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その3 美少女に興味はありません

 放課後の教室に、一人の少女が佇んでいる。

 華奢な身体を包みこむオレンジ色の西日は、彼女の輪郭をどこか曖昧にする。目を離せばこのまま光の中にすうっと溶けてしまいそうだ。

 シルエットだけで分かる――和久宮あえかだ。

 一人ぼっちの教室で、彼女は窓辺に置かれた花を眺めていた。

 一日の終わり、彼女に癒しを与え続けた花はくたりと頭を垂れている。花瓶を引き寄せた彼女は、別れを惜しむかのように薄紫色の花弁へと微笑みかけ――

「おい」

 夕日と、花と、美少女。

 まるで映画のワンシーンみたいに幻想的な光景は、僕という異物の介入によりあっさり崩れた。

 おずおずと振り向いた和久宮は、僕と目が合うや弾かれたように顔を伏せた。色素の薄い肌がみるみる朱に染まっていく。そして視線を床に落としたまま、蚊の鳴くような声を漏らす。

「あの……何か、ご用ですか?」

 すぐにピンと来た。

 コイツ、僕のこと『知らない人』だと思ってやがる……。

「自分の教室入るのに、お前の許可が要んのかよ」

 その声は自分でも驚くほど冷淡に響いた。教室の温度が一気に三度くらい下がった気がする。

 慌てて、冗談めかした口調でフォローを入れてみる。

「ていうか、いい加減クラスメイトの顔くらい覚えてくれないかな? もう入学して二週間も経つんだからさ。視力悪いなら、授業中だけじゃなくて普段から眼鏡かけとけよ。まあアレあんまし似合ってないけど。いっつも鼻からずり落ちてるし」

「うう……」

 どうやら図星、というかむしろ地雷を踏んだようだ。顔を真っ赤にした和久宮が、花瓶を抱きしめたまま亀のごとく首を竦める。

 僕はため息を吐きつつ、彼女の傍へ。

「え……」

 スタスタと近づく僕が――一般的には人畜無外なメガネキャラである僕が、涎を垂らした猛獣にでも見えるのだろうか。和久宮はジリジリと後退していく。あたかもB級ホラー映画のヒロインのように。

 僕は爽やかな営業スマイルを浮かべつつも、容赦なく彼女を壁際に追い詰めた。

「あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど」

 僕の身長は、百七十六センチ。小柄な彼女との差は二十センチ以上あるから、俯いてしまうとつむじが良く見える。肩から胸へと流れる黒髪が、小刻みに震えている様も。

「なあ、聞いてる?」

 無視。

 というか怯えまくり。

 今の和久宮にとって、僕の声は“北風”にしかならないらしい。かといって“太陽”みたいに心を解かす言葉なんて知らない。

 こんなときは、どうすればいいんだろう……。

 ……。

 ……。

 沈黙が痛い。何でもいいから喋ってみよう。

「えーと……初日も言ったけど、覚えてなさそうだしもう一回言っとくよ。僕の名前は西園寺冬夜。出身は四国で、今は学校の近くで一人暮らししてる。あと一応クラス委員もやってるから、何かあったら遠慮なく言って欲しい」

「あ……」

 僕のことを思い出したのか、それともクラス委員という肩書きが多少の安心材料になったのか。

 抱きかかえた花瓶を盾にしたまま、和久宮は恐る恐るといった様子で視線を上げた。ダンボール箱に入れられた捨て犬みたいに潤んだ瞳で。

「ったく、そんな警戒すんなって」

 あからさま過ぎる態度に、思わず失笑が漏れた。和久宮の方もかなりバツが悪そうな顔をしている。

 これも自覚しているんだろう。高校に入学してから二週間、クラスメイトたちを一方的に拒絶している自分の理不尽さを。

 今のところ和久宮は、皆と挨拶以外の会話を一切していない。特に男子に話し掛けられようものなら赤くなって俯いてしまうばかりで、まさに取り付くしまもない。

 しかし「喋ってくれなくてもいい、可愛いから!」という猿並に単純な奴らも少なからずいて、和久宮はこの二週間だけで数回の告白を受けたという。ただ残念ながら「友達になって」というライトな誘いにも、返事は決まって「ごめんなさい」だ。

 と、そこまで考えて気付いた。

 ……もしかしたら僕のことも、そういう目的だと思っているのかもしれない。実際、放課後一人きりの時間を狙って近寄ったわけだし。

 小花の隙間からジッとこっちを見つめる大粒の瞳には、明らかな困惑の色が浮かんでいる。僕は慌てて首を横に振った。

「いや、違うから」

「……え?」

「僕の用事は、お前じゃなくて――そっち」

 人差し指を、和久宮の胸元へ向ける。黒くてずんぐりした、手のひらサイズの小ぶりな花瓶に。

 すると和久宮は大きく目を見開いて。

「……これ?」

『……うにゃッ?』

 花瓶の縁に腰掛けて、大あくびをかましていた親指サイズのソイツ――いわゆる妖精と思わしきモノは、僕と目が合うや背中の羽をビクンと震わせ、床にボタッと落ちた。

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