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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第一章◆脱  出 《Escape》
8/37

07

「晃……ちゃん?」

 ドアの向こう側には、人が近づいて来る気配がしている。

 ペタペタと軽快なサンダルの音を響かせているのは、たぶん担任の鈴木先生だろう。

 いつもと変わらない、教室の朝の一コマ。

 なのに、なぜ、そんな表情を見せるのか。

 ――どうしたの?

 と、続けようとした言葉は、ドアを開けて入ってきた人物を目にしたとたん、喉の奥に引っ込んでしまった。

 教室に入って来た人物は、男性二人。

 一人は、優花の予想通り、やせぎすで眼鏡をかけた穏やかな風貌の社会科教諭、担任のすずはじめ先生。

 そして、問題は、もう一人の人物だった。

 身長は、百七十五センチ程度。

 少しクセのある燃えるような赤毛と、深い水底のようなディープ・ブルーの瞳のコントラストが、否が応にも人目を惹く。

 青年、

 と言うよりは、まだ充分少年の面影を残した華奢な容姿は、まるで宗教画に描かれた無垢な天使を彷彿とさせた。

「えー、以前から説明してありましたが、今日は留学生を紹介します」

 席に着いた生徒たちから上がるどよめきに、納得気に頷きながら、鈴木先生は静かに口を開いた。

「アメリカのロサンゼルスの姉妹校からの交換留学生の、リュウ・マイケル・タキモト君です。彼は日本語、英語共ぺらぺらです。生の英語に触れるよい機会ですので、、みなさん、積極的に仲良くしてください」

 ニコやかに説明をする先生の声が、どこか遠くで聞こえた。

「リュウ・マイケル・タキモト、です。一ヶ月という短い期間ですが、皆さん、どうぞヨロシクお願いします」

 外見通りの、やや少年めいた透明感のある甘い声音が、流暢な日本語を奏でる。

 そう。

 まるで、楽器の演奏を聞いているような、そんな、耳に心地よい声音だった。

 タキモト……リュウ?

 優花の知らない名前だ。

 知らないはずなのに、心の中で呟けば、何故か、胸の奥がざわつく、不思議な名前。

「――まさか、な。ただの偶然……か?」

「え?」

 隣の席で上がった、耳朶を掠める意味不明な独り言のような晃一郎の呟きに、優花は、小首を傾げた。

 そんな優花の反応に気付いた晃一郎は、口の端を上げると、隣の席から手を伸ばして『くしゃくしゃ』っと無造作に優花の頭を撫でる。

「いや、何でもない。お前は、何も心配するな」

 伝わる、大きな手の平の温もりと、くすぐったい感触に優花の胸を過ぎるのは既視感デ・ジャブー

 ――心配って……、え?

 その動作があまりに自然だったので、優花の反応は、ワンテンポ遅れた。

 えっ、

 えええーーっ!?

 あ、頭、撫でられたっ!?

 ギョッとして、思わずのけぞり、頭を両手で覆う。

 確かに、泣き虫だった子供の頃は、こうやって頭を撫でられた覚えはある。

『大丈夫だから、泣くな』

 そう言って、何かにつけメソメソっと涙を零す弱虫な自分を励ましてくれた、幼なじみの優しい手の感触が、大好きだった。

 でもそれはあくまで、小学校低学年くらいまでのことで。

 今は、お年頃の高校三年生。

 いくら幼なじみだといっても、教室でこの行動は、常軌を逸している。

 否。

 教室でなくても、充分、優花の常識からは外れている。

 こ、こ、こ、晃ちゃんっ!?

 恥ずかしさで、優花の顔にサッと朱が上った。

 やっぱり変だ、

 変過ぎるっ!

 ぱくぱくぱく、と。

 酸欠の金魚みたいに口を開け閉めしなががら、信じられない思いで晃一郎の顔を見上げると、その瞳には悪戯小僧のような、少年めいた楽しげな色合いが浮かんでいる。

 か、か、からかわれた?

「別に、からかったつもりはないからな」

 頬杖をつきながら、晃一郎は、実に楽しげに微笑んだ。

「え……?」

 ――今、私、声に出して言ってないよ……ね?

 まるで、『心を読んだ』ようなその台詞に、優花はパチクリと目を丸める。

 瞬間、プッと、晃一郎は、耐えかねたように小さく噴出した。

「ほんっと、分かりやすいよな、お前って」

 どうやら、心を読まれたわけではなく、表情を読まれていたらしい。

 なんだか、酷くバカにされているような気がする。

「どうせ、分かりやすいですよーだ。晃ちゃんみたいに、難しい頭の構造してないもん、私」

 むーっと、

 優花が頬をふくらませてぶーたれていると、教壇の方から鈴木先生ののんびりとした声が飛んできた。

「えーと。取り込み中に悪いけど、委員長。しばらく滝本君の案内役、お願いできるかな?」

 もちろん、委員長とは優花のことではなく、晃一郎のことだ。





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