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chapter5 小休止

 この世界も有名になった。それも情報が伝わりやすくなった社会のおかげだろう。

 様々な邪神が人の目に触れ、絵になり、言葉になった。

 それどころか人々に愛される存在にまで昇華され、彼らはどう思っているのだろう。笑っているだろうか、想像もできない。

 だが、忘れないで欲しい。不浄の存在、混沌の中心…それはこの世に無尽蔵に存在するものだという事を。

 それは人の心の中だけに存在したり、何処かの小さい村の地下に埋まっているのかもしれない。もしかしたら人々と出会い、喧嘩になっているのかもしれない。

 ならそれは物語になり、こうして人の目に触れるか、実際にではないが体感に近い…プレイすることになるのだろうね。もしくは近くにあったりするのかもしれない。

 いつ読んでもこういう本は面白い。私はまたばすんと本を閉じて本棚へと押し込む。

 息子たちが出て行って静かになったこの屋敷だが、こうして落ち着けて本が読めるのも別段良いかもしれないが、やはり寂しいものだ。







「すみません。こんな朝に…」

 魔理はまだ眠たそうに閉じた眼をくすくすと弄っている。私だってまだ眠いが、相手が真剣に話したがっているのを職業柄追い返すことはできない。

 時葉さんから一本拝借しておいたミネラルウォーターの瓶を開けて三つのコップに注いでひとりひとりの目の前に差し出す。

「それで、何を?」

 魔理が一口で注がれたミネラルウォーターを飲み干す。時秋さんは少し口に含み唇を濡らすと本題へと入った。

「昨夜の話です。昨夜、俺は木原さんと伊高さんとでこの屋敷中に不審者が潜んでいないか探しました」

「あぁ、昨日のはそういうことなのか」

 魔理は昨夜一度起きて木原さんと一緒に居た時秋さんを見たらしい。私はその時ぐっすりだったけど。

「いえ、あれは探し終わった後の事です。まぁ、そっちが本題なんですが…」

 今一階では朝食の準備をしているところだ。時秋さんは着いて来てほしいと言うと現場である一階倉庫へと私たちをエスコートした。

 そして中に入るやいなや入り口近くの木箱をがさがさと漁りだした。

「今朝、貴女たちに会う前にも探したんだ…」

「何を、ですか?」

 時秋さんは探す手をぴたっと止め、顔をこちらへ向けた。

 いつもの無関心そうで冷静な顔をしている時秋さんとはちがく、焦りや疑いを見せていた。

「ここに箱があったんだ」

「箱?」

「俺は確かにこの木箱の中に戻した。確かに…」

 魔理が蓋の剥がされた木箱を覗き込む。梱包材が開かれ、中に入っているであろうその箱とやらはどこにもなかった。

 今までの話をまとめるとここに不審者が来て箱を盗んでいったということだろうか。少し簡略化して時秋さんに話す。

「あっ…あぁ。そうなんだ、伊高さんに頼まれて取り返さなきゃいけない」

 魔理が床を舐めるように見る、木製だがしっかりしている床には埃が積もっていない。どうやらここはしっかりと掃除されているようだ。

 私も何かのヒントが無いかあたりに何か目星をつけれないものかと眺め回してみる。

「足跡も見つからないし、不審者が何処にいるか探したほうが早いんじゃないか?玲」

 よし、見つけた。

 壁に隣接したちょっと大きめな木箱、壁で見づらいが側面が軽く開いている。

 そこから考えを巡らす、不審者が盗んだ箱も気になる。どんな箱なんだ?骨董品なのだろうか、いやでも伊高氏が探すのを頼むくらいのものだ…、どういうことだろう。

「あの木箱、中に入れる…魔理、ちょっと頼めない?」

「え?入るのか?」

 しぶしぶ中に入る魔理、不満そうな彼女の目が私に向いているがあぁしているが良い奴なんだ。隠れ銃刀法違反の前科がなければ満点なんだけど。

 どうやら中は空洞らしく、魔理の姿が明かりをつけているはずの部屋でうすらぼんやりとだけ確認できる。向こうからもこちらが見えているらしい。

「中には何かないの?」

 魔理は首を振ったらしいが見えない。ほとんど見えてないっていても間違いはないな。

「時秋さん、箱が無いことに気づいたのは今朝なのよね?」

「はい」

「じゃあ、昨夜なんでこの箱を開けたの?」

 時秋さんは魔理が入っていた木箱に寄りかかって少し眉間にしわを寄せる。

「……。失礼かとは思ったけど、これほど箱があって…その…好奇心が」

「んー、こりゃ見たくなるわな。私なら全部開ける」

 やっぱりダメだこの親友。

「で、なんで私たちに?木原さんとか…伊高さんには話したのよね?」

「えぇ。木原さんも知ってます。昨夜、魔理さんとお会いしたときにはもうね」

「………」

 私は彼の目線に自分の目線を合わせる。これでも警察だ、疑わしいものぐらい見分けがつく。

 ただ私は受講したぐらいのもので、覚えていない事の方が多い。今となってはもっと真面目にやっておくべきだったかもしれない。

 ずっと前に試してみたら魔理の方が上手だったな。まぁアイツは常に秘密を抱えているからな、人の目を見ることは慣れてたんだろう。

 そんな不慣れな私の精神分析では『疑わしい』という事しかわからなかった。

 やっぱり口から聞き出すのが一番早いか。

「それで、その箱っていうのはどういう外見を?」

「なんというか、実物を見たはずなんですけど…捉えようのない形で…黒色で…大きさはそんなにありません」

 曖昧だ。もし彼が盗んだ犯人だとしたら『探させたい』という最初の言動と矛盾してしまう。困った。

 魔理の方に目をやるとアイツもしかめっ面をしていた。やはり腐っていても警察の端くれ、いつもバカにしっぱなしだったから後で何か奢ってやった方がいいかもしれないな。

「いくらぐらいしそうなんだ?億か?」

 どうやらやましい事だったらしい。仕方ないので廊下に出てちょっとだけ新鮮な空気を吸う。

 そこでキッチンから温かそうな湯気を放っているスープをトレーにのせた時葉さんが広間に向かっているのが見えた。どうやら中々時間が経っていたらしい。

「魔理、時秋さん。そろそろ朝食らしいですよ、行きましょう」

 倉庫から広間まで行く間に箱のことを聞き出そうと思ったが、大体の情報が曖昧だった。

 箱は黒光りしていて見た目は捉えようのない立体物とのこと、つまり何角形だとかすらわからない。

 魔理はしきりに値打ちの事を聞いていたが、そんなものは市場では見たこともなく値段が付けれないと言っていた。

 そして最後に、その箱は不思議な魅力を秘めていると時秋さんは教えてくれた。そして、広間やキッチンにいるかもしれない人に聞こえないように周りにだけ聞こえるように呟いた。

