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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
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「まあ、そんなに深刻にならなくてもいいんじゃない? 『わー、初めて告られちゃったー、てへっ』くらいな気持ちでいればさ」

 さすがに不憫になったのか、玲子がよしよしと肩をたたきながら、フォローを入れてくれるが、優花の沈みきったテンションはそう簡単には回復しない。

「タキモトって、そんなに悪いやつじゃないと思うけど?」

 愉快そうに目じりを下げる玲子の言葉に、優花は、不本意そうに唇を尖らせる。

「リュウくんは、いい人だよ。優しいし、面白いし。良い友達になれるなぁとは思うけど、それ以上は考えられないよ」

 少なくとも、今は。

「それで、いいんじゃない?」

「え?」

「『ああ、馬が会いそう』、っていう第一印象って、意外と大事だと思うよ、 男と女に限らずね。アタシと優花だって、そうだったじゃない?」

 数年前、

 中学で初めて玲子と出会ったときのことを、思い出してみる。

 確かに、目があって、ニッコリ笑顔を返されて『よろしくね』って手を差し出されたその時に、『ああ、この人とは長い付き合いになる』って、確信めいたものが過ぎったけど。

 その通り、今もこうして、気の置けない一番の友達だけど。

 何事も、例外と言う物があって。

 そもそも、

 女同士の友情と、恋愛をいっしょくたにしてもいいものか。

 経験値の少ない優花には、皆目、見当もつかない。

「まあ、うん。そうだったけど……」

「うーーん。これ教えちゃうと、返って優花の負担になるかもだけど。タキモトが本気なら本人が言うだろうし、じゃなくても、そのうち外野が気付くだろうし、黙ってても耳に入るだろうから、言っちゃうね」

「へ……?」

「タキモノの言った『留学の目的の一つが花嫁探し』って、まるっきりの嘘でもないみたいなんだな、これが」

「は……?」

 玲子が、濃紺のブレザーのポケットから最新のスマートフォンを取り出し、何事か操作して『ほらこれ』と、出した画面を優花に見せる。

その画面に視線を走らせた優花は、僅かに眉をひそめた。

 映し出されているのは、インターネットの社会欄のニュース画面だ。

 そこに、見覚えのある、エンジェル・スマイルをたたえて紳士然とスタイリッシュなスーツを着こなした、赤毛・碧眼の美青年の姿が映し出されていた。

 その青年は、なにやら、SPらしき黒ずくめの軍団に囲まれた偉そうな政治家風の恰幅の良い男性と、にこやかに握手をしている。

「これって、リュウくん……だよね?」

 どうして、一介の留学生が、ニュース記事になっているのだろう?

 それも、社会欄の。

 純粋に不思議に思いながら書かれている記事を追っていた優花の目が、驚きに見開かれる。

『アメリカ経済を支える、タキモトグループの次期後継者が、日本で花嫁候補を選定――首相を交えての始終和やかな会見――素晴らしい才能と将来性に期待――』

「あ、この人、首相なんだ。どうりで見覚えが」

「優ーー花、現実逃避は解決にならないよ?」

「ひーーん」

 そんなこと言ったって。

 現実に思えって方が、無理だと思う。

「ってことで、御堂に勝ち目は無いね。優花、玉の輿、おめでとう!」

「玲子ちゃーーーーん」

 面白がってる。

 絶対、全身全霊で、面白がってるーーーっ!

「あ、もう、こんな時間だ、授業に遅れるよ、優花!」

 二ヒヒと、人の悪い笑みを残して、玲子が廊下に姿を消す。

 ガックリうなだれたまま、優花は、その後を追おうと鏡の前から一歩、二歩、足を進める。

 その時、

 フワリ、と

 甘い、花の香りが、ほのかに漂い、

 視界の端っこに、何かが、引っかかった。


 網膜に刻まれたのは、鏡に映った、酷く、その場にそぐわない白い色彩。

「――ん?」

 何だろう?

 ほんの軽い気持ちで、一歩、二歩。

 反射的に身体を元の場所に戻し、鏡に向けた視線が、ピキリと固まった。

 えっ……。

 ええっ!?

 何の変哲もない、トイレの鏡。

 もちろん、写っているのは、覗き込んでいる自分の顔だ。

 驚愕に見開かれた瞳の中に、自分の顔が移りこんでいる。

「ナニ……コレ?」

 髪が、はっきり目に見えて、変だった。

 まず、色が普通に考えてありえない、白。

 それも、目にも眩しい純白だ。

 そして、長さもおかしい。

 肩甲骨の中ほどしかないはずのセミロングの髪が、どう見ても腰の辺りまで伸びている。


 目――、

 私の目が、おかしい……の?

 もしかして、

 さっき、階段から落ちたときに、頭でもぶつけたのだろうか?

 パチパチパチと、

 意識して強めに目を瞬かせながら、

 のろのろと、震える両手を挙げて、耳の辺りから髪の毛を伸ばすように手のひらを下に滑らせる。

 いつもと変わらぬ少し硬めの自分の髪の感触は、やはりいつもと変わらぬ胸のあたりで、すうっと消えた。

 なのに、

 鏡の中の自分の手には、まだ白い髪の毛が絡んでいた。

 掴んだ感触の無いまま、フリフリと手を振ってみれば、確かに鏡の中で純白の髪がフサフサと揺れている。

 ごくり、

 と、我知らず、喉が上下する。

 こ、これって、もしかして、心霊現象――、

 最悪の結論に達しようとしたその時、

「おい、優花」

「ぎゃーーーーっ!」

 聞き覚えのある低音ボイスに名を呼ばれ、優花は絶叫を上げて飛び上がった。



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