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その2 美少女とリーゼント

 入学初日に行われた自己紹介タイム。

 自由な校風と評判の高い学校だけあり、集まった三十六名のクラスメイトは一癖も二癖もあるヤツばかり。珍しい趣味や特技が語られ、中には一発芸を披露する奴もいたりと大いに盛り上がり……ラストに立ち上がったのが彼女だった。

 クラスでもひときわ目立つ美少女の登場に、皆のボルテージも最高潮に達したその瞬間。

 彼女は鈴が鳴るような声で、ハッキリと告げた。

「和久宮あえかです。中等部からこの学校に通っていて、高校も頑張って通いたいと思います。そのためには、勉強に集中しなきゃいけなくて……だから、できるだけ私には構わないでください。用事のとき以外は話しかけないでください。すみませんがよろしくお願いします」

 賑やかだった教室が、シンと静まり返った。

 すかさず山田先生が「い、良いことじゃないか、学生の本分は勉強だからなッ。でも頼れる仲間ってのも大事だぞハハハッ」と焦りまくりのフォローを入れる。

 どうやら特待生の件について、和久宮サイドへの根回しはとっくに済んでいたようだ。……が、その説得が効き過ぎたのだろう。まさかこんな爆弾発言をしようとは。

 三秒後、皆の驚きは一気にどよめきへ変わった。山田先生が「静かに!」と声を張り上げるも焼け石に水。僕も「落ち着けって」と言ってはみたものの、新米委員長ごときの声が届くはずもなく。

 困り果てて天井を仰いだとき。

『ったく、今どきのガキ共はピーチクパーチクとうっせえなあ……』

 この場にはそぐわない渋過ぎる声が頭上から落ちてきた。天井隅に目を凝らせば、古めかしい学ランにリーゼントといういでたちの男子が寝転んでいる。不自然過ぎる上下逆さまの姿勢で。

 そいつとバッチリ目が合った。

 途端に心のガードが外れ、強制的なオープンマインド状態に持ち込まれる。

『おッ、珍しいな。俺のこと見えんのか、ボーズ』

『ボーズって……僕ら同い年でしょう』

『バァカ、一緒にすんな。こちとら何十年とココを根城に生きてんだぞ?』

『死んでるのに生きてるって矛盾してますよ。それよりこの騒ぎ、何とかなりませんか?』

 飾り気のない言葉で、言いたいことをズバッと言ってみる。するとリーゼント先輩は細すぎる眉をクッと寄せ、さも楽しげに口元を歪めて。

『しゃーねぇな。ボーズの入学祝いってことで、一肌脱いでやっか』

 僕は『ありがとう』とニッコリ。これは決して営業スマイルじゃなく、素直に零れた笑みだ。

 彼らは生きている人間よりよほどコミュニケーションが取りやすい。特に恨みつらみが程良く抜け落ちたベテランの幽霊たちは、気さくにこっちの頼みを聞いてくれたりする。

 もちろん、代わりに何かしらの対価を要求されることもあるのだけれど……。

『なあ、今度タバコ持って来てくれよ。煙一吸いさせてくれるだけでいいからさぁ』

『分かりました、今度線香を焚いておきます』

『要らねぇよ! んなもん吸ったら成仏しちまうじゃねーか……』

 ぶつぶつ文句を言いながらもリーゼント先輩は身体を起こし、軽く膝屈伸をするや、ふわりとこっちへ飛んできた。

 学ランの背に刺繍されたドラゴンが空を舞い、決して目には見えない涼やかな疾風が巻き起こる。

 ……まさか、憑かれる?

 という心配はほんの一瞬。

 リーゼント先輩は、僕の鼻先でニィッと笑い、くるりと身体を反転。

『見てろよボーズ、これが俺様の考えた最強の蹴り技カポエイラだとぅりゃあああ――!』

 ガツンッ!