「この屋敷は、思っていた以上に危険かもしれません」

 広間に入ると新聞を広げている木原さんとその隣に眠たそうに瞼を開け閉めしている花音ちゃんが時葉さんから朝のコーヒーを注いでもらっていた。

 後ろからは髪の毛をぐしぐしとかき回し眠そうに何かをつぶやいているホウさんがやってきた。

「おはようございます…玲様、魔理様、ホウ様。おはよう、秋君」

 時葉さんに誘導され昨日と同じ席に座る。座るとすぐにコーヒーカップが置かれ手際よくモーニングコーヒーが注がれた。

「朝食はもう少し待ってくださいね。今、お運びしますから」

 花音ちゃんが読もうとしていた本をぱたりと閉じて、正面に座っている時秋君に「おはようございます」と小さく挨拶をした。

 時秋君はそれにすぐ気づくと「おはよう」と軽く挨拶を返す。それを皿を並べながら楽しそうに見つめる時葉さんと不思議そうに見る木原さん。

 私は興味はあるが口を出すことでもないので黙って見ていた。

「おっ、何か良い感じだな!」

 魔理だけは何の躊躇いもなく口を開いたけどね。それを聞いた花音ちゃんはこちらを見ると顔を下げてふるふると頭を振った。

「伊高氏は…まだか?」

 木原さんが時葉さんに話しかける。時葉さんは皿を並べ終えて食器をそれぞれに配っているところだった。

「主はもう朝食をすませました。今は仕事中でしょうか、奥様もお部屋でお食事を取るそうです」

「忙しいのか?」

「……昼には客人がいらっしゃると言っていましたので、昼には降りてくると」

 朝食のブレッドを味わいながら彼らの問答を聞いた。

 伊高氏は実業家らしく、セーシルさんの父上が経営する会社にも関わっているらしい。それで結婚したのだろうか。

 手元の時計を見ると時間は10時、食事を済ませやることもなくなった魔理と私はゆっくりと大広間を出ると倉庫へと向かった。

 鍵はかかっておらず、時秋さんが借りたという鍵で開けた時のままだった。高価な物だからというわけじゃないが誰かが盗んだなんて考えたくもないのでそこらへんに転がっていないか探したくなったのだ。

 盗んだなんてわかってしまったら、後が辛い。

 もし…屋敷中くまなく探して見つからなかったら?

