1
可愛い女の子が絶え間なく登場してはまるでそれが世界の法則のように主人公に好意を抱いていくハーレムラブコメも、四字熟語に横文字の読み仮名を充てた異能を叫ぶ厨二も、ひょんなことから異世界に転生して、ひょんなことから魔王を倒すべく美少女の勇者たまにケモナー歓喜の人外娘とパーティーを組む異世界転生も。
「違う……俺が書きたいのはこういうのはじゃない!」
読むのは好きでも、書きたいとは思わない。
メモ帳に打ち込まれた数百文字のあらすじをマウスで全選択してから、刹那の逡巡を挟んで削除する。グッバイ俺の60分……。
学習椅子の低い背もたれに寄りかかって天井を見上げる。
深夜の自室、頼りない明かりの豆電球が疲弊した俺の心を照らそうと健気に頑張る黒髪ツインテールの後輩のように見えてくる。
『先輩ポカリ持ってきましたよ、外周頑張ってください! ……え? 放課後ですか? え、えぇっと……その、開いてますけど?』『やっ、ふ、二人でカラオケ!? やですぅ、恥ずかしいから……下手だし』『……下手じゃない? そんな聞いたこともないくせに……』『聞かなきゃ分かんないだろって先輩もしかしてこの流れ狙ってましたね!? あうぅ、狡いですよ……』『分かりました私も女です! 点数勝負でもなんでも受けて立ってやりますよ!』『え、負けたら……ですか? ……ほ、ほっぺにちゅーくらいなら』
「夕焼け色に染め上がった彼女の頬がより紅潮していくのが分かったじゃなくて茶番がなげーよアホかっ!!」
問答無用の全選択からの全消去。今晩の頭も順調にとち狂っております。
桜の花弁が春風に乗って窓辺から舞い込んでくるように。
万年一次選考落ちの底辺ワナビ、患井かたるに春一番のスランプが訪れていた。
「まるで進まないちっとも進まないそうだ死のう」
死の考えへ至るまでの過程が軽過ぎる件についてはともかくとして、ここ最近の壁にぶち当たっている感あるいは試されている感は抜きんでている。
「こんなんで大丈夫なのか俺は……」
なかなか寝付けない夜にやってくるような茫漠としたおそれ。
なーに深夜ならよくあることだ。
だからそんな怖がってないよ? 割り切ってるしね。
…………。
ダメだ、いくら前向きになろうとしても何故だか敵わない。大人しく怖がろう。
線路は続くよ、どこまでも。
不運は続くよ、どこまでも。
驚くべきことに文字数が一緒。響きもどことなく似ている。うんどうでもいい。
現在、俺はライトノベルの公募で六連続一次選考落選の悲劇に見舞われている。
原因は単なる実力不足と、カテゴリーエラー――通称、カテエラ。
一次選考で弾かれたワナビたちの会話の中で頻出する言い訳の決まり文句。だけど俺はそれを知った上で敢えて自分の作品にカテエラという烙印を押したい。というのも、俺はわざとカテエラを意識して執筆に取り組んでいるきらいがあるからだ。
有象無象に埋もれるなら、悪目立ちする異端児であれ。
王道に媚びない自分色の作品で天下取りに挑む。
とか、耳触りのいい言葉を並べ立ててみるけど、今のところその目途は立っていない。
話は戻って、最後に一次選考を突破したのは一年前の夏のこと。
当時高校一年生、初めての中間テストからの現実逃避で十日間で書き上げた粗い 原稿が通って以来、歓喜の瞬間を味わっていない。
……最終目標は受賞だから途中の過程如きで喜ばない?
違うんだなそれが。たかが一次、二次じゃないかって思うのはデビュー目前のハイワナビか、意識高い系の拗らせ君くらいだと思う。……だよね?
六連敗というサッカーだったら既に監督解任されているような数字を今度こそ止めて一次選考突破というささやかな喜びを味わうべく、六月末の締め切りへと早めの発進。
四月末には構想に手をつけて、プロット制作に入ったんだけど。
「プレッシャー……なのかなぁ」
大好きな小説を書いていてプレッシャーを感じる日が来るとは……。
二次キャラが印刷された卓上カレンダー見る。
二時間前の時報を以て、五日間にも及んだ今年のゴールデンウィークが終わっていた。