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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
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10

 授業には完璧に遅刻だが、優花にとっては、正直それどころじゃないというのが本音だ。

 他の三人も同じ気持ちのようで、誰も、音楽室へ急ごうとは言い出さない。

 すぐに晃一郎が階段の上に駆け上がり、周囲を確認したが、犯人が悠長にその場に留まっているはずもなく、三時間目の授業時間に突入した廊下には、人っ子一人いなかった。

「痕跡も、まったくなし……か」

 鋭い眼光で周囲を窺っていた晃一郎は、ため息混じりの呟きを落とすと、優花たちの居る踊り場まで戻ってきた。

「優花、犯人を見たのか?」

「ううん」

 思案気な晃一郎に問われ、優花は素直に頭を振った。

 姿を見るどころか、気配すら感じなかった。

「そうか……」

 だとすれば、犯人を特定するのは難しい。

 それこそ、心の中でも覗けない限り、至難のワザだろう。

 この件が他愛無い悪戯か、それとも確固とした害意があるのか。

 どちらにしても、多かれ少なかれ、優花に対して何者かが『悪意』を抱いていることは疑いようがない事実だ。

――私、誰かに恨まれているの?

 自分でも気付かないうちに、誰かに、恨まれるような酷いこと、しちゃったの……かな?

「どうして……?」

 呟くように発した声が、喉の奥に