10話 様々な思惑
24話
兵士がカマベルに張り紙をもらい、掲示板のあるギルドへ足を向けるより少し前、王から届いた手紙の内容はいち早く兵士たちのあいだに広がったのは言うまでもないが、それとは別にもう一人、いや、もうひと組 、いちはやく情報をキャッチした人物が存在したのだ。
それは賞金をもらうために昨晩領主館にとどまり、客人として対応されているメリダ氏、そして綿が自生していた平原でカマベル氏の隣にいた胡散臭そうな商人風の男だ。
実は彼らは裏で手を組んでいた。
一人は適当な冒険者を雇い、和人たちを綿平原へ連れていき、もう一人は、カマベル氏を綿平原へ誘導し、適当な理由をつけて和人たちを捕らえさせる、という役割を担い冤罪をでっち上げて賞金をいただこうという魂胆である。
ちなみに適当な冒険者を雇った理由は、綿平原で和人たちと合わせるための時間稼ぎである。
余談だが金儲けならそんな回りくどいことをせず、自分達で綿を収穫すればいいのではないかと言う疑問については、
ここ数年の街の荒廃によって衣服及びその材料の値段が下がってきていることと、商人風の男の真の目的が他にあったためこういう作戦になったのである。
ちなみに彼ら(少なくともメリダ氏は)賞金をもらったあとさっさとこの街から消える予定だったので後のことは一切考えていない。
彼らはその日の正午に形式的な式典を行い、褒美と言う形で報奨金と、ある程度の名誉(評判の悪い領主からもらった名誉がどれほど役に立つのかはわからないが)が渡されることになっていたのだ。
ところが午前中のうちに手紙が届き、カマベル氏はへやにとじこもってしまった。これでは報奨金の受取に必要な手続きができないので、待ちぼうけをくらったのだ。
形だけとはいえ、式典をすっぽかすほどカマベル氏もクズではないはずだと思ったことと、兵士たちの様子が何やらおかしいことに気づいた二人は兵士に不審に思われない程度に情報収集を行った。
これでも若い頃は世界中を旅していたメリダ氏と、そのメリダ氏が手を組む相手に選んだ男である。少しの情報収集ぐらいでへまはしない 。
ところが、その結果わかったのはカマベル氏が領主をクビになるという凶報ではないか。
彼らは迷った。
報奨金はもらいたい。
しかし、このままここにとどまって果たして無事に報奨金がもらえるのか。それどころか今後の奴の行動しだいでは命の危険にすらさらされるかもしれない。
それでもこのまま何も得られずにただただ逃げ出すのは商人の端くれとしてのプライドが許さない。
商人は所詮金を稼ぐことに命を注ぐ生き物だ。
兵士たちがカマベルに見切りをつけ、ほとんどの者が屋敷から居なくなった頃、屋敷からこそこそ出ていく影があった。
ただし、その影はひとつだけだったという。
☆★☆★
同日、まだ太陽が真上から容赦ない光を注いでいる頃。街にあるとある酒場、そこには街が荒廃しているにも関わらず一定数の人影が集まっていた。
もちろんただの飲兵衛というわけではない。
いや、1人だけ、酔いつぶれながら泣き言をひたすら叫んでいる男がいた。
そして店に集まっていた一定数の人影はその男を取り巻いていた。
その男はついこの間まで屋敷で一番の強さを誇る無敗の兵士として領主に使えていた男であった。
しかし、あるとき街の外から来た、とある男との決闘で敗北し、兵士を解任されたばかりであった。
「ララぁ....どこにいるんだよぉ、せっかく徴兵制から開放されて預けていた家に引き取りに行ったら、少し前に突然居なくなったって.....俺はなんのために頑張ってきたんだよぅ、あいつが死んじまった今、お前は唯一の家族なんだぞぉ....」
ハーゲルである。
「まあ、なんだ、ついこないだまで無敗の騎士団長様だったお前をカマベル《あいつ》があっさり手放しただけでも十分奇跡なんだぜ?娘のことはこれから探せばいいさ。まだ居なくなってからそう時間はたってないんだろ?」
