11話 最悪の再開
「...というわけだ。」
小走りで移動しながら、自分が来た経緯を軽く説明し終わるハーゲル。
決して短い話ではなかったにもかかわらず、ここまで全く敵に出くわすことはなかった。
しかし、単に屋敷が広いだけなのか、逃亡防止のためなのかさっきから右に行ったり左に行ったり階段を上がったり降りたりしている割には一向に出口にたどり着かない。
見えるのは所々にある部屋につながっているであろうドアと、これまた所々に飾られている装飾品だけだ。
ドアの間隔からすると各部屋が無駄に大きいのがわかる。
「おっさん、まだ屋敷から出られないのかよ。」
浩司が言う。
彼は牢屋をでて、ハーゲルから自分の荷物と武器を受け取った後はそれまでの態度が嘘のように元に戻っていた。
「あと少しだ、牢屋は一番出口から遠い所にあるんだ。なかなか出られないのは仕方ない。.....次を曲がれば出られる。」
その言葉に俺は安堵のため息をつく。
牢屋にいたのはたかが数日だが、俺は何故か服役を終えた犯罪者のような気持ちになっていた。
まあ、状況的には逃亡犯なのだが。
人間何もない薄暗い部屋でただじっとしてるのは体に悪いね!
俺はそんなことを考えているうちに前を走っているハーゲル氏、浩司、ジェフさんがさっき言っていた曲がり角を曲がっていく。
俺もそれに倣い曲がろうとすると、
「あだっ!」
「きゃあ!?」
突然停止していた浩司に勢い良くぶつかった。
しかも彼は鎧を着用していたため鼻が潰れるかと思った。
さらにぶつかった俺に一番後ろを若干肩で息をしながら走っていた波瑠がぶつかってくる。
なお、ララも波瑠と同様後ろを走っていたのだがうまくよけたようだ。
俺が浩司に急に止まるなと文句を言ってやろうと視線を前に動かすと、そこにはこわばった顔のハーゲル、それに絶望的な顔のジェフさん、浩司の姿があった。
そして絶望的な顔をした彼らの視線の先には、
この屋敷の玄関、の前にたっている金髪で金色の鎧を着込んだ男を先頭に数人の兵士と、カマベルがたっていた。
なんで領主は毎回自ら出てくるんだ?普通は兵士を使って自分は出てこないんじゃないのか、と言う疑問を飲み込み、俺も呆然と立ち尽くす。
何を隠そう先頭に立っている金髪金鎧の兵士こそつい先日負けた相手なのだから。
「よぉ、また会ったな、負け犬。」
その言葉を聞いて柄を握る強さが強くなる。
「兵士をクビになったら腹いせに罪人の逃亡を手伝って慈善事業のつもりか?」
ん?俺に言ってるんじゃない?
「.....」
誰も何も答えない一瞬の静寂。
「んん?そこにいるのはハーゲル元兵隊長殿ではないかぁ!今更わしの屋敷にしかも罪人を引き連れてわしの前に現れるとは一体どういうことかなぁ?さては今朝から兵士たちの姿が見えないのにもお前が関係してるなぁ?な〜るほどぉ、コイツの言った通り腹いせかぁ。その負けイヌ根性は対したものだなぁ」
こっちを明らかに格下に見下し挑発的なカマベルの声が響く。
そんな安い挑発に乗るようなやつはこっちにはいな.....
「なんだとぉ!ハーゲルさんは負け犬なんかじゃねぇ!」
...いた。浩司だ。
「ふん、何も出来ずに捕まったまぬけはだまっておれ。」
口調が元に戻った。見下した相手でも流石にさっきの言葉遣は喋っている方も煩わしいかったのだろうか。
言い返された浩司は反論する言葉が思いつかずに口をパクパクさせている。
「...やつは俺が戦う、そのうちにララを連れて先に脱出しろ、外には仲間がいるはずだ、大丈夫俺もこいつを片付けたら直ぐに合流する。」
そう言ってここでようやく剣の柄を握り構えるハーゲル。
玄関は広く、ハーゲルがうまく突っ込めば横を通り抜けるのはたやすい。
「......ハーゲルさん、かっこいいぜ。ララのことは任せろ!」
そう言って戦闘は完全に任せるつもりの浩司。
本当に彼一人に任せてもいいのだろうか?俺も残って加勢した方がいいのでは?
