エピローグ 憐れな三つの魂への祝福
伝統ある我が学園の、黒歴史とも言える一日が終わった後。
仕切り直しの再投票が行われ、晴れて生徒会長代理に当選した僕は、早朝の職員室に呼び出されていた。
「いやぁ、それにしてもあのときの西園寺君の活躍は見事だったね。まさに占い師の本領発揮……いやヒーロー現るって感じでさあ。先生なんて体育館の隅っこでぷるぷる震えてるばっかりで」
「……その話はもういいですから。で、今日の用件は何なんですか?」
「ああ、ちょっと占ってもらおうと思ってさ。先日の件で、人間いつ死んじゃうか分かんないなって思ったんだよ。だったらそろそろ一人の女性に落ち着こうかなぁと……その人との相性、どうかな」
「はぁ」
心底どうでも良かった。
適当にオープンマインドした僕は、山田先生の背後に見てはならないモノを見てしまう。
しつこく付きまとう三つの魂の背後から、ゴゴゴゴゴ……という効果音を立てて現れた、一人の女帝。
『浮気しようものなら、ぬっ殺す……!』
……南先生だった。
僕は「浮気さえしなければ命に別条はありません」と伝えておいた。
◆
職員室を出た僕は、教室へ戻る前に、四階の生徒会長室へ寄った。
留学を目前に控えつつも、最後まで引き継ぎ業務に取り組んでくれる会長にお礼を述べると、なぜか会長はバツが悪そうな顔で俯いて。
「いや、こっちこそありがとな。……つーか、悪かった」
「何ですか、いきなり」
「柳のことだよ。アイツをあそこまで追い詰めたのは、俺だからな……アイツはずっと生徒会長になりたがってた。なのに俺が邪魔したから」
「いや、違います。今回の件は、会長のせいでも誰のせいでもないです」
もし誰かのせいにするなら……人の弱さに付け込んだ悪魔のせい。
たぶん悪魔は今もこの学校のどこかにいる。そして次のターゲットを見つけようと彷徨っている。
だからこそ、僕は全力で抵抗する。皆に約束した通り、この学校を明るくてワクワクできる、最高の場所に変えてみせる……。
そんな決意を伝えると、会長は突然いたずらっ子のように微笑んで。
「そうだ、これ選別にやるよ。くれぐれもこの部屋では使うなよ?」
と、何やら軽い小箱を投げてよこした。
それはいわゆる、その、男女がえっちなアレをするときの必需品……。
僕は「ありがとうございます」と早口で告げ、そいつをブレザーのポケットにねじこみ、生徒会長室を飛び出した。
ついでに会長の背後にいる彼女さんにも「バァイ」と手を振って。
一階下がった、三階の生徒会室。
そこには既に見慣れつつある生徒会役員の面々が集っていた。先日無事当選をはたした、フレッシュな新入生の顔ぶれも揃っている。
「あ、西君おはよー」
会計とプレートの貼られたデスクの前で、カチャカチャとノートパソコンを操作する牧野。その表情は太陽みたいに明るく、例の事件の陰りはない。
結局、柳先輩は退学した。
今まで『エリート』として何不自由なく生きてきた彼にとって、失恋と後輩の裏切りは心を壊すほどのショックだったらしい。あの時柳先輩はあやしい薬を飲んでいて、精神が錯乱状態にあった。
しかし薬の影響が抜ければ、口はでかいが気は小さいただの高校生に逆戻り。
もちろん牧野や僕への執着が消えたかは分からないし、今後ストーカー化する可能性は拭えないけれど、彼の両親が『黒歴史』を揉み消すべく一家そろって遠くへ引っ越すとのことで、ひとまずホッとしている。
柳先輩が抜けた穴――副会長ポジションには、会長代理を落選したはずの瀬川がスッポリと収まった。
彼の実務能力を信奉している現役役員たちが、内輪だけの多数決という卑怯な手段でそうさせてしまったけれど、僕としては悪くないかなとも思っている。
瀬川のいやらしいまでの執着心や、転んでも転んでもずるりと這いずってくるタフさは、僕も見習わなきゃならないな、と。
まあどちらかというと、反面教師として。
「どうしたんですか、会長代理。ぼんやりするなんて珍しい。何か邪なことでも考えてたんですか?」
「ああ、今ちょうど考えてたんだ。僕は瀬川先輩のことを反面教師にして、キレイな心のまま生きて行こうって」
オープンマインドした僕が、サラッと本音を言ってやると、瀬川はクツクツと笑いながら、僕の傍に歩み寄った。
そして、僕のブレザーのポケットをツンと突っついて。
「ところで、そのポケットの中のモノ、差し入れのお菓子か何かですか?」
「えッ、差し入れ?」
女の子らしく甘いものに目がない牧野が、ノートパソコンを放置してこっちへ駆け寄ってくる。
「違う、これはお菓子なんかじゃない!」
「えー、でもなんかカラフルな箱が見えてるけど」
「違うぞ、断じてえっちなアレとかじゃないぞ!」
叫んだ瞬間、何かと察しの良い牧野がビシッと固まった。瀬川はおかしくてたまらないといった顔で笑い出す。
その他のメンバーは……なぜか僕を遠巻きに見ている。生温かい眼差しで。
「と、とにかく、作業の方は頑張りたまえ! 全部終わったら我が家で“ガーデンパーティ”だからな!」
偉そうにそう言い捨て、僕は脱兎のごとく逃げ出した!
