保障はない。

「今度こそ二次突破!」

「ですね」

 だから俺は曖昧な同意を示した。

 このあと、神子と一緒に少ないダメ出しと執筆開始までに練り直した方が良い点、さりげない伏線の提案をして、プロット品評会を終了した。

「ありがとう、言われたことはメモ帳に打ち込んでおいたわ。早速作業に取り掛かりたいところだけど……」

 よりは先輩はノートパソコンを片付けながらデジタル表記の目覚まし時計に目をやる。

『PM 3:51 Sun』

「時間中途半端だし四時になったら移動するわね」

「分かりました」

 移動、というのはその意味の通りだけど、その移動先についてはちょっと説明。

 そもそもよりは先輩我が家に寄りつくようになったのは、春先ラノベ主人公が起こすような恥ずかしいハプニングで知り合い、その後よりは先輩もワナビだということが判明したあと、こんな相談を持ち掛けられたからだ。

『私の家、家族がやかましくてしょうがないの。四人姉妹で私が一番下なんだけど、部屋は次女とカーテンで仕切っているだけのほぼ共同状態だし、みんなが寝静まった深夜しか集中して書けないの』

『ははあ、そいつは厄介ですね』

『そう、厄介なの』

『大変ですねぇ』

『そう、大変なの』

『…………面倒ですね』

『そう、面倒なの』

『………………』

『………………』

『……俺の家、物置状態の空き部屋があるんですけど』

『私をおうちへ連れてって』

 相談っていうか、空気的にお前なんとかしろよって威圧感があった。

 それからよりは先輩はしばしば俺の家にきて、一時期よりマシになったとは言え物置状態の空き部屋――俺の隣の部屋でカタカタと執筆するようになりましたとさ。

両親には受験勉強集中のためだと説明した。有名人だからなんの躊躇もなく歓迎していた。愚かだぜマイファミリー。

「そういえばかたるくんもプロット作ってるんじゃなかった? よかったら見るわよ?」

「作ってますけど……それはさっき正面のゴッド子にやり直し食らいました」

「おい」

「あら、そうだったの。厳しいなぁゴッド子ちゃん」

「よりは先輩までゴッド子ちゃんとかいう大して語呂の良くない呼称使わないでください! 普通に神子でいいじゃないですか!」

「直訳しやすかったからつい」

「そうだよかたるが元凶だこの底辺ワナビめ!」

「あっ、てめぇ言いやがったな。別に俺だってやりたくて底辺ワナビやってんじゃねぇ。結果が出ないだけで実は力はあるんだぜ」

「……具体的にはどの辺に力があるの?」

 うっ、勢いで出てしまったから言葉に詰まる。

「そんな意地悪しないであげなさいな、神子ちゃん。大丈夫、かたる君は執筆速度だけは優秀だから」

「一理ある」

 同情から出港したであろう助け船が無事俺を拾う。

 息を吹き返しちょっと自慢げに喋らせてもらうと、俺は執筆速度にだけは自信がある。

「最速が去年記録した十日だもんね? 平均でも三週間くらいだっけ」

「プロットと推敲含めたら一か月掛かっちゃうけどな。執筆だけなら三週間もいらん」

「え、そんなに早かった?」

 よりは先輩がちょっとびっくりしたように目を丸くする。

「大体それくらいのペースですよ。一本が十万文字程度に収まるからってのもありますが。規定ギリギリの十二、三万文字まで書くとなったらもうちょい掛かります」

「へぇぇ、一日にどれくらい書くの?」

「平日は10KBに届くか届かないか。休日は二日間で30KB書くようにしてます」

 日曜~土曜の七日間で70KB行くとして。

 ラノベは一本が200KB~250KBと言われているので、最低の200KBなら二十日くらいで……って、ほぼほぼ三週間だ。

 三週間もいらんってちょっと盛っちゃったな。自己顕示欲っていやねぇ、ほんと。

「ふぅん、へぇ、ほぉ……で、1KBってどれくらい?」

「よりは先輩分かってなかったんかい」

