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Wanna Be!-ラノベ作家になりたい人たちの話-  作者: 設楽 素敵
第五章 薔薇色のダブルヘッダー
16/24

2

 待望の新作が書き上がった。

 これ自体は非常に喜ばしいことだし、初稿が想定を上回る十四日で上がったので締め切りまでの余裕もたんまりある。校正・推敲に時間を費やせるから、手を抜かずにしっかり向き合えば一次の通過率はぐんと上がるだろう。

 ……基礎となる原稿の出来に不満があるが。

「だめだーうがーぎゃおすぎゃおす」

 改稿案をパソコンのメモ帳に打ち出して、そのしっくりこなさに辟易する。

 校正と推敲は大切だ。質を上げたいなら欠かせない作業になる。けれど、昨日書き上がったばかりの今作、直し作業の基礎となる部分に大いなる不安を覚えている。

 何年か前に耐震偽造問題が大体的に取り上げられ、連日非難ごうごうだったことを思い出す。だって崩れかねないもんな。軸となる部分がしっかり組まれていないと、その上に重ねたり置いたりするものを載せたところで崩れるのは時間の問題だ。

 俺の原稿も一緒。原稿=基礎がしっかりしていないのに、推敲で新たな要素を追加したらどうなるか。カオスがもっとカオスになる。混沌で破綻する。

 かと言って減らせばいいってわけでもない。推敲の過程でページ数を減らしたところで根本の解決にはならない。

 抜本的な変更を成すためには、基礎の総とっかえが最も手っ取り早い。

 てなわけで俺の脳裏には、新しく書き直すという自ら修羅場に飛び込むような恐ろしい案が過っているのでしたとさ。

「マジで?」

 マジだよ。自問自答ごっこ。

 考えがそっちに切り替わり始めると、目の前の自作への興味が一気に失われていって、自分で投げ出す決断をする前に自ずと手が止まってしまった。メモ帳を閉じる。

 締め切りまでは二週間以上の猶予が残っている。今回二週間で書き上げたことを考えれば、完成の可能性は決して低くない。

 懸念すべきは労力。……そこ、怠け者とか言わない。

 新作を書き出すときはかなりのエネルギーを要する。ある程度準備ができていて、且つ今までと同じようにニッチ路線を突き進むならまだいいだろう。慣れているからエネルギーの消費も少なく済む。

「今まで通りじゃ……ダメなんだよな」

 俺はきっと、『今まで通り』に対して懐疑的な目を向けている。だからこそ今作にも納得がいっていない。

 自分を納得させるためには。

 黙らせるためには。

 ねじ伏せるためには――新しい方法に手を出さなければいけない。

 そういう時期に、来ているのかもしれない。

 大きな決断が迫られている。

 ニッチな我が道を行く信念を曲げて、王道へ。

 ……最悪『そんなくだらない信念なんてかなぐり捨てちゃえよ』と無理にでも言い聞かせて、王道を書く決心はできる。

「したところで、俺は何を書けばいい?」

 王道だろう。アレルギーの食べ物を除けるように避けてきた王道だ。

 しかし、ひとえに王道と言っても幅広い。

 学園異能? 陰陽師? 魔法少女? 

 ……どれも書きたい意欲が沸かない。この状態だとエネルギーの消費はかなり激しいものになる。途中で投げ出す可能性は無視できない。

 アマチュアの特権にして、一番のモチベーション。

 書きたいものを書く。

 新作を書くに当たって俺が最初にしなければいけないのは、王道縛りの中での『書きたいもの探し』のようだ。

「今日が土曜日で助かったぜ……」

 今日明日の連休を活用しよう。さあ、他力本願の出番だ。



『あら、どうしたの? 午前中から私の声が聞きたくなった?』

「そうです、すごく聞きたくなっちゃって」

『かつては声優を志した私の声だもの、人ひとり虜にするくらい日常茶飯事か』

「アンタ声優目指してたのか!?」

 そんな感じにラノベ作家以外の夢を吐露したのは電話の向こうのよりは先輩。

 実は聞きやすく透き通った声の持ち主。

『中学の頃、一時期声優にすごく憧れてて……』

「なりたかったのはナレーターですか? 子供向けアニメの主役ですか? それとも大きい子供向けのアニメですか?」

『腐女子向けかしらね』

「腐女子向けアニメに出てくる女の子って視聴者の腐女子からすっげー妬まれたりしてて人気はあまり出なくないですか?」

『いいのよ。私の目的は腐女子アニメに出演してる大量のイケメン声優に囲まれてちやほやされることだったから』

「何もかも不純だ!」

『いずれは私を巡ってイケメンたちの殴り合いに発展して……ストーリー的にはやっぱり全員を倒したイケメンと結ばれるべきなんでしょうけど、そこで私は敢えて二番目に強かった、すなわち最終決戦の一騎打ちで負けたイケメンを選ぶの』