◆
教室に到着すると、そこにはポツンと小さな人影が一つ。
「おかえり、西園寺君……って、どうしたの? なんか汗びっしょりだよ?」
不思議そうに小首を傾げた和久宮が、僕に向かってハンカチを差し出した。それを遠慮なく受け取り、ダッシュ及び心労でかきまくった汗を拭う。
そして窓辺にもたれかかり、大きく深呼吸。
窓から吹きこむ五月の風は、青々と茂る常緑樹の息吹を孕み、火照った身体をほどよく冷やしてくれる。
風に煽られて乱れた前髪を無造作にかき上げたとき、僕はひとつの幻影を視た。
窓辺の片隅に、ちょこんと置かれた小さな黒い花瓶。その中に活けられた薄紫色の小花が一房、風に吹かれて揺れている。
和久宮も、同じ幻を視ているのだろうか。ふわりと舞い上がる黒髪を耳にかけ、大粒の瞳を眩しげに細めてその場所を眺めている。
僕はなんとなく、全てを打ち明けたくなってしまった。
ずっと内緒にしてきた、不思議なおとぎ話を。
「あのさ、和久宮。初めてここで話したときのこと覚えてるか?」
「うん」
「そのとき、僕は“和久宮じゃなくて、花瓶に興味がある”って言っただろ?」
「言ってたね」
「実はそれ……」
『嘘なんだ』
「嘘なんだ」
「えッ、そうなの?」
『本当は和久宮と話したかったんだ』
「本当は和久宮と話したかったんだ」
……。
……。
……ちょっと待て。
何か今、僕の思ってた台本と違う言葉が出てきたんだけど。
目の前には、「そ、そうだったんだ……」と呟いて俯く和久宮。横髪を耳にかけているから、耳の先まで真っ赤になってしまっているのが丸見えだ。
そして教室のドアの向こうから、クスクスという無邪気な笑い声がする。
僕はその場所へ向かってゆっくりと視線を向けて……。
「おはよー、マモノ!」
「むむむ、むぎ、こ?」
現れたのは、一人の美少女。
金色の髪を風になびかせ、エメラルドの瞳をキラキラと輝かせた、天使みたいな女の子。
「なんだこれ、リアル? 夢? っていうかなんで美少女体? しかもうちの学校の制服ッ?」
「マモノのせいで、悪魔に背中の羽獲られたぞ! もう空飛べないし、桃源郷で死んでたジジイにもちょー怒られた。ここでニンゲンとして修行し直してこいって。責任取れマモノー!」
そう言ってシュタタッと駆け寄り、容赦ない飛び蹴りをぶちかますムギコ。
苺柄のパンツを見せつけられながら、床へダイブする僕。
唖然としてその光景を見送る和久宮。
……この夢は、たぶんまだまだ終わらない。
※読んでいただいた皆様、どうもありがとうございました! ご意見ご感想などお待ちしております。(活動報告にてキャラ語りをしてますので、ご興味ある方はどうぞ)