 なんか歯切れ悪いなって思ってたら理解してなかったよ。まあ執筆量の換算の仕方って人によりけりだししょうがない部分ではある。枚数で換算するのがオーソドックス。

「1KBで512文字なんですけど、細かくて面倒なんで500で数えてください」

「神子ちゃん計算よろしく」

「これくらいの暗算自分でやりましょうよ……んと、平日10KBで5000文字、休日30KBで15000文字ってところですか」

「平日5000文字!? 格が違ぇ!」

 声を上げて軽く飛び上がる。すっごくびっくりされた。

「いやでも全く書けない日とかもありますよ」

「その逆もあるってことでしょ? すこぶる筆が進む日」

「まれーにあります」

「……ちなみにそのときはどれくらい書くのかしら?」

 ひそひそ声でよろしく、と言わんばかりに耳を寄せてくる。俺は目一杯の自己顕示欲を胸に、今までで最高の日産執筆量を教えてあげた。

「……!? そのペースだと四日で書き上げちゃうじゃない!」

「理論上は、ですけどね」

 もっとも書きまくった次の日は反動で何も書けなくなる。パソコンの前に座ると体がアレルギーのように拒否反応を示し、キーボードに触れてもかなしばり状態だ。

 そういうときは仕方ないからかなしばりが解けるまでターンを稼ぎ……じゃなかった、読書やゲームに明け暮れて一日置くようにしている。経験則から言って、一日置いたらだいぶ変わる。激変と言っても嘘じゃない。

「流石に執筆速度は敵わないわね……」

「憂うことはありませんよ、よりは先輩。こいつは所詮スピードだけです。一番大切なクオリティの面は同じワナビでも」

「はいはいストップ俺の悪口ストップー」

「それは全くもってその通りなんだけど、やっぱり速筆には憧れるわけなのよ」

 おっとスルーか、ていうか眼中に無しって感じか。はっはー参ったな。

「へぇー、そんなもんなんですか」

「業種問わず仕事速い人って憧れの的じゃない?」

「そういう言い方だと共感しちゃいますね。なるほど、そんな感覚ですか」

 筆こそ速い俺だけど、仕事に関してはもたもたもたもた。

 一年の頃、冬休みに期間限定で入れた仕入れの短期バイトの出来は散々だった……。

 カッター駆使して開梱したり、カートを押しながら商品を売り場に収めていくんだけど、慣れない上に元の適性がなかったらしく、同じく未経験で入った他校のアルバイトよりも二段くらい低い水準でしか仕事を熟せなかった。

 俺、ラノベ作家になれなかったらどうすんだろ……。

「ちなみによりは先輩はどれくらいのペースで原稿書くんですか?」

「私はねぇ、平日は2000文字行けば御の字ってところ。近々応募予定の大賞て指定されてるフォーマットで言うと二枚くらい。土日は二日合わせて十枚かな?」

「枚数の上限が大体120とか130でしたっけ」

「賞によってぶれぶれだけどな」

「そうそれ! 賞によってぶれぶれ!」

「うわっ」

 机に手のひらを叩きつけて、興奮したように鼻息を荒くする。逆立った髪の毛がその怒りのボルテージを如実に表しているようだった。

「困るのよねー、ここまでぶれぶれだと」

「ここまでっていうのは……ごめん、私あんまり知らないから教えて底辺」

「はった倒すぞ」

 幼馴染は辛辣。

 肝心なワナビを消したらそうですただの底辺に成り下がりやがりますよ。

「例えば某賞の上限は120だけど、ある賞は130、そしてまたある賞は150、またまたある賞は165……各賞ごとに規定されてる行数×文字数のフォーマットはほとんど同じなのに枚数はこれだけ差があるんだよ」

「下限は同じくらいなのにね。でも下限ギリギリで送るってのもないし、やっぱり問題なのは上限のばらつきよ。G文庫でバリバリ規定内に収まってても、D文庫じゃ十枚単位でオーバーとかザラだもの。レーベルに拘ってる人ならそのせいで泣く泣くプロローグ削ったり、中盤の小休止として組み込んでおいた会話パート削ったりするそうよ?」