「ありがちっすね」

『最終決戦の勝者に私は言う――あなたは強い。でも、私を想う気持ちはこの人の方が上よ。だってさっきの戦いの中であなたはただ勝つことだけに固執していたのに、この人は私に被害が及ばないよう立ち回りながら戦っていたのだから……うん、BDは万越え、一期終了後のファンイベントで拍手喝采の中『超速報! 第二期制作決定!』のムービーが流れる未来まで視えたわ』

「自画自賛ぱねーっすわ先輩」

 ファンイベントの二期発表まで妄想とは流石ワナビ。妄想力だけならプロに匹敵する。

『それで? なんで私に電話してきたの?』

「あ、終わったんだ……」

 もうちょっと聞きたかったなぁ。せめて劇場版決定の告知まで。

「あのですね、昨日新作を書き上げたんですがどうも感触がよろしくないので、いっそもう一本新しいのを書こうと思いまして」

『うん』

「方向転換と言いますか、たまにはいいよね精神で王道を書くことにしたんです」

『あら、頑固者が折れた瞬間ね』

「必要に応じて負けますよ、俺は。そこでまあ壁にぶつかっちゃって……」

 王道書きたいのになかなか浮かばない、どうしたら自分の書きたいものが浮かぶか。

 よりは先輩が王道を書き出す前にやっていることはあるか。

 俺のした質問を要約するとこんな感じ。

『そうねぇ……かたる君、王道には結構触れてるのよね?』

「見るのは王道のが多いですから、ニッチより」

『真似しようとか思わないの?』

「死んでも思いません」

『こんなところにまた頑固……。なら影響も受けないの?』

「影響」

 受けているようで受けてないような。

「自分の作風と違い過ぎて参考にならないんで、あんまり受けてないと思います」

『そう。じゃあ王道を書くって決めた今なら良い教材になるんじゃないの?』

「いやでも真似は」

『影響と真似は違う。インスパイアとコピーは別物。数作品に触れたあとにプロット組もうとしたら結構変わると思う……ていうかかたる君あなた、いつもプロット書くときとか映画見たり本読んだりしないの? アニメでも漫画でもいいわ』

「特別見る量読む量増やしたりはしないです、参考用に見始めるなんてもっての他。あ、でも一回まんがタイムきらら読んでてこういうほんわかしたラノベ読みたいなぁ、書こうかなぁと思ったことはあります」

『書けばいいじゃない』

「ラノベでやる必要あります? あれってビジュアルあってこそじゃないですか」

『そういう先入観も邪魔ね。そしてしっかり影響されてるじゃない。作品に触れて、あーこーいうのやりたいなーって思っちゃう。それが私の考える影響の定義ね』

「なるほどなるほど」

『言っておくけど真似だって悪じゃないわよ。コピペとか丸パクリはアウトにせよ、ラノベにおける女の子の描写の仕方とか、好きな作家の文体を意識してみるとか。技術を盗むって、実は他人の真似事から始まるのよね』

「そう言われてみればそうかもです」

 真似も絶対悪じゃないんだ。考えがまるっきり変わったわけではないけれど、少しだけポジティブな方向に風向きが変わった。

『それじゃ、頑張って』

「ありがとうございました。ところで先輩は今何やってるんですか?」

『ヨドバシのソフマップで買ってきたギャルゲー』

「お疲れーっす」

 よりは先輩のラブコメのルーツ、ギャルゲーにあったんだ……。

 

 

 流行に左右されやすいラノベ業界だし、ヲタクたちの間で流行中のアニメを三本、あとは前から見たい見たいと思っていた名作アニメを一本見た。原作はギャルゲー。泣きゲーの評判には嘘がなく、途中までしか見ていないのに二回泣いた。

