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chapter9 準備

【もうタイトルはざっくりしていていいじゃないか】

【そろそろ6thも終わりに向かっていきます】

 濡れている。まるで水の中に沈んでいるような、いやこの不快感は瓶詰めにされたという方が近いか。

 水圧のような力で潰されそうな場所、自分の体以外見えてこない深い闇の中で私は両膝を抑え、胎児のように丸まり目を瞑る。音もなく息もできず、だが意識は薄れることなく様々な不快感を伝えてくる。

 助けて。そうぽつりと言葉を放つ、その気持ちは気泡となって何処かへ向かっていく。きっとあちらにこの闇の終わりがあるのだろう、小さな気泡はもう見えなくなった。四肢を縛り付けるような液体は私がもがく事を許さない。

 それでも…何処かで聞いた言葉だ。それでもって言い続けて、必死にやれば良いって。

 私は気泡が向かった方へ手を伸ばし、誰かにつかみあげて欲しくて手を開く。遠くを見つめる目にも少し光が戻ってきたろうか。

 ふいに手を握られる感覚。今まで感じたこともない力で体が動く。

 その瞬間、目が覚めた。

 体から温かいものが流れ出ている、澱んだ空からは冷たい雨が体に降り注ぐ。ぼやけた視界には濡れるのも構わず私たちを見つめる人がいた。






 夢を見た。何処かわからない世界で俺の名前を呼ぶ声、足元に広がる深淵の湖、見たことのない山や空…そして湖に見える沈んだ白く細い手。

 夢を見ていたんだ。その手をつかもうと腕を伸ばし確かに握った、その腕は見たとおりか細くてもう息の根が止まってしまっているようだった。だけどその腕…人は必死に手を広げて俺を呼んでいるように思えた。

 引き上げた、そう思うと夢は覚めてしまう。

 目を開けると宿泊していた屋敷の部屋のベッドで横になっていた。昨夜のことは良く覚えていない、姉の手伝いをして、大事な話を聞いて…それからは曖昧になってしまっている。

 部屋には伊高氏・玲さんと魔理さん・木原さんと花音ちゃん…そして姉ともう一つのベッドで眠っているらしいホウさんが見えた。こんな大人数で何をしているのだろう。

「それじゃあ気づいたら服の内側が濡れていたと?」

「…あぁ…」

「木原さんの方も?」

「あぁ、魔理さんのとそっくりな」

 何か話している。ぼんやりと耳に入ってくる音を一生懸命に処理するが、まだ何が起こっているのかはまったくわからなかった。夢の残り香がまだ意識を引っ張っている。

 伊高氏が困った顔をしながら座っている。そして俺が目覚めた事に気づいた姉が何事かと思っているのを察したのか現状を説明してくれた。

「えーとね、よくわからないけど魔理さんと木原さんの服の内側が濡れてたっていうか…」

 ごめん、まったくわからない。いや、言われた情報で描写はできたような気がしたがそれでどうしてこんなことになっているのやら…が聞きたいのだ。

「うん、それで魔理さんの拳銃は大丈夫だったんだけど木原さんのスタンガンが盗まれちゃって」

「それ濡れてたってより誰か入ったとかそういうんじゃ」

「あ…! そうだね!」

 いつも思うがこの姉は大物だろう。スタンガンが盗まれたとか…そんなことをする奴が居るとか、まったく気にしていないような明るさを持っている。小さい頃は俺もこうだったのか?

 頭に手をやると包帯に指が当たった。包帯………あぁ、思い出した思い出した、俺は確か頭をぶっ叩かれたんだ、隣で寝ているホウさんに。

 今集まっているのもそのことなんだろうな、やっと理解した。

「お目覚めですか?」「おっ、起きたんだぜ」「頭、大丈夫ですか」「やっとか…」

 集団が一斉に気づいて俺に声をかける。今まで一度もないシュチュエーションだったからか訳も分からず心が高揚した。

「では早速、スタンガンを盗んだ犯人の検討はついています」

 伊高氏はすぐに話を本軸へ切り替える。どうやら急いでいるらしい。

「『名も無き旧神』…でしょうね。霧や水のように動き、人へまとわり取り付く…ソイツの目的は」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。『旧神』? なんだそいつ」

