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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第四章◆記 憶 Ⅱ《MemoryⅡ》
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02

 この医療研究所は、大きく二つの施設エリアに分けられる。

 一般の病院では治療できない特殊な病気の治療を行う、地上四階部分が、病院施設エリア。

 そして、様々な研究がなされている、地下五階部分が、研究施設エリアだ。

 バックが国であるため、どちらの施設も職員は全て公務員、またはそれに準ずる身分を有している。

 先進医療開発、超能力開発など、国益に関わる研究開発が多岐にわたって行われているため、地下部分への出入りは厳しく制限されていて、本来、部外者の、それもこの世界の人間ですらない『イレギュラー』と呼ばれる存在である優花が立ち入れる場所ではないのだが、しっかり居座ってしまっている。

 ただ、目下優花の行動範囲は、この地下の研究施設の主に二階部分に限られていた。

 理由は、単純明快で、この世界の如月優花は、既に死亡しているからだ。

 赤の他人は問題ないが、

 万が一にも優花を、その死を知っている人間に会ってしまえば、すぐにイレギュラー体だと知れてしまう。

 そもそもが、イレギュラー体を発見した場合、国民には国への通報義務があり、それを怠れば厳然たる刑罰の対象となる。

 彼らは、法律的に分類するならば、『不法入国滞在者』なのだから、国が課すこの義務と刑罰が不当とは言えないだろう。

 イレギュラー体は、その多くが本体と同等か、それ以上の超能力を有することが今までの事例から、多数確認されていて、力が強大であれば、犯罪組織に目をつけられ、その手中に落ちる可能性が高い。

 実際、イレギュラーに限らず、ハイレベルな超能力者、主に十代の少年少女をターゲットにした誘拐事件、所謂『エスパー狩り』が横行し、社会問題になってもいた。

 過去、最悪のテロ事件が、そうした犯罪組織の手に落ちた超能力者によって行われたこともあり、イレギュラーを取り締まる法律がここ最近、厳しくなっているのが実情だ。

 優花は、限りなく、幸運だったのだ。

 もしも、優花を救ったのが晃一郎ではなく他の人間だったなら、遺伝子登録情報から『如月優花』が一年前に死亡していることが知れ、すぐにイレギュラー体であると露見し、保護という名の元、国の専用施設に収監されてしまっていたはずだ。

 そこで、肉体的にも、精神的にも、徹底的に調べつくされていただろう。

 そして、いつの間にか、その存在は闇に葬られていく――

 ことは、さすがにないだろうが、

 自由や自尊とは程遠い、あまり楽しくない不自由な生活が待ち受けているのは確かだろう。

 政府の、超能力者を集めた裏組織が存在し、その組織に強制収監されるのだという、まことしやか噂が流れているが、これは都市伝説に類される、かなりマユツバものの話だ。

 もちろん、鼻から、晃一郎に通報する気はさらさらなく、

 職員である晃一郎が、緊急避難の色合いが濃いとは言え、有無を言わせず瀕死の優花を、一般人立ち入り禁止区域の研究施設内に連れてきてしまった。

 そればかりか、開発中の試験薬品をイレギュラーとは言え人間に投与する、人権支援団体に知れれば格好の餌食になるだろう、暴挙が行われた。

 たとえ、それが人命救助という、人道的なものに基づくものであっても、公務員という立場上、それがバレれば、さすがの国の期待を背負ったホープでも、何がしかの罪に問われるだろう。

 晃一郎の直属の上司で、この研究所の所長でもある鈴木博士の計らいで、優花は、至れり尽くせりの手厚い看護を受けていたが、この『計らい』には、こういう込み入った事情があったのだ。

 鈴木博士とて、許可を出し今もこうして優花をかくまっている。

 一蓮托生、

 死なば諸共、

 毒を食らわば皿まで、だ。

 ひらたく言えば、一度情けをかけたら最後、茶壷ならぬ『ドツボにはまってどっぴんしゃん』状態。

 当事者たちの思惑がどうあれ、現実問題、

 今更、ほっぽり出すことなどできなかった。


 晃一郎は、外来患者も多く訪れる地上部分の病院施設で外科の医師として働く一方で、地下部分の研究施設で研究員としても働くという二足のわらじを履く、優花から見ればかなりハードな生活をしていた。

 だが、本人はケロリとしたもので、こうしてに朝の七時から八時の一時間は、必ず優花のリハビリに時間を裂くという、スーパーマンぶりを発揮している。

――たしか、午前十時からは、病院勤務で、午後はたまにだけど、手術が入る、って言ってたよね?