 その時は探すのをやめよう。

 魔理と木箱をずらしたりして床を這うように探してみるが、床はきっちりと石ころ一つ落ちていなかった。

「よし、ここにはない。次に行こうぜ、次!」

 部屋の隅を探し終えた魔理が腰を伸ばし勢いよく立ち上がる。

 その時、今までは音を一つもたてなかった床が突然、ギィ!と耳につく音を出した。

 不思議がったのかちょっと面白かったのかわからないが、魔理は足に力を入れ床を鳴らし始めた。その度にその床だけが小さな音をあげた。

 もう一度身をかがめる魔理に近づいて一緒にその床を見る。他の床よりも暗く隙間があるように見えるがかん違いかもしれないと心を制する。

 が、魔理は躊躇いなくこぶしを叩きつけた。

 嫌な音を立てて床が崩れた、私の足元の。前のめりになっていた魔理は上手く壁に手を当ててその場でバランスを取っていた。

 一方私はというとそのまま垂直落下、深くはなかったが座っていた状態から突如そのまま落ちてしまったので足をぶつけてしまった。

「大丈夫か?おーい!」

 あんたが落としたんだろうが。そう言いたいところだが軽く返事をするだけにしておく。

 魔理は身を乗り出したまま手を伸ばそうとするが、何も支えのない状況で私を引き上げようとしたらアイツまで落ちてしまうかもしれない。

「時秋さんを呼んできて、あとロープとかも持ってこれる?」

「任せろ!」

 上からドタドタと足音が聞こえる、どうやら行ったようだ。

 落ちた先はどうやら道になっているらしく石レンガで綺麗に整っていた。地下にあったせいかそこらじゅうがうっすらと濡れていて滑りやすそうだ。

 まだ来る様子もないので私は先へと慎重に歩き出した。






「花音、私は伊高氏に少し話があるから…」

「仕事ですよね?お構いなく。用ができたら呼んでください」

「……」

 木原さんは席を立ったままバツの悪そうな顔をする。

 どうやらあのふたりの関係はどっちかというとドライなようだ。木原さんも扱いがわからず髪を少しいじり始めてしまった。

「俺も、昨日借りてた鍵を返さないと」

 木原さんに向かって助け舟を出す。木原さんは二つ返事で同行を許して階段へと共に向かった。

 階段を上がればすぐの伊高氏の寝室兼仕事場のドアの前でノックしようとしていた木原さんの腕がピタリと止まる。

「ありがとうな」

 軽くノックし、中から伊高氏の返事が聞こえた。





 本を読み終えた私は大げさに音を立てて本を閉じた。

 この広間には私と時葉さんしか残っていない。先程はあぁ言ってしまったものの呼ばれるまでここで黙って紅茶を飲むのは勘弁願いたい。

 気持ちが表情に出ていたのか時葉さんが何かを察して声をかけてくる。

「どうでしょう。お暇なら書庫に行きませんか?」

「え、ええ。でもあそこ、閉められてるんじゃ」

 時葉さんは腰につけていたマスターキーを取り出す。

「一緒なら、別に問題ないでしょう。どうです?」

「じゃあ、お願いします」

 立ち上がり時葉さんがトレーを戻しに行くのを付き合ってから書庫へ向かい錠前を落としてもらう。中の明かりをつけるとこの前来た時とは見違える程綺麗になっていた。

 目立っていた埃などが綺麗に掃除されており、この前の不気味さがまったく無くなっているようだった。

「わぁ…、掃除したんですか?」

「えぇ!ここを掃除できる事なんてありませんでしたので!大変楽しかったですよ」