 木原さんが俺の言わんとしていたことを聞く。というかホラーやオカルト系の仕事もしたことがあった俺はその名前にどこか心当たりがあったような気がした。

「この世界に遥か昔存在していた者です。奴の目的はですね…」

 再び伊高氏が困った顔をする。

「この屋敷の地下に眠る『クトゥルフの落し子』の復活でしょう」

 先ほどもいった仕事絡みで多少聞いた名が出た、確か太古の海上都市やら何かの神様だったか、不快な話だったような気がする。

(ねぇ、なん………の…)

 何かが頭の中でノイズとなって響く。頭を打ったせいだろうか、まだ頭がぐわんぐわんと鳴っている。

「多分誰かに取り付く事ができるタイプでしょう」

 そう伊高氏が言うと部屋の中が騒がしくなる。その視線は最近接触があったと思われる木原さんと魔理さん、そして今まで取り付かれていたのだと思われているホウさんをなぞった。

 当然その視線は俺にも向けられた。焦って手を振り否定を示すがあまり説得力はないようだった、余計な事をしてしまった、そう思ってすぐに腕を毛布にしまい込む。

「疑ってもしょうがありません、今は封印の解除の妨害の準備を整えます」

 空気が騒がしいまま伊高氏は話を続ける。伊高氏は椅子の影から木箱を取り出す、その中にはきっと封印の何とかとやらに必要なアイテムが入っているのに違いない。

「後手に回っていることは想像に容易です。ですから、皆様には相手の妨害に回って欲しい」

 伊高氏は姉に目で何かを知らせると、姉はしゃらっと少しばかりほかの鍵よりも古びているように見える鍵を取り出した。姉に手に握られているそれを部屋の中にいる人全員が凝視する。

「それが、アソコの鍵ですか?」

「はい。玲さんと魔理さんは行ったことがあるんですよね? ではお二人に持っておいてもらいましょうか」

 二人は驚いた様子だ、そりゃそうだろうこんな危ないものをおっかぶりたくは無いハズだ。

「ななななんで私たちなんだ!? 伊高さんが持ってちゃ駄目なのかよ」

「私は準備ができるまで部屋に篭るつもりです。その間に妨害を行ってもらいたい」

「でも…この中にその旧神とかが…」

 玲さんは途中で言葉を止めた。そうだ、こう一斉に存在を暴露されれば互いが互いを監視し合うはずだ…と伊高氏は踏んだのだろう。危なっかしいが余裕が無い今は一番の策かもしれない。

 ……なんて思うのも相当追い詰められていると感じているからなんだろうな。

「時秋君、怪我は大丈夫ですか?」

「はい、この通り」

 少し大げさに腕を振る、腕はなんともないのだが大げさに元気をアピールしたほうが気分も晴れるような気がしたからだ。

「あんまり無茶しないでください、まだ怪我人なんですから」

 花音ちゃんがその行動にぴしゃりと言い放つ、ちょっと大げさすぎて無茶をやっているように見えてしまったのかもしれないなと反省する。だが気分は晴れた、毛布を払ってベッドに腰をかける体勢へと体を動かす。

「元気そうなのは良かった。あとは私の準備しだいですかね…」

 伊高氏は心配そうな表情をしたかと思うと木箱を持って立ち上がり「それでは、必要な事は時葉さんから」と言って部屋を出て行った。ばたりと扉が閉められた後、部屋の中に居た俺以外の皆はざわざわと薄ら騒がしくなった。

 静かなのは自分とその隣で心配そうな顔をしている姉、そしてまだ眠っているホウさんだけだ。

「どうするんだぜ? 妨害とか言われても良くわからないぞ」

「私もよ。言ってた通りに鍵を使ってみる?」

「それしかないと思うが、安全は保証できんな…」

 このままだと多分動ける人で鍵のかかっている部屋とやらに行くことになるだろう。そして自分はまた別の厄介事まで引き起こしてしまっているらしい。

 ベッドの頭…つまり枕の上の方にある木製の小さな棚の様な場所にどこかで見た黒い歪な箱が置かれていた。となりには懐中電灯と何処からか引っ張り出してきたような埃をかぶっているカンテラが並べられていた。