 リーゼント先輩渾身の跳び蹴りにより、古びた校舎がぐらんと揺れた。

「えッ、地震?」

「ちょっとデカかったか?」

「もう収まったっぽいな……」

 皆はビクビクと周囲を見渡し、安堵のため息を漏らす。

 そのミニ地震のおかげで、収拾がつかない騒ぎになっていた教室は、すっと自然に落ち着いていた。

『あー疲れた、じゃあなボーズ』

 先輩はひらひらと片手を振ると、また天井隅に寝転んでしまった。顔に似合わずめちゃめちゃイイヒトだ。今度ニコチンガムでもお供えしてあげよう。

 ……と、そんなやり取りの最中にも、騒ぎを引き起こした本人は一人涼しい顔で英単語帳など捲っていたわけで。

 正直、僕はかなり驚いていた。「見た目のわりに根性があるヤツだな」と。

 だからといって「協力してやろう」という結論には至らず。むしろ本人が自力で頑張るというなら、静かに見守るのがベストだ。

 そう思ったものの……。

 悪目立ちしまくったこのキャラを、周囲が放っておくわけがなく。

 事情を知る一部の生徒が『没落ネタ』をリークすると、皆はまたもやヒートアップ。

「特待生になれなきゃ退学だってよ」

「可哀想になぁ」

「でもあそこまで人を拒絶することなくね?」

「いや可愛いから全て許す」

 等、面白がって食いついた。

 それから一週間が経つも、相変わらず和久宮の周りは落ち着かない。むしろ噂が噂を呼び、他クラスの生徒やら上級生までもが見学にやってくるほどの騒ぎだ。

 彼女自身はといえば、黒髪カーテンで雑音をシャットアウトし、朝から晩まで一心不乱に勉強している。特別目立つような行動といえば、教室に自前の花瓶を持ち込んで野の花を飾ることくらいだろうか。

 しかしその行為が“薄幸のお嬢様度”を増幅させ、野郎どもは「オレが守ってやりたい!」と目をハート形にして和久宮を見つめるようになった。

 対して、女子の行動はシビアだった。特に中学時代の和久宮を知る女子グループは完全に白けていて、騒ぐ男子たちを「バカみたい」とこき下ろすその声には、明らかな苛立ちが滲んでいた。

 小耳に挟んだ噂によると、中学時代の和久宮は高級車で送り迎えされるほどのVIP待遇ながら、車を降りるとそのまま保健室へ直行する『校内引きこもり』生活だったらしい。授業に出ないのはもちろん、修学旅行も含めクラスの行事には一切参加しなかったそうだ。

 つまり、元々男子にとっては気さくに話しかけられない高嶺の花であり、女子には『高飛車なお嬢さま』としてあまり良い印象を持たれていなかった。

 そんな土壌があっての、例の爆弾発言、そして男子による和久宮フィーバーだ。

 このまま彼女たちの苛立ちが募れば、トラブルが起こるのも必然……。

 そう察した僕は、女子の中で最もニュートラルな――もとい、唯一普通に会話できる牧野に相談を持ちかけてみた。こういうことは女どうしの方がいいだろうと思って。

 牧野も最初は「分かった、任せて」と気さくに応えてくれていたはずが……さっきの態度からすると、牧野にとっても既にストレスになっているのかもしれない。僕に言われたからとか、副委員長だからという理由だけで、あの有棘鉄線に突っ込んでいくのは。

 僕もできればフォローしてやりたいとは思うものの、どうすればいいかさっぱり分からない。

 根本的な問題は、和久宮自身がクラスに馴染もうとしないことだ。そして男子も女子も、それぞれが思惑を持って敏感にアンテナを立てている。下手に動くとこの均衡をぶち壊しかねない。

 ……なんて、山田先生のことを笑えないくらいおせっかいで不毛な悩みは、翌週には解決した。

 僕には、どうしても動かなきゃいけない理由ができてしまった。

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