「ワナビ人権宣言でも草案しましょうか?」

「いいわね、それ。でも気持ち悪いって叩かれそうだから協力しないどく」

「臆病者かっ。……いや、俺も怖いんでしませんよ?」

 仮にそんな宣言を出すとしたら、例の上限枚数に関しては是非盛り込みたいな。各レーベルの上限枚数の差を前後十枚まで、最大二十までに縛りたい。

 まあそんなことしたら特色が薄くなって独立性とかの意義が問われるんだけど。

 わざとばらけさせているのって、出版社なりに特色を出そうと頭を捻った結果なのかもしれないしね……俺如きが矯正できる問題じゃない。

「ところで、さっきプロットと推敲含めた全期間が一月くらいって言ってたわね? もしかしてかたる君って執筆よりも他のごたごたの方が時間使っちゃうタイプ?」

「仰る通りです。プロットきっちり作らないとモチベーションが上がってこなくて……あと推敲が苦手なんで、こっちで滅茶苦茶ロスタイム稼いじゃいます」

 推敲、推敲なぁ。

『あなたとはもう終わり、さよなら! 結果待ってるぜ!』

一度初稿を書き終えた時点で自分の中では区切りができて、今まで向き合ってきたその作品との間に線引きしてしまうのだ。

 しかし、原稿の方は『終わったと思うなよ!』と誤字脱字満載、伏線未回収、本筋からの脱線、表現の誤用など看過できない問題の数々を突きつけてくる。さながら取り立て屋のように推敲を強いてくるのだ。

 それに対して俺たちはひぃひぃ言いながら自分の力不足と向き合い、部分的に削ったり書き足していったりする。これが苦痛のなんの。

 修学旅行の体験学習で勾玉磨いたやついない?

 地道な研磨作業に夢中になれるやつはきっと推敲好きだよ。俺はまだ角が目立つときに飽きちゃって放り投げたけど。

「推敲嫌い。プロット作るのは好き。でもたまに熱中し過ぎて『おいおいこれじゃ余裕でページオーバーだろ』ってくらい構想が膨らんじゃいます。そういうときは応募原稿とスケジュール相談して、時間見つけてはネットにちまちま上げるようにしてますよ」

「分かりすぎて辛い。推敲嫌いなのは私も一緒。何事も準備のときが一番楽しくない?」

「いや俺は執筆の方が好きです」

「なんっ!? 同志だと思ったのに!」

 と悲痛に叫びながらスマホを操作して、画面を俺と神子にまざまざと見せつける。

「こ、これは……」

「え、うそ……? これ全部?」

「ふっふっふ、そうだ、これ全部執筆予定未定の構想たちなのだ!」

 縦にずらりと並ぶテキストファイル。

 何度かスクロールしても怒涛の勢いで『わあ、ラノベだ』って感じのタイトルが表示され続ける。

 典型的な類はもちろんのこと、捻りの利いた言い回しをそのままタイトルに回したようなのもあれば、ちょっと前に異常なまでに流行っていた長文タイトルっぽいのも散見される。それらに共通しているのはタイトル見ただけでぼんやりと内容が予想できる点だ。

