14話 裏切りの代償
『今、ここにカマベル王国の建国を宣言する。』
身体は巨大化し、頭をわきに抱えるという、見た目は化物そのものだがその声は間違いなくカマベル伯爵のものだった。
時刻はちょうど正午、カマベル伯爵が新王国設立を祝い、自分の国王就任式をすると宣言していた時刻ぴったりだった。
唖然としていた人々はその声を聴いて我に返った。
悲鳴を上げながら建物倒壊と同時に距離をとろうと逃げていた人を追うもの、化物の声を聞き、こいつはカマベルだと割り切りこれ以上こいつの好きにさせてたまるかと勇敢にも貧弱な武器を構えなおした者、恐怖と理解不能な状況にどうしていいかわからずその場でただ呆然と立ち尽くす者など、反応は様々だった。
そして、一番近くでその光景を目にしたハーゲルを除く和人たちはもちろん無傷なわけもなく、兵士たちの中には瓦礫の下敷きになり、動かなくなっているものもいた。難を逃れた者も大半は降ってきた天井の欠片の直撃を受け、苦痛に顔をゆがめている。
「おい、ファーベル!お前との戦いはこいつをどうにかした後だ!!」
和人には瓦礫と土埃のせいでどこから言っているのかわからなかったが、ハーゲルの声が聞こえた。
「……」
一方のファーベルの返事は聞こえなかった。
壁が取っ払われて今まで少しくぐもって聞こえていた外の声がはっきりと聞こえてくる。
勿論、それらの声の大半は悲鳴に変わってしまっている。
『まずは建国の生贄として十人、わしにササゲロォォOOOOO。』
カマベルの叫びは途中から発音がゆがみ、怪物の雄叫びのようなものに変わり、カマベルは動き出した。
それを見て建物の外で呆然としていた住民達も悲鳴を上げながら皆思い思いの方向へ逃げ出す。
貧弱な武器を構えたものも皆それらを投げ出し、逃走を図る。
恐怖が生み出した幻覚かもしれないがカマベルの周りには黒いオーラのようなものまで見える。
今の雄叫びで察してしまったのだ。こいつは自分たちに手に負えない、と。
「なんだよ...こいつ.....」
そうつぶやいたのは果たして和人だったか、さっきまで『あれ』が従えていた兵士の誰かだったか。
ガァァン。
和人がただ呆然としている間に既に交戦対象をカマベルに移したハーゲルの剣がカマベルの胴体を捉える。
しかし、元とはいえ人間の肉体に当たったとは思えない音を立ててはじき返されてしまった。
『ええい、鬱陶しい!!ファーベル!!何をやっている!!こいつをなんとかせんか!!』
「お前、何を言っ...」
和人がそう言いかけた時、その声にかぶさるように別の声で返答するものがいた。
「仰せのままに。」
その声はファーベルだった。だが声は抑揚がなく、のっぺりとした印象を受けた。
答えたファーベルはその言葉を実行に移すべく剣を構えハーゲルの方へと向かう。
ただその動作は妙に機械的でさっきまでのような生気は感じられなかった。
「おい、この状況で冗談はよせよ.....」
「.....」
「答える様子なし...か、おい、逃げろ!もう私では君を守りながら戦うのは無理だ!!」
ハーゲルはそう叫ぶと再び剣をファーベルに向けた。
名指しはされなかったが明らかに和人に向けていっている。一瞬、
(俺、あの人に守られてたっけ?)
と言う思考が頭をよぎり、きょとんとしたが確かに自分ではファーベルとは互角に戦えなかったと思い直し、とりあえず、カマベルから死角になる少し大きめの瓦礫の影に隠れることにする。幸いハーゲルは叫ぶ時全く見当違いな瓦礫の方に叫んでいたからその場の視線が和人に向く事は無かった。
『では、誰に生贄になってもらおうか...』
ファーベルとハーゲルが再び剣を交わし始めるのを見届けた上で、目玉をぐるぐる回しながらあたりを見回す。
そしてある一点で視線を止める。
『どれ、ここは我が部下に見本を見せてもらうことにしよう』
そう、視線は無常にも最後までカマベルに付き従い、現在無事なのはたった6人となってしまった部下を見据えていた。
ズシン。
化物化したことにより巨大化したカマベルの身体が兵士の方へ動き出す。その巨体は動くだけで周囲を振動させ、土埃を舞い上がらせる。
「く、来るなぁ〜!!」
兵士のひとりが頼りない悲鳴を上げる。
その悲鳴を無視してカマベルの巨大化した手がひょいっと兵士の体をつまみあげる。
そして.....