「行けっ!」
そんな俺の葛藤をよそにハーゲルはそう叫ぶと一直線に金髪の男の方へ突っ込んでいく。
「俺らもいくぞ!」
浩司がそう言って、出口の方へ走り出す。それにつられてぽかんとしていた他のメンバーも続く。
ララも一瞬心配そうに突っ込んでいったハーゲルの方を向いたが何かを断ち切るように玄関へ走り出す。
玄関までの距離は30メートルあるかないかぐらいだ。
俺も葛藤しながらも外への扉の方へ走った。
先頭を行った浩司はもう後数歩で外に出られる。
だが俺はそこで見てしまった。
二人の戦闘。
そして、そこにどうやって加勢してよいものか迷いながらもタイミングをはかり、なんとか横から各々の武器を振るう兵士たち。
そしてその横槍すらも的確にさばき、なおかつ金鎧の男が振るう剣も受け流し、男と互角以上にやりあうハーゲル。男の顔にもさっきまでの余裕の表情ではなく焦りが見えた。
ここだけ見ればこのままハーゲルが勝つだろう。
しかし、その影でカマベルが自身のポケットから黒い球状の『何か』を出すのが見えてしまった。
その球自体は持っているカマベルの手にすっぽり収まるほど小さかったが明らかにやばいオーラを放っている。嫌な予感しかしなかった俺は、急ブレーキをかけ、方向転換し、ハーゲル対カマベルとその仲間たちの攻防が行われている方へと向かう。
ちょうど俺が向きを変えたところで最後尾にいた波瑠が扉から出ていくところが見えた。これでほかの奴らに危害が及ぶ心配はない。
たしして強くもない俺は思考だけでも強者の真似事をしようとしてそんなことを考えながら走る。
ここまで多対一にもかかわらず俺からは互角以上にやりあっているように見える。
外から誰かが横やりをいれたところでそう簡単には負けることはないだろう。
しかし、どうにも嫌な予感が拭い去れない。
ー間に合うか、いや、間に合わせる!
そう頭のなかで自分に渇をいれた瞬間、前に一度だけ、体感したことのある感覚がおとずれた。
前に来たときはそう、目の前で激しい戦闘をこなしている金鎧の男と戦ったときだ。
カマベルが急接近してくる和人に気づいてか気づかずか、余裕の表情のまま黒い球状の『何か』を持った手を大きく振り上げる。
そしてその手をそのまましたに降り下ろそう......としたところでどうにか間に合った和人は止まるのももどかしく、今まさに手を降り下ろそうとしているカマベルめがけて走ってきたスピードのまま跳び蹴りをかます。
ーガッシャァアン。
カマベルはしり込みしている兵士の方へきれいな曲線を描きながら飛んでいき、兵士二三人を巻き込んで延びてしまった。
「あ、やべ..」
黒い球状の『何か』はカマベルを吹き飛ばした所為でもちろんカマベルの手からはこぼれ落ちており、早く拾いに行かないとまずい気がする。しかし、カマベルを吹き飛ばしたことにより全員の視線が和人に集まってしまった。あんなに激しかった戦闘もピタリと止まり、二人ともこっちを無言で見ている。
この状況で広いに行けるほど俺の心は強くないし、馬鹿でもない。
「.......」
「.......」
「.....えっと....」
この時和人の頭の中には2つの選択肢が頭をよぎった。
選択肢1
「なんか邪魔してしまってすいません。どうぞ戦闘の続きを。」
そして、球を広い逃走。
結論...無理。
頭のなかでこの案を瞬殺し、こうなった。
「おい、脳筋!お前の役はこいつの守護じゃなかったのか?さっきはずいぶんなことを言われた気がしたが、俺の気のせいだったのか、駄犬!」
「......殺す」
男が俺への殺気を丸出しにした瞬間、辺りの空気が二三度下がった気がした。
ーあ、やべ。このあとのことなにも考えてなかった。
男がこっちに向けて一歩を踏み出す。
一方ハーゲルは、何か策があるんだろう、がんばれ、みたいな顔をしている。
いや、無いから、マジ助けて。
そう目線で訴えるが帰ってきたのは満面の笑みとサムズアップだった。
ーあ、俺の人生終わった、いや、そう言えば一回終わってたっけ?
絶望的なことを考えながらもなんとか策を練る。
そして、ひとつだけ思いついた。
これにかけるしか...無いよね?