 不思議な人だ。容姿端麗で家事も上手なのに…生粋の使用人気質ということなのだろうか。弟の時秋さんもあんなに立派な人だし…。

 綺麗になった本棚へ手を伸ばし、この前よりも多く本を抜き出す。

 本を読む為の机に積もっていた埃も綺麗さっぱりなくなっていて私もすこぶる機嫌が良くなった。その上に本を置き興味のあるものからどんどん開く。

 この書庫にある本は大半が英語やそれと思しき文字で書かれているものばかりで読むのに時間がかかるものも少なくない。

 中身はわけのわからないファンタジーだかオカルトだかが多く、最近の学生がみたら喜びそうな物も多い、まったく信じないけど。

「あれ?」

 なんだかちょっと引っかかる。

「時葉さん、ちょっと!」

 ドアの近くを掃除していた時葉さんが呼ばれるのを聞いてからすぐにこちらへやってくる。

「ここって普段誰も使ってないんですよね?」

「いえ、たまに伊高様がご利用してます」

「伊高さんが?でも、掃除もされてなかったですよね?」

 私が初めてここに無理やり入った時は暗くて足元までは見れなかったが少なくとも人が利用していたとは思えないほど閑散としていた。

「伊高さんが利用しているのに掃除はしていなかったんですか?」

「此処は掃除しなくていいと言われてりましたので」

 それは誰も使わないからじゃないのか?それとも伊高氏はここから本を持ち出すだけで埃はそれほど気にしていなかったのだろうか。

 いや、確かあの時見た棚には埃が積もっていたはずだ。それどころか本にもついていて持ち出されたような痕跡はなかったのだ。

「伊高さんはここをどれぐらい利用してるの?」

 時葉さんは少し考えた。

「夜中にたまにですかね…。鍵は伊高様も持っていますので本でも取りに来てるんでしょうか」

 寝る前に読む本でも探しに来ているのだろうか。

 何が何だか、頭の中で考えがぐるぐると回って混乱してきた。

「あんまり難しく考えるのも大変ですよ?どうぞ」

 時葉さんが水筒に入れた紅茶を水筒の蓋…最近のはコップになっているのか、コップに注いでくれる。準備がいいなぁ、本当に。

「そうだ。時葉さんも何か読んでみたらどうですか?」

 そう言ってみると彼女は私が今広げている本を覗き込んでみると首をふるふると降ると顔を戻した。

「私、あんまり読めないんです…」

「それじゃあ仕方ありませんね。でもここにある本は大体…?」

 話している途中に時葉さんがにっこりしているというかちょっと笑っているのに気づいた。

「いえ、話し方がお医者様のようでしたので、すみません」

「い…一応、医者を目指してるんです」

 私たちは本を読むのも忘れて話していた。久しぶりだったのだ、こうラフな気持ちで会話することが。やっぱり来てよかった、伯父の付き添いだがそれも満足だ。

 今夜の本には困らなさそうだ。

第五話です。お久しぶりです、木目丸です。

投稿ペースを上げたいのですがままなりません、すみません。

最近SIRENシリーズを通しでやりました、あぁいう作品好きです。

クトゥルフTRPGにSIRENルールを追加したものを発見しまして友人らと共に遊んでいます。TRPGで視界ジャックなんて新しいですね。

それでは第五話を読んでいただきありがとうございます。

また次の章でお会いしましょう。

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