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プロローグ 憐れな三つの魂への祈り

「えぇと……没落貴族、ですか?」

「そう、没落貴族のお嬢さま。君に面倒見てやって欲しいんだ、クラス委員として」

 そう言って、僕の担任となった爽やかマッチョ系体育教師・山田先生はニッコリと微笑んだ。

 あからさまな営業スマイルに、僕はひきつり笑いを返してみせる。笑顔の裏に何やら策略の匂いがするのは気のせいだろうか……。

「実は彼女、ちょっと訳ありの子でね。まあ中等部では有名な話なんだけどさ」

 まだ人気の少ない職員室の片隅で、山田先生はキャスター付の椅子をギシッと軋ませて前屈みになり、声をひそめながら語った。

 ソイツは元々華族の血をひくような由緒ある家柄の娘であり、社長令嬢として何不自由なく暮らしていた……はずが。

 物心つく頃に両親が亡くなり、それからは厄介者として親戚一同をたらい回しにされ、最終的に引き取ってくれた遠縁の夫婦はつい先日破産。一家三人、豪邸からボロアパートへ移り住んだばかりだという。

「まるでテレビドラマみたいだと思わないか? 相次ぐ不幸に襲われながらも耐えしのぶお嬢さまだなんて、いかにも泣ける話だよなぁ、西園寺?」

「まあ、確かに可哀想だとは思いますけど……」

 内心げんなりしつつも、適当に相槌を打っておく。正直この手の噂話ゴシップはあまり得意な方じゃない。

 というより、僕がこの話を聞かされる意味が分からなかった。

 入試の成績が良かったという理由でクラス委員に任命されたことは、別に構わない。さっそく資料チェックを手伝わされたのも――そのためにわざわざ入学初日の早朝から呼びだされたのも、まあ許そう。

 しかしこの“仕事”は、さすがにクラス委員の範疇を越えてるんじゃないだろうか……?

 そんな疑問が伝わったのか、山田先生は再び営業スマイルを強めて。

「そこで登場する正義のヒーローが君だよ、西園寺!」

 バシン、と肩を叩かれそうになり、素早くキャスター椅子ごと後ずさる。おかげで山田先生の手はスカッと空振り。それでもスマイルは崩れないから相当な面の皮の厚さだ。

 コホンと咳払いを一つして、山田先生はテンションを元に戻した。

「ところで西園寺、うちの学校の“特待生制度”のことは知ってるか?」

「それは、もちろん」

「だったら話が早いな。ここだけの話、彼女には来年度の特待生を狙って欲しい……いや、それしかこの学校に残る道は無いと思ってる。ただ彼女の学力では授業についていくのもギリギリだし、ましてや塾に通うような金銭的余裕もないだろう。そこでクラス委員の西園寺に、ぜひとも勉強を見てやって欲し」

「――ちょっと待ってください、どうしてそれを僕に頼むんですか?」

 無遠慮なカットインにも動じず、山田先生はくるりと椅子を反転。デスクの引き出しから取り出した『西園寺冬夜さいおんじとうやに関する調査報告書(極秘)』とかいう物騒なタイトルの資料をバサバサと振ってみせながら、

「そりゃ君が成績優秀だし、性格的にも真面目で信頼できるという評価が」

「そういうことを言ってるんじゃありません。先生も分かってますよね? その特待生――今年は僕がもらってるんですけど」

 そもそもこの学校を受験したのも、特待生制度が目当てだった。

 何段階もの厳しい審査を経て、無事学費免除と生活費分の奨学金を貰えることになり、東京での独り暮らしが始まったのはつい三日前のことだ。地元には戻れない理由がある僕にとって、来年以降も特待生でいられるかどうかはまさに死活問題。

 しかし特待生は、姉妹校も含めて学年三千人のうち上位三名のみ。もし来年そのお嬢様が繰り上がるとすれば、今いる三人のうちの誰かが落ちるわけで……。

「いくら不幸な身の上だからって、僕もライバルの背中を押してやるほどお人好しじゃないですよ。ていうか、それほど心配なら先生が補習でもしてやったらどうですか?」

「いやー、そうしてやりたいのは山々なんだが、先生の方も部活動やらで何かと忙しくてねぇ」

 ハハハと乾いた笑い声をたて、明るめのブラウンに染めた前髪をかき上げる山田先生。同性の僕からみてもそこそこのイケメンに見える……ものの、僕にはそれ以上に気になるモノがあった。

『ウソツキ……』

 という声なき声が響き、山田先生の背後から何やら不穏な靄のようなものが浮かんできたのだ。

 ゆらゆらと蠢くそれは、いわゆる“生き霊”というもの。

 声色からするに若い女性で、しかも良く見ると靄の塊は、一つ、二つ、三つ分。

『ぶかつでいそがしいっていったのに……』

『べつのおんなとあってたんでしょう……』

『おねがい、わたしだけをみてよ……』

 と、それぞれが切ない思念を飛ばしてくる。

 三人もの女性からこれほど強く想われているとなれば、忙しいのも頷ける話だ。

 ていうか、コイツ最低だ。

「なるほど、先生は“婚活”で忙しいってことですか……」

「な、何のことかなぁ、ハハハ」

 初めて営業スマイルを崩した山田先生が、手にした報告書でポロシャツの襟元を仰ぎだす。「いきなり何を言い出すんだ?」等のツッコミはなし。

 つまり、その報告書にはしっかり載っているのだろう。僕の裏稼業――腕利きの『霊感占い師』として、困っている人の駆け込み寺的存在になっていたことが。

 今回はその実績を見込んで、やっかいな“訳あり”の生徒を僕に押し付けようとしたってわけだ。

「ともかくこの話、僕は一切聞かなかったことにしますから」

「西園寺……」

「特待生を目指すにしても、決めるのはソイツ本人ですよね。周りが心配したところで、本人にその気がなければ意味ないですし。それに僕だって……大事なことは自分で決めますから。噂話とか、誰かに頼まれたからとか、そういうので動く気はないです」

 不毛な話はこれでおしまい。

 呆気に取られる山田先生を置去りに、僕は丁寧にお辞儀をして職員室を後にした。

 三つの憐れな魂が、なるべく早いうちに救われますようにと心の中で祈りながら。

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