そう言って彼をなだめるのは彼に昔からの友人、ハリドだ。
彼はついこのあいだまでは勢いがあった若手の商人だ。今はこの不況の煽りを真っ向から受けてしまったが、持ち前の顔の広さでなんとか浮浪者よりはマシな生活を送っている。そしてハーゲルがここで酔いつぶれて泣き言を言っていると聞き駆けつけたのだ。
「そう入っても....ヒック....どこを探しゃあいいんだよぉ」
「それは....」
男が答えに困って口を閉ざしたのとほぼ同時、店の戸が開き、今までも空気を綺麗さっぱり入れ替えてしまうような能天気な声が店内に響きわたった。
「あーお腹減った、やっぱりボクが隠してた程度の食料じゃこれぐらいが限界だよ。マスターこの店のおすすめメニュー2人前!」
「いや、普通は食後数時間で限界は訪れないから、それと君が持ってた食料、普通に食べたら二人であともう一日ぐらい余裕だったから。それに今それどころじゃ....」
「.....」
あたりに訪れる静寂。冷静に優希の発言一つ一つに順番にツッコミを入れていたジュンジもそれに気づいて途中でやめる。
「.....」
それを破ったのはハリドであった。
「おい、お前ら、少しは空気読めよ...こっちは娘が失踪した男を慰めるのに必死なんだよ。」
そう言った男の顔は何故か助かったと書かれているように見えたという。
しかし、ここで何気なく行った優希の一言が彼らの運命を大きく変えていく。
「へー、おじさんいい人だね。世の中には親に売られそうにって逃げ出してきた少女もいるのに...それよりマスターおすすめ早くお腹減った!」
ジュンジは子供かという叫び必死にこらえ、いつものことだと自分に言い聞かせ、溜息を吐きながら適当な席に着く。
「へー、その子は結局どうなったんだ?参考までにその子の名前を聞かせてくれ。」
この世界で自分の家が貧しくなったときまず子供を手放すのはそう珍しいことではない。まして今のこの町の惨状ではそういう子供も少なからずいるだろう。ゆえにハリドの質問は特に意図して聞いたものではなくなんとなく出てきたものだった。
「ララっていうんだけど、ボクたちが保護したよ、って言ってもボクたちもどこかに住んでるってわけじゃないから旅の仲間にってことになるけど。」
そこまで聞いた男たちの間にどよめきが訪れる。
そして酔いつぶれていた男が声を荒らげながら問う。
「ララだと?その子は今どこにいる!?」
「え...それは...訳あって今は別行動中。ボクたちの仲間がついてるから一人でってわけじゃないけど。」
まさか領主に捕まったなんて言えるわけもなく、そもそもここまで食いつかれるとわ思っておらず、うまい言い訳を用意してなかったため、そう答えるが男の追求はやまない。
「もっと詳しく教えてくれ!なんでもいい!もしかするとその子は俺の娘かもしれないんだ!」
そういいながら優希に詰め寄るハーゲル。
「落ち着け。まだお前の娘と決まったわけじゃない。」
「わかってる、わかってるが.....」
ハリドは必死になだめるが落ち着く気配はない。
その様子に戸惑いながら顔を見合わせる優希とジュンジ。
そんなことはお構いなしとばかりに注文していた料理を彼女らの前に並べる。
ハーゲルの必死の形相に一瞬自分が空腹状態を忘れていた優希だったが、自分の前に並べられた湯気の立つ料理を前にお腹が反応して盛大に音を立てる。
その平和な音は一瞬でシリアスな空気を吹き飛ばす。
結局その空気は優希のお腹が満たされるまでは元に戻ることはなかったという。
オススメメニューを完食し、とっとと料金を払おうとしてその高さに悲鳴をあげそうになるのを必死にこらえ、こっそり共同貯金から払おうとして、管理しているのが自分達ではなく、肝心の共同財産が手元にないという結論に至り、(誰かがおかわりを注文したため )自分たちの財布の中身では到底払えない額であることを悟り、なんとも言えない目で助けを求める人組の男女の姿があった。