 手術が入らない午後は、夜遅くまで鈴木博士のところで研究の手伝い、

 で、今は、午前八時。

 出勤前のいつもの、私のリハビリ指導、

 すごいって言うか、疲れないのかな?

 優花は、使い終わったリハビリ器具をせっせと片付けている晃一郎を手伝いながら、その表情を、チラリと盗み見た。

 ふんふんふん♪ と、

 鼻歌交じりで、朝から絶好調そうなその横顔には、疲れの色は見えない。

――でも、やっぱり、疲れてない、わけないよね?

 とてもありがたいのだが、優花にしてみれば、そのむちゃっぷりで、身体を壊したりしないか、少しばかり心配になる。

 俺様でセクハラ大魔王でも、やっぱり、大事な幼なじみには、変わりがない。

 だいいち、この人は、命の恩人なのだ。

 そして、なんだかんだと言いながらも、この世界で一番頼れる存在でもある。

大事にしすぎても、バチはあたらない。

――うん、そうだ。

 いつも、からかいモード全開でこられるため、ついつい礼を言えないでいる優花は、今日こそは、ある提案を言ってみようと小さな決意を口にした。

「あ、えーと、晃ちゃん?」

「ん? 何だよ、じっと見つめて、いい男だからって惚れるなよ? 俺は、ロリコンの趣味はないからな」

 案の定、

 ニコニコとしたガキ大将めいた笑顔で、からかいモード、フルスロットルな晃一郎の台詞に、優花は思わず『ううっ』と、言葉につまった。

 ロリコンって、

 三歳しか違わないのに、ロリコンって……。

 私って、いったいどれだけ、子ども扱いなの?

 いや、

 確かに、幼児体型かもだけど……。

 少し悲しくなりながら、強引に、喉の奥に引っかかっている二の句を、引っ張り出す。

 ここでくじけたら、いつもと同じだ。

 頑張れ、私!

「あのね、たまには、一緒に、朝ごはん食べない? かなーと思って」

「え……?」

 優花の申し出が意外だったのか、不意を突かれたように、晃一郎は、目を丸めた。 

 最初に目覚めた病室とは違う、職員用の個室に住まわせてもらっている優花は、このごろリハビリを兼ねて、自炊を始めていた。

 外出はできないので、材料は、玲子が調達して届けてくれている。

 玲子は、情報処理業務のスペシャリストで、研究所の業務委託を受けているため準・公務員扱になっている。

 そのため、研究所の出入りが自由に出来るのだ。

 週末には、良く泊り込んで、二人でパジャマパーティという名の女子会を、夜っぴきで楽しんだりしている。

 陽の光の差し込まない地下二階での潜伏生活。

 普通なら、精神的にまいってしまいそうなこの過酷な状況でも、こうして優花が元気でいられるのは、玲子の存在はかなり大きかった。

「今日は、二人分作ってあるんだ。メニューは、えーと、炊きたてご飯とお豆腐とワカメのお味噌汁と、昨日作ったおばあちゃん仕込の肉じゃがと、出し巻卵と、焼き鮭、なんだけど……」

 不意を突かれたぽかんとした表情のままだった晃一郎の頬の筋肉が、優花の放ったある単語に微妙に反応を示した。

「肉、じゃが……?」

「うん。肉じゃが。昨夜作った残りだから、いい感じに味が染みてて美味しいと思うんだ」

 えっへん!

 と、胸を張る優花の視線のさきで、晃一郎が、ごくりと喉を鳴らす。

――やった、反応良好!

 おばあちゃん、ありがとうーっ!

 優花は、如月家秘伝の肉じゃがの味を仕込んでおいてくれた祖母に礼を言い、

心の中で思わずガッツポーズを作った。




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