 充実の三時間を過ごし、いざプロットを作ろうと学習机の前に座る。

「やっべぇ……ラッキースケベもしたいし泣きゲーっぽくもしたいし死の絡まない熱い戦闘シーンも描きたいしこってこてのロボアニメもしたい……」

 素直な子ほど影響を受けやすいという。なるほど俺は素直な性格だったらしい。自分では捻くれ人間だと思ってたのに、なんか悔しいな……。

 また俺の中に通っていた『ニッチ』の軸が取り除かれてしまったせいもあるだろう。軸がないと流されやすくなる。まあ影響受ける分には問題なさそうだからいっか。

「いやよくねえし」

 軸がなさすぎて節操なしに気に入ったもの全てを取り入れようとしている。危険だ。ジャンルがロワイヤルになる。

 結論、影響はたくさん受けたけど、絞るには時間が掛かりそう。はい次。



『はわっ、びっくりしましたぁ。電話番号教えましたっけ?』

「連絡網って便利だよね」

『ニホンノコジンジョウホウノカンリニモノモース!』

「ガイジンゴッコハイリマセーン」

 次に電話したのは瑠璃兎。連絡網の凪原ミケウリールの名前の下に、家電ともう一つ携帯の方も記載されていてラッキーだった。今の時代、連絡網には個人の携帯電話番号も載っているのだ。世代によってはジェネレーションギャップ感じるかもね。

「時間がないから手短に頼む」

『どうぞ、私も今出先なので早くしていただけるとありがたいです』

「あら、出掛けてるんだ。ごめんな。ちなみにどこ?」

『地下鉄大通駅35番出口を出て十数メートル進んだ先、左手に見える雑居ビル内の二階にいます』

「くどくど言わないでさっさとアニメイトって言えよ!」

『十五分前までは地下にいました』

「メロンブックスのことだな」

『次は三階へ行き』

「らしんばんいいねぇ」

 アニメショップ巡りをしているらしかった。あの容姿なら目立つだろうなぁ……でもアニメイトはカップルも利用しているから割とイケメン美女が散見できたり。隣のとらのあなの同人誌コーナーなら二度見されること間違いなしだ。

 メロンの奥のアダルトコーナー……は、俺らまだ行けないから何も話せない。残念。

「用件はなんですか?」

 用件は以下略。よりは先輩に話したのと一緒。

『おっ、私の言うことを聞いて王道書く気になりましたか。そういうことなら喜んでアドバイス差し上げますよ。良かったですね、私の機嫌が良い日で』

「そうだな」

 瑠璃兎の機嫌を上げてくれたアニメショップ各位に青天井の感謝を。

『王道で一番手をつけやすいジャンル、それはずばり……』

 瑠璃兎の得意ジャンルって厨二だよね? えぇー? 設定考えるの難しそう。

『ラブコメです!』

「ラブコメ? 俺はてっきり厨二を推してくるもんだと思った」

『厨二書くのって大変なんですよ。読者が参加したいと思うような舞台設定から、つい口ずさみたくなるような異能名、疾走感のある戦闘描写をするための筆力も要りますね。そういう意味じゃとあるシリーズは後世に語り継がれるようなレジェンドです!』

 要約、厨二を成立させるためには実力がなきゃね。

 はいどうせちゃんとした厨二書く能力はないですよ。

『その辺、ラブコメは初心者も取っつきやすい、いじりやすく書きやすいジャンルなんですよね。あ、下に見てるとかじゃないですよ? ただ取っつきやすいというだけで。だってモデルが最も身近にあるんですから』

「自分の恋愛体験談とか?」

『その通りです。あとはラブコメを題材にした作品は腐るほど世に溢れてますよね。人間はみな等しくラブコメが好きなんです、愛しているんです。紫式部の時代から愛され続けているまさに不朽のジャンル! 需要が尽きることはない!』

 需要が尽きることはない、か……。人間が地球で繁栄し続ける以上そうだろうな。色恋沙汰から遠ざかっていて、母親からホモ疑惑のある俺もラブコメは大好物だ。

「自分で書けるかな……不安だ。最後の恋が小学生の頃、教育実習生に対する片思いだったもんで……」

『わっ、ませてますねー。ラノベのラブコメは同世代じゃなきゃダメですよ。歳の差ラブコメはラノベじゃ流行らないと思いますし、一次の段階でカテエラ判定もらうんじゃ?』

「だよなぁ、やっぱり同世代だよなぁ」

 参考資料が必要になるな。必要に応じては真似の禁も解こう。

「ありがとな、ラブコメ考えてみる」

『恋愛の形は無限ですから固定概念に縛られないように、ですよ!』

「参考までに瑠璃兎の恋愛談を一つ教えてもらえると嬉しい」

『ひぇっ!? や、変なこと言わないでくださいよぉ』

 アニメイトでグッズ入りカゴを手に慌てている様子が目に浮かぶようだ。

『……覚悟を決めました、一つだけお話しましょう。そう、あれは生まれて初めて見た深夜アニメ、コードギアスの初回のことでした……』

「アドバイスサンキューな!」

 俺の周りの美少女が全員腐女子で困ってるんだが。……ラノベのタイトルっぽい!