もちろん大半のものは彼らからそっと目を逸らし、あからさまに後ずさる。
そんな中、
「ったく、料金は俺が払ってやるから、ララについて全て話してもらうからな。」
初めにララと言う言葉に反応し、すっかり酔いの冷めたハーゲルが名乗り出た。
そう言ってぽんと普通の街で生活していたら一体何日暮らせるだろうかという額をマスターに手渡す。
「で、彼女は今どこにいる?」
「それは.....」
「大変だー!!」
一息ついて、ようやく優希たちを質問攻めにできる、とハーゲルが一つ目の質問を彼女らに投げかけたとき、酒場のドアを蹴破りそうな勢いで男が転がり込んできた。
「なんだよ。」
再び出鼻をくじかれたハーゲルは機嫌が悪そうだ。
「カマベルが国王になっちまう!!」
「?どういうことだ?」
要領を得ない男の言葉に聞き返す。
「だから!カマベルが国王になるんだよ!」
さっきといいっていることは変わらない。
「落ち着け、ほら、水!」
そう言って男に水を差し出す。
男は一息に差し出された水を一気に飲み干す。
「落ち着いたか?一から説明してくれ。」
そこでようやく落ち着いた男が話始める。
「どこから説明したらいいか...信じられないかもしれないがベルクがクルディス王国じゃなくなっちまった。」
「どういうことだ?」
「わからねぇ、だが俺がギルドに行ったときそこに張り紙が貼ってあって、そこにはベルクは独立し、カマベルが王になるって書いてあった。あと王になったことを言わう祭典を今日の正午に行いそこで罪人を処刑するとかなんとか.....」
「その罪人についてなにか書かれていませんでしたか?」
そこまで聞いて少し焦ったようにジュンジが問う。
「張り紙にはただ『罪人』としか書いてなかったな。」
「どうした?その罪人に心当たりでもあるのか?」
「そ、それは.....」
そこでジュンジは言いよどむ、まだ彼らを信用していいのかわからないからだ。
「ボクたちの仲間、それにララも入ってるかもしれないんだ。」
それに比べてあっさりと明かす優希。彼女はご飯代をおごってもらった時点で、とっくにすべてを明かす覚悟ができていた。
「ちょ、優希...」
「大丈.....」
―夫。
ガタン。
優希がそう続けようたのとハリドが机を叩いて立ち上がる音が重なった。
「お前ら、何やらかした?」
その言葉を幕切りにあたりの視線が少し冷たくなる。
「濡れ衣だよ...」
一人が捕まってから彼女たちもただ優希の隠していた食料を貪っていたわけではない。
数日の情報収集の結果、自分たちがメリダにはめられ、あの時領主を名乗る男のとなりにいた胡散臭そうな男とメリダが手を組んでいるところまでは突き止めたのだ。
自分たちが突き止めたことを全て話そうとしたところで、黙っていたハーゲルが言った。
「本当だな?」
「は、はい。」
短いがその声にプレッシャーのようなものを感じたジュンジはかしこまって答える。
「ハーゲル、お前まさか手を貸す気か?こいつらが本当のことを言っているとは限らないんだぞ?第一そのララだってお前の娘だと決まったわけじゃ...」
そこまで言いハーゲルを止めようと彼の顔を見たハリドだったが、彼の言葉は最後までいいきれなかった。
なぜなら親友の顔には止めても無駄だとはっきり書いてあったのだから。
「.....仕方ないな、俺も手伝う、俺はお前らが仲間と娘を取り返したあと罪人にならないように動いてみる、だからお前らとは別行動だな。」
こうして、ハーゲルたちは優希たちに協力することになったのだった。
長さ調整のため、一話ごとの長さがもう少し長くなるかもしれません。