 薄々とは気づいていた明かりに弱い化物の存在、それを俺はもう一度確認する。

「姉さん、ちょっと」

「どうしたの、秋君」

「聞きたいことがあるんだ、伊高さんに。多分大事なことだから…頼めないかな」

 姉さんはちょっと悩んだがすんなりと頷き「わかったよ」と返してくれた。あの人ならきっとコイツの事をもっと詳しく知っている、答えを攻略法を終着点を…知っているはずなのだ。

(な……でな……の? ど…て……い…の…)

 針でも刺されたかのように頭が一閃痛む、不意に額へ手を伸ばしすでにいなくなった痛みの正体を模索するかのように閉じた瞼を緩く擦った。








「さぁて、それじゃあそろそろぶっこもうか!」

 未知の化物との戦闘、よくわからんがぐちゃぐちゃのグロテスクな大ボス! 憧れ十割の妄想が今だ今だと背中を押してくる。止まらない脳内物質がとにかく銃を握れと危険な思考をダダ漏れにしながら私を滾らせる。

「待ちなさいよ、無計画に突っ込んで上手くいく程簡単な事だとは思えないわ」

「同感だな、せめて少しは落ち着いてくれないか?」

「そうですよ魔理さん、危険ですのでここで銃を抜かないでください」

 三人に諭されてぐるぐる回って舞踏会でも開かれているような脳内のまま私は着席する。私の脳内は現状どんなこともズドン!ビシャ!イェイ!でケリがつくと思っているらしく、今すぐ立ち上がり先刻と同じことをしようとする体を必死に抑えなければ椅子にも座ってられない有様だ。

「あそこの構造はだいたい覚えてるわ、中間あたりのあの扉がそうよね」

 玲が預かった鍵を宙ぶらりんにする。その扉の奥で儀式の準備がなされていると思うとすぐにでも行って止めてやった方がいいんじゃないかと思考する。多分はやとちりだとか言われるんだろうけどな。

「鍵は玲さん達に任せます。おじさん、私たちはどうします?」

「あー…、一緒に行動していいんじゃないか?」

 どうやら四人行動になるらしい、私は前衛後衛どちらでもいいのさ。話も決まったらしくそろそろ行くかという雰囲気をかもしだす、私だけが。

「それじゃあ、明日行動に移そう」「考えることもあるしね…」「賛成です」

 は?

 ……………。

「ッ!!!!!!」

 突然の錯乱に襲われた私は後に玲から聞かされた通りなら、急に銃を抜いて立ち上がり訳のわからない事を口走りながら玲と木原さんによって拘束されその後意識を失い時葉さんと花音ちゃん、そして玲の三人によって部屋に搬送されたらしい。