「分かりやすいのが多くていいですねー、かたるのタイトルはどれも奇を衒ってて、一見しただけじゃ内容なんも分かんないようなのもあるんですよ」

「バッシングするな、興味を惹くタイトルと言え」

「逆に取っつきにくいときの方が多いよ?」

「マジで!?」

 嘘だろ……タイトルには絶対の自信があったのに……。

 ダメかなぁ、意味深っつーか、見ただけじゃ内容はっきりしない素敵系タイトル。クールごとに出されるアニメ一覧にそんなタイトルあったら絶対一話は視聴すんだけども。

「ていうかタイトルだけじゃなくってかたるのラノベに出てくる女の子とか持ち物とかって基本的に変な名前だよね。ネーミングセンス疑う」

「あぁ!? 俺のセンスしかないネーミングを馬鹿にしたな!?」

「理解されないセンスを主張するほど痛い行為もないわね。奇抜なファッションも言動も作風も理解されて初めて価値を持つのよ?」

「真面目に諭そうとするな、俺が聞き分けない子みたいじゃないですか」

『いや、実際ないでしょ』

「ぐぅあっ!?」

 精神的に致命傷を負う。医者はどこか、救急車はまだか。

「認めねえ、認めねえぞ!」

「じゃあ最近のネーミングで一番自信のあるものを」

頂上(いただきがみ)しめこ」

『ないわー』

「なんでだよすっげえそそるじゃんか!」

 頂上をそのままチョウジョウと読まないのがミソね。はいそこダサいって言わない。

「さてと、とっくに四時過ぎちゃったし隣行くわね」

「待ってくださいまだ話は!」

「お兄ちゃんうるさい!」

 ドカンッ、と破壊にも似た衝撃音を伴いながらドアが開く。

 やや癖のあるセミボブ。やや角度のついた目つき。服の香りは俺と同じ洗剤。

 ラノベファンの皆々様お待たせしました。

 ラノベって言ったらやっぱこれっきゃねぇ、中三の妹、めもりが激昂していた。

「あれ? めもりお前出掛けてたんじゃなかったの?」

 北の大地は五月半ばでもまだ寒く、気合の入ったおめかしに夏の香りは微塵もしない。

 丈の長いキュロットスカートも、落ち着いた暖色のカーディガンも本州じゃ三月に着ているような春物だ。

「寒くなってきたし帰ってきたの! それで家でもうちょっとお喋りしよっかって、コンビニでエクレアと午後ティー買ってきたらまた女の子連れ込んでるしうるさいし!」

「もうちょっとお喋りしよっかって誰と? 壁? やめろよ、そんな成績不振過ぎてどこかおかしくなったプロ野球の監督みたいな真似」

「お兄ちゃんたまによく分かんないこと言うよね。壁じゃなくて今私の背中に隠れてる子だよ」

「うん?」

 よく見るとめもりの背中にしがみついている小さな手が。

「あ……え、んっと、お邪魔してます……」

「およ、唄ちゃんか」

 背中の陰から控えめに顔を出したのは、めもりの親友の松羽唄(まつばうた)ちゃん。めもりと同学年の中学三年生。活発なめもりが太陽だとしたら、奥手な唄ちゃんは月だろう。

「今日はまたどうしてそんな隠れて……ん?」

 視線の先を追ってみると、そこには神子とよりは先輩がいる。

 はっはぁ、分かったぞ。この人見知りめ。

「そんな……かたるさんが二人の女性をはべらすなんて……」

「退いてるだけかよ!」

 俺のだらしなさに戦慄しているだけだった。

 待ってよ、女性関係にだらしなくないよ、俺。たまたま仲良いのがこの二人なだけだって。家に男友達連れてくる回数が少ないだけだって。

 その辺のことをさらっと説明して、まだそこまで絡まっていない誤解を解く。

「ごめんなさい、誤解しちゃって……」

「分かってくれればいいんだ。つーか唄ちゃん、二人に会うの初めてじゃないよね?」

「へへへっ、実はかたるさんをびっくりさせようとしただけです」

「めもりてめぇ唄ちゃんとグルに」

「なってないよ独自の判断だよ」

「いつからそんな悪戯を企むようになったんだ君は!」

「ひぃっ。出来心だったんです、悪気はなかったんですぅ……」

 若干潤んだ瞳が俺を射抜き、何かを言おうにも声帯が一時的に機能を凍結される。……うーむ、妹より妹。健気っていうか、儚げっていうか。

「唄、これ以上話してると妊娠するよ。さっ、早く戻ろ?」

「めもり、話があるから座りなさい」

「え、十五歳で妊娠は嫌だな……」

「唄ちゃんは唄ちゃんで真に受けないでよお願いだから……」

 そしてそんな知性に欠ける言動は慎んでおくれ、中学三年生。二人共頭悪くないんだから、賢い喋りをだね……。

 二人がめもりの部屋に戻ったあとも、突然掻き乱された室内の空気はなんとも形容しがたく、年長者たちのみっともない愛想笑いが七分咲き。

「相変わらず二人は面白いね」

「面白いかぁ?」

「いいじゃないの、賑やかで。それじゃ、私はいい加減に……あそうそう」

 PCケース片手に部屋を出ようとしたよりは先輩は去り際に降り返り、

「あの、唄ちゃんだっけ? かたる君のこと好きだって子」

「らしいですね」

 年長者は年下からの好意を知っていても、本人の前では決してそれを仄めかすようなことはしないのだ。


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