こんな夢を観た「喫煙を始めた友人」

　待ち合わせの喫茶店に入ると、もう木田仁が待っていた。

「あーん、ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」わたしは向かいに掛ける。

「おいらもさ、今来たばっか。あ、ちょっといいかな、１本？」木田は胸ポケットからゴールデン・バットを取り出した。

「えー、タバコなんて吸い始めたんだ」わたしは驚いた。

「うん、吸ってみたら中々うまくてさ。今、色々な銘柄を手当たり次第に試してるとこなんだ」

　ぎこちない手つきで火をつけると、プハァーっと煙を吐いてみせる。

　ゴールデン・バットを吸い終わると、アイス・コーヒーを飲むのに使っていたストローに火をつけた。

「ちょ、ちょっと、木田。それ、ストローだよっ！」慌てて止める。

「ああ、いいんだ。おいらさぁ、色んな銘柄を試してるって言ったろ？」

「それも銘柄のうちなんだ……」

　ストローに雫でも残っていたのか、ほのかにコーヒーの香りがした。

「この、すっかすかな感じがたまらないなあ。ああ、うまい、うまい」

　本当にタバコの味がわかっているのかなあ。

　喫茶店を出た後も、道々、きょろきょろと物色している様子の木田。

「ねえ、木田。まさかと思うけど、吸える物とか探してる？」わたしは聞いた。

「ん？　まあね。その気になりさえすれば、何だって喫煙できるのさ。わざわざ、高い市販品など買うこともないんだ」

　街路樹の幹に、さっそく何かを見つけ、ひょいっとつまんでくわえる。

「あっ、虫だよ、それっ」わたしはギョッとして、２、３歩ばかり、距離を開けた。

　木田は構わず、ライターで虫のお尻に火を灯す。

「ぷはあっ。無くてナナフシ、とはよく言ったもんだよね。どうだい、この匂い。マイルドだろぉ～？」

　どこがマイルドだか。10年も替えたことのない畳を焦がしたような臭いが辺りに漂う。

「どうせなら、もっと清々しい香りがする物を吸ったら？」わたしは手で煙を払いながら言った。

「そうかい？　たとえば、どんな？」

「うーん」何かないかな、とわたしは考える。その時、ふと雑貨店に目が止まった。「蚊取り線香とかいいかも。蚊も寄りつかないし、くるくる巻いていて、おしゃれでしょ？　それにほら、日本の夏って感じがするじゃん」

　おおっ、と木田は手を打つ。

「いいな、それ。ちょっと待っててくれよ、そこで買ってくるっ」

　しばらくすると、蚊取り線香をくゆらせながら、木田が店から出てきた。

「さっそく、味わってるね」わたしは言った。

「うん、婆さんに火までつけてもらったさ」口ばかりか、鼻や耳の穴からも煙が漏れている。

　何かに似ているなぁ、とわたしは記憶をたぐった。子供の頃に見たっきり、ずっと忘れていた懐かしいアレ。

「ああっ！」思わず、道の真ん中で立ち止まってしまう。

「どうしたんだい、むぅにぃ」木田が振り返った。蚊取り線香から、煙がツー……っと昇っていく。

「ほら、あれにそっくり。蚊取りブタ！」