 あの話が始まってからだが…いいや昨夜からってのが正解かもしれないが、正気じゃなかったんだろうな。落ち着いて目を覚ました今ならわかる。

 自室にはもはや見慣れた呆れ顔の玲とこちらも見慣れたスマイルの時葉さんが居た。

「それがですね、伊高氏の言うとおりですと少し素材が足りないらしく…えぇとですね、盗られた物の中にあるらしいので回収して欲しいとの…」

「わかりました。すみません、迷惑かけちゃって…ウチのが」

 時葉さんは「いえいえ」と呟きながらこちらを見ながら会釈をして部屋を出て行った。本当に迷惑かけちまったんだぜ、申し訳ない。

 ちょっと錯乱してしまっただけで体はすこぶる元気な私はゆっくりとベッドから降り、席に着く。

「えーと…そのだな」

「あんたのおかげで決行は本当に明日になったわ、オーライね。それでさっき時葉さんが言ってたのは聴いた?」

 こくりと頷く。どうやら大暴れなんて言って部屋をめちゃくちゃにでもしたら大目玉を食らってしまういらしいな。

 玲は「わかってるなら」と言うといつもの通り目の前の席に着く。それから沈黙が流れついつい関係ないことでも口を開いてしまう。

「なぁなぁ、お前が休暇取る前に担当してた事件とか…なんかそういう話ないのか?」

 玲はちょいと悩むとすんなり話してくれた。

「女性だけを狙った誘拐事件って聞いたことない?」

 ニュースキャスターがそんな事を言っていたような気がする、街頭アンケートでお前は絶対に狙われないだろと思えるおばちゃんたちが怖い怖い言っているのは覚えている。

「そうそれ」

「よく休み取れたな、忙しくなかったのか?」

「上司がねー緩い人なのよ」

 私なんてほぼ無断の休暇だというのに。まぁ私以外アソコには誰もいないし訪ねてくる人もいないだろうからな。

「それで、どんな事件なんだ?」

「確か、最初は教会に預けられていた双子の姉妹が行方不明になったのよ…次は女子高校生ね」

 行方不明? 誘拐事件って言ってたじゃないか、ちょっと可笑しくないかと訴える。

「そうそうなの。でもこの事件は誘拐って言われるようになったの」

 話によると捜査が進むたびに変な人影を見ただとかの情報が出てきて、捜査本部は誘拐の線へと調査をシフトさせたらしい。そしてさらに情報が集まると今までは人影だった情報は怪しい集団という単語に代わり、攫われた女子高生らしい人をワゴン車でその集団が運んでいたという情報まで掘り出せたらしい。

「おいおいおい!そんな話聞いたことないぜ?」

「言っちゃダメって言われてるけど、アンタも警察関係者でしょ? 別に問題ないわ」

 そして本部はその集団らしき組織にまでたどり着いたらしい、がその直後に捜査本部は解散となり玲のいる部署に話が回ってきたらしいがそれは後処理みたいなものだったらしい。

 行方不明になった孤児の双子と女子高生が見つからないまま事件を収束させようとする考えらしい上を疑問に思いながら玲の上司の男は一人で調べを進めているという。

「良い上司じゃないか」

「調べるのは結構なんだけど、ほかの仕事丸投げしちゃうのはやめてほしいわね」

 思えば久しぶりだな、玲とこういう話をするの。ずっと職場の都合で離れてはいたがお互い連絡先は知っていたはずだったのに、いつの間にか随分遠くまで来ていたらしいな。

「今日はゆっくり休もうぜ、明日派手にやるために」

 私は知らなかったが食事はいつも通りに広間で全員が大机を囲んで食べるらしく、それを教えてくれなかった玲は相当いやらしい奴だと思う。

「でもさ…その、迷惑かけたよな」

 何気なく私はその一言を放った。玲が怪訝そうな顔をしてこっちを見る。

「だってさ私にあのなんとかの眷属だかがはっついてるかもしれないんだぜ? それなのにさ、一緒に話してくれるし…まぁいつも通りって言えばそうなんだけどさ…」

「言いたいことはわかったから、あんたらしくないじゃない」

 唐突にバッサリと切られて言葉が詰まる。私らしくないかと心でその言葉を反芻すると今までグダグダと感謝の理由を考えて喋ろうとしていた自分が消えた。

 答えはさっぱりとしているじゃないか。

「ありがとな」

 玲は薄ら微笑むといつも通りに戻り、私ももう気にすることなくベッドの上でラフに横になった。腹は決まった、いやずっと前からこんな考えだった気がするな。思い出したんだ、ずっと前を。








 食後、各々が解散し眠りについた。

 そして目が覚め全員がそれぞれの覚悟のもとに部屋から出ると、物語は最終日を迎えた。

 アレン氏が負傷して発見された、その知らせは全員に緊張と忘れかけていた疑心を蘇らせた。それぞれがそれぞれに邪悪な影を探させる事となる。

 疑いとともにこの事件最後の日が始まった。

 グラグラです。魔理パートはもう流れに身を任せて書いてるのでグラグラなのです。そろそろ終盤だというのに申し訳ありません。

 【卯月時秋】を筆頭にこの6thのキャラクター達は後の作品に多く関わりを持つことになります(なので大きなダメージを与えることができません、残念です)、ですが5thからはちゃんとクトゥルフできると思いますのでお待ちください。

 それでは次章でお会いしましょう、それでは。

                      ~卯月木目丸~

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