バキッ、ゴリッ、クチャッ....ゴクン。
『まず、1人。』
あたりに嫌な音が響き渡った。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
その音を聞いた兵士のひとりが発狂したように悲鳴を上げながら逃げ出したのをきっかけにまだ無事な兵士達は雲の子を散らすように逃げ出す。
しかし、和人は腰が抜けて動けなかった。当たり前だ。人間の咀嚼音を至近距離ではっきりと聞いてしまったのだから。
しかし、それが功を奏し、カマベルの視界に『敗走するもの』として目立つこともなかった。
『ふん、逃がすわけがなかろうが!』
そういいながらカマベルは腕を無造作に奮い。まるで虫でも叩き落とすかの容量で少しでも遠くに逃げようとしている兵士達を潰していく。
潰された兵士達は、おそらく、もう生きてはいないだろう。
カマベルは視界に写っていた兵士達を一通り潰し終えてから再び獣のごとき咆哮を上げる。
そのあいだもハーゲルはファーベルと一進一退の攻防を続けている。
依然として和人は腰に力が入らず、理性を保つので精一杯だ。
そんな時、
「和人〜。迎えに来たよ〜。」
なんとも緊張感というか緊迫感のない声が少しくぐもった感じで自分の真下から聞こえてきた。
(あ.....とうとう俺にもお迎えが来たみたいです。お父さんお母さん先に逝ってます。)
と真っ白になった頭の中で遺書を書いていると違和感に気づいた。
(ん?真下?それにこの声.....)
そこまで思考が戻ってきたところで、和人がへたりこんでいるすぐ近くのタイルがべコンと音を立てながら開いた。いや、力技で押し開いた。
「もう、せっかく崩れた建物の隙間から君が見えたからジュンジ置いて助けに来てあげたのに返事ぐらいしてよ。」
穴からひょっこり顔をのぞかせた優希がブツブツ文句を言う。
そして有無を言わせずに和人を穴に引きずり込んで再びタイルを閉じる。
「え、ちょ、待...何この穴?」
状況について行かない頭をなんとか回転させてなんとか1つ質問をする。
「ん〜、和人たちが捕まってる間にちょっと土魔法
使ってみようと思ったら地面に穴が空いちゃって....。
で、思いついたの!地面の下で横向きに使ったらトンネルができるんじゃないかって!」
(こいつ、魔法作りあがった!?)
ものすごいキラキラした目をしながらこの穴を開けた魔法について語ってくる。
「で、この穴、本当に大丈夫なの?」
まさか少し進んだら上から崩落とか...しないよね?
「わかんない!」
「.......」
一抹の不安を済に押しやり、頭上から響いている音から少しでも情報を得ようとする。
タイルが細かく振動し、カマベルがなにかしていることを物語っているが、実際に見えるわけでは無いので何をしているのかはわからない。
ただ、音があからさまにこっちの方へ近づいてくるということはないので、まだバレてはいないようだ。
「優希!」
「?」
「まずはみんなと合流しよう」
「......ハーゲルさんは?」
「そ、それは.....」
俺らには手に負えない、逃げよう、と言う言葉を飲み込む。
いつも真っ直ぐな視線で物事を見ている優希の視線が揺らいでいるように見えた。
「...とにかく他のみんなと合流しよう。ララもいるし、見捨てれるわけないだろ?」
「分かった。ひとりで考えるより、みんなで考えた方が知恵もでるもんね。はやくほかのみんなのところに行こう。」
すぐそこにいるのに下手に手を出せないもどかしさとなんとか折り合いをつけたように優希が答える。
こうしてふたりはとりあえず、騒ぎの中心から離れるのだった。
次週から少し更新ペース上げる.....かも