 ラブコメを書こうと一念発起し、机にしがみつくこと二時間。

「宇宙からきた電波な女の子……アイドル志望の女の子……同人作家の女の子……」

 ラブコメ果てしねえ。可能性に満ち満ちている。菊丸コンビのダブルスに比肩するくらいラブコメは無限の可能性を秘めている。

「やめよう」

 ついにはペンを投げて作業中断。下がりまくった効率を上げるためには小休止もオッケーだよねと自分を説得、ベッドにダイブ。

 ……部屋の外から人の声がする。午前中は俺以外誰もいなかったこの家にめもりとその友人の唄ちゃんも来ているようだ。最悪二人から体験談を聞き出そう。

 午前中から始まった試行錯誤だったのに、窓の外は夕暮れに染まっている。よく晴れた一日だった。引きこもり性の俺が一歩も外に出なかったことを悔いるくらいには。

 ラブコメを書くなら純愛で、季節は夏。

 絶対に取り入れたい希望はラブコメの中でも飽和状態にあるこの二つ。

 真っ直ぐな青春を描いた甘酸っぱいラブコメが書きたい。でもそこにオリジナリティを取り込むことも忘れちゃいけない。

 だからヒロインで我を主張しようとした。王道のストーリーラインで異彩の輝きを放ってくれるような、そんなヒロイン。

「一人にゃ決められねえ……」

 凪原さんのような洋ロリ、よりは先輩のような美人な先輩、俺がかつて好きだった教育実習生、近所に住む幼馴染、妹、義妹、妹の友達、物静かな図書委員。

 いっそギャルゲーみたいに何人も攻略できたらいいのに。

 天井を扇いで大きくあくびする。

「体験談があったらスパッと決められるんだろうなぁ……」

 昔自分が好きだった子をそのまま投影すればいいだけなんだから。方針が王道と決まっただけで細部は決まっていない内容も、体験談を当てにすればそう時間は取られないはず。

 学校生活に重きを置いていたら……。

 執筆にそこまで熱を入れずに、青春も謳歌できるゆとりのある生活を送っていれば。

 中・高と彼女作りに無関心で、執筆に没頭していた自分を呪う。

 少しは恋愛しとけよ、思春期だろ、迸れよ。

「せめて疑似体験でもできたら……」

 よりは先輩にギャルゲー借りる?

 ギャルゲーで主人公になりきって、仮想世界の女の子とデートする?

 現実で女の子とデートするのが一番だけど、しかし俺には相手がいない。

 ……いないか? いないか。

 …………。

「え、いねっ!?」

 体を跳ね起こし、視線がドアへ向く。

 デートの誘いをすれば乗ってくれそうな子に一人だけ当てがある。

 あ、クラスの尻軽女とかじゃなくね? ノリで付き合ってくれそうな子がいるという意味じゃなく、胸に本気の真剣な想いを秘めた可愛い女の子。

 相手の好意に付け込んで利用する最低な真似、だけど。

「手段を選んでちゃ、解決はできない……!」

 覚悟を決めてドアを開けて、北側のめもりの部屋の前に立つ。ノック? あっちも普段ほとんどしないからいいだろ。突入だ。ドアを開けてJCの花園へ足を踏み入れる。

 まず目に飛び込んできたのはめもりと唄ちゃんの信じられない事象に遭ったような驚いた顔。二人が遊んでいるとき俺がめもりの部屋に入ることは一度もなかったと思う。

「ちょちょっとお兄ちゃん!? なにこれテロ!?」

「すまんお前には用はない」

 騒ぎ出しためもりをあしらって、唖然呆然、口を開けたまま固まっている唄ちゃんの視線に合わせてしゃがみ込み、その目をしっかりと見つめながら、言った。

「唄ちゃん、明日の日曜日、俺と付き合ってくれ」

 松羽唄、中学三年生。

 好きな人、患井かたる。


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