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Wanna Be!-ラノベ作家になりたい人たちの話-  作者: 設楽 素敵
プロローグ ワナビがふわりと春風に舞う
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プロローグ

 成績なんてどうとでもなれ、なんなら単位不足のやつらにくれてやる。

 そんな男気溢れるスタンスで臨んだ高校一年の成績は見るも無残で。

 というか進級すら危ぶまれたくらいで。

 流石に今年度からは心機一転気持ち新たにまっさらに、提出物くらいはきちんと出してあくせく平常点稼ぎに努めようと心を入れ替えた。

「バカやったぁああああああああああああああああああああ!」

 ……はずなのに、俺は咆哮しながら廊下を激走している。

 心を入れ替えたとか公言しておきながら、新学期早々校則を突き破る矛盾。

 でもしょうがないんだ。あとでいくら怒られたっていい。反省文だって何枚でも書いてやる。だから今だけは見逃せ、教師共。

「俺が真面目になったばっかりに!」

 馬鹿を嘆くのは普通でも真面目を嘆くのは珍しい。

 陸上部も真っ青は勢いで振られている腕の先――右手には数学という教科名と患井(わずらい)かたるという俺の名前が記されたノート。これはつい数分前まで行われていた数学の授業で本来提出するはずだった春休みの課題だ。

 間違えて提出……よりによってあのノートを提出しちまうなんて。

 あれは絶対に他人の目に触れてはいけない。今の昔もこれから先も、俺という傘に隠れてもらわなければならないパンドラの箱だ。

 額に滲んだ冷や汗が粒となり、風に押されて顔面を後退していく。頭皮に呑み込まれて再び体内へと還る。こうして無限に冷や汗は生み出される。さっさとこの悪 性循環から解放されたい一心で廊下を走り続けた。

「神子ちょっと待った!」

 山積みのノートを大切に運搬していた日直の幼馴染を見つけたのは職員室到達寸前のことで、そいつは短いポニーテールを揺らしながら怒りを露わにして振り返る。

「びっ、びっくりさせんな、アホ!」

「提出するノート間違えた!」

「ベタな間違いすんな!」

 あの三十数冊のノートの中に例の物が……。

先生に受け渡される前に間に合ったことでほっと胸を撫で下ろしながら走る速度を緩めていく。ついでに張り詰めていた緊張感が解かれた。。

「あっ」

 普段俺が忌み嫌っている典型的ラノベ主人公のように有り得ないタイミングで、しかもなんの凹凸もない平淡な廊下で躓く。

「しまっ――」

「きゃっ!!」

 神子と正面衝突。抱えていたノートの山がその場に散らばる。

「痛っ……ちょっと何やってんのよ!」

「す、すまん! 足がもつれて……」

「運動神経ゼロか! もうっ、早く拾ってよ!」

 そうだよ早く拾え、呑気にしてる場合じゃない。

 謝罪もそこそこに俺は散らばったノートを掻き分けて目当ての物を探す。ただどれも似たり寄ったりのデザインなのでなかなか見つからない。

「ちっくしょうどこに!」

「悔しがってないで早く集めてよ!」

「目先のノート収集より大事なことがあんだよ!」

「クズか! 大体なんでそんな血眼になってんのさ?」

「そりゃお前決まってんだあぁ!?」

 神子にいちゃもんをつけられているとき、一冊のノートが開いた状態で廊下の向こう側に落ちているのを見つけた。

 デザインやふやけ具合が俺のと重なった。あれだ!

 四つん這いから少し腰を浮かせたような姿勢で邁進し、飛びつくように手を伸ばす。

 と、寸前でひょいっと獲物を掻っ攫われるかのように何者かの手によって拾われた。

「え?」

 予想だにしない横槍に呆然とする。

 目の前にはおろしたての指定靴と黒いニーソックスに包まれた細い脚。規定を順守した丈のチェックスカートがひらりと春風に揺れる。

 さらにソフトクリームを舌で舐め上げるように見上げていく。邪魔しない程度の膨らみを乗り越えて女生徒の素顔が窺えた。

「っ……!?」

 学園のアイドル、学園のマドンナ、学園の園田海未(※世にも美しい女性の意。人によって変動が激しい)との呼び声高い三年生の洒落古謳歌(しゃれふるおうか)先輩。

 ノートを掻っ攫っていった犯人はあまりにも意外だった。

「…………っ!」

 言葉を失う。これが絶句か。つきたての餅が食道を塞いでいるかのように声が出ない、って死ぬじゃん。

 よりにもよってこの人に見られるなんて……。

 全校生徒憧れの的に見られるなんて……。

 落胆と失意のスパイラルに落ち込むのも無理もない。

 ……のに、いつまで経っても悲鳴が聞こえてこない。

 日夜問わず使えそうなネタが思い浮かんだら書き留めているアイデア兼プロットノート。それがこの度俺が間違えて提出してしまったノートの正体。

 洒落古先輩のように耐性のない人間なら一見しただけで阿鼻叫喚必至のはずなのに。

 お湯を沸かしている鍋を真上から覗き込んだかのように熱くしっとりした顔を上げる。

 見上げた先には何故か悲鳴も上げず、表情にも当惑を浮かべず、ポーカーフェイスでノートを読み込むよりは先輩がいる。その様にはこなれた感さえ感じられ、まるでこういう恥ずかしい創作ノートに強い耐性があるようだ。

 不意に穏やかに口元がつり上がると、洒落古先輩は目を細めてクスッと笑みをこぼした。

 人前では絶対に歯を見せず民から冷徹冷酷と恐れられている王女がついに微笑みを浮かべたみたいに、俺には見えた。……ちょっと大袈裟か?

 洒落古先輩の視線が俺を捉える。

 閉じたノートを差し出して、柔らかな表情を維持したまま薄桃色の唇を軽微に動かした。


「君も?」



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