04
晃一郎と二人。
「行ってきまーす」
と元気に玄関を出れば、そこにあるのは、いつもと変わらない朝の風景。
閑静な住宅街を抜けて、最寄りのバス停まで徒歩十五分。
かっちりスーツの眼鏡のサラリーマン氏にぽっちゃりえくぼのOLさん、小型犬のマルチーズと散歩中のおじいさん。
通り過ぎる、見慣れた町並みと見知った人たち。
違うのは、実に気分よさそうに鼻歌交じりで半歩前をのんびりと歩く、幼なじみだけ。
チラリと盗み見たその横顔には、親戚で不幸があったばかりとは思えないほど明るい表情が浮かんでいる。
大分秋めいてきた淡いブルーの空を背景に、くっきり浮かび上がる金色の髪に、どうしても目が行ってしまう。
とうのご本人様はと言えば、すれ違う人たちが皆一様にギョッと目を見張り、『触らぬ神に祟りなし』とばかりに視線をすうっと外していることを意に介する風もない。
――晃ちゃんったら、これから待っているはずの、大難関をどうするつもりなんだろう?
通学路ではギョッとされるだけで済むけど、学校に入ったらそうはいかない。
そもそも、学校に入れるか、とっても怪しい。
校門には、おそらく『仁王様』こと、生活指導の山崎先生が立っているはず。
山崎先生は、バリバリの体育会系。
剣道部の顧問もしていて、規則に厳しいので有名だ。
生徒の服装・頭髪チェックに生きがいを見出しているんじゃないかと思うほどの熱心さで、毎朝、校門に立っている。
そう、仁王様よろしく、鋭い眼光を放って校門に立っているのだ。
入学当初、色素の薄い地毛でさえ『染めているのじゃないか』と、一度は注意を受けている晃一郎は、先生に顔を覚えられているはず。
第一、このカラフルな髪が、見とがめられないはずがない。
そして、案の定。
「み、御堂……?」
晃一郎を視界に捕らえたその刹那、先生の顔は瞬間湯沸かし器のように上気し、ただでさえ怖い三白眼が血走って更に迫力を増している。
――う、うわぁ……。こ、怖すぎっ。
次に来るだろう嵐の予感に、優花が身をすくめたその時、
「御堂晃一郎っ! なんだ、その髪の色はぁっ!?」
校門前に漂うピリピリとした空気をつん裂いて、山崎先生の重低音の怒声が響き渡った。
予想通り、先生に捕まった晃一郎は、そのまま生徒指導室へ強制連行されてしまった。
上背のある晃一郎だが、さらに背が高い大柄でガッチリ体形な山崎先生に手を引かれるその姿は、なんだか吹けば飛びそうに見えて、まるで、市場へ引き出されるイタイケナ子牛のようなその姿が哀愁を誘う。
優花の脳内を、『ドナドナ』の、どこか物悲しいメロディーが流れていく。
「晃ちゃん……」
どうすることもできずにただオロオロと見ている優花に、一つきれいなウインクを残して手をひらひら振って。
まるで、この危機的状況を楽しんですらいるふうに見える晃一郎の態度に、優花は眉根を寄せた。
――もう、何を考えてるのよ?
いつもと違う晃一郎の様子に、胸の奥に生まれたのは、漠然とした不安。
やはり、祖父の死が、影響しているのだろうか?
でも、それとは、何か違う気がする。
晃一郎の思考回路が全く理解できない優花は、その漠然とした不安を胸に、とぼとぼと教室に足を向けた。