突進してくるかと思われた男は一歩一歩歩いて近づいて来ている。
俺は思いついた案を気づかれずに実行するため、近くで伸びていた兵士から槍を拝借し、槍を拾う時に気づかれないようにそっと近くに落ちていた黒い球も拾い、聞き手ではない方に力を入れて槍を構える。
「ようやく武器を構えるか。あれだけ言ったからには覚悟はできてるんだろう、なっ?」
男は立ち止まって喋りだしたかと思うと終わる頃には走って、いや、跳んできた。
俺は剣を構え、受け身の体制をとる。
ガキィィン。
剣と槍が交差する音がとどろいたかと思うと俺が手にしていた槍はは宙を舞っていた。
それでも、むしろ槍が二つに裂けなかった事をほめてもらいたい。
なんたって聞き手はほぼ槍を持っておらず、力が全く入っていなかったのだから。
「終わりだ、じゃあな負け犬。」
男はそれだけいうと和人に剣を降り下ろす。
その動作はさっきまでハーゲルと激しくやりっていたときの影は見えず、ただただ奢りと嘲笑しかなかった。
それを見たハーゲルが今更ながらにあせるがもう遅い。
が、彼の想像した未来は訪れなかった。
「終わったのはお前の方だよ.....たぶん」
そう言ってそっと拾った黒い球をを男の鎧に叩きつける。
球は男の鎧に当たるとガラスが砕けるような音とともに簡単に砕け散った。
しかし、それだけだった。
「なんだ?」
「.....」
「ハッタリかよ、よかったなお前の寿命が数秒延び....ガハッ!?お前なにしあがった ! ?」
賭けがはずれたかと思い、和人が諦めかけたその時、男の体に異変が起きた。見ればちょうど黒い球が弾けた辺りから黒い靄のようなものが発生していて、先程まで金一色だった鎧をゆっくり、駄が確実に黒色に染めていっている。もちろん、その要因を作り出した本人にも何が起きたのかさっぱりわからない。むしろ一番冷静でないのが和人であろう。
何ていたって、男が呻き出した途端とっさに「大丈夫ですか?」と声をかけてしまいそうになったのだから。
「ん、んお?」
そのとき、男のうめき声が聞こえたのか間の抜けた声をあげながら目を覚ました人物がいた。もちろんカマベルだ。
カマベルは状況を確認するとすぐにわめき出した。
「ふ、ファーベル新隊長殿、どうした?大丈夫か?くそっ !貴様ら何か姑息な手を使いおったのだな、いったい何をしおった!?」
カマベルが騒いでいる間にも黒い部分の面積はみるみる拡大していき今では鎧の半分を覆うほどに成長している。
カマベルが騒いでいるうちに冷静さを多少取り戻した和人は頭の中でこんな時にもかかわらず、今更わかった金鎧に男の名前に、なんか昔の昆虫博士みたいな名前だなという感想を抱きながらもその感想を必死に頭の隅に追いやり、カマベルのヒステリックな言い分に反論しておく。
「いや、あんたが持ってた黒い球が原因だから。」
そういったあとにボソッと、ぶつけたのは俺だけどと付け加えておく。
「何を馬鹿なことを....あれは身体強化をするものでピンチになったら使えと商人殿からつい先日譲り受けたものだぞ?あのような効果があるはずなかろう?」
商人殿.....綿平原でカマベルのとなりにいた胡散臭そうな男のことだろうか。
そしてもう一度金鎧の男もといファーベルのほうを見る。彼の体からは黒いオーラのようなものが吹き出しており、順調に彼の体を黒く蝕んでいっている。
「悪魔化させる薬か何かじゃないのか?」
むしろ、これは実は肉体強化中の副作用で数秒したらおさまりますとかだったら困る。
仮にそうだとしたらただでさえ一度負けた相手なのに自分から相手を強化したことになってしまう。
「........」
返す言葉が見つからないと言った感じだ。
「カマベルが..持っていた...球が原因だと.....」
カマベルが次の言葉を言い切る前に、男の声が割って入った。しかし、それは、さっきまでの男の声とは異なり、二重にも三重にもいろんな声が重なったように聞こえ、声というよりは不協和音と表現するのが正しいだろう。
目の前の男の目が暴れ狂う魔物のように赤く輝いた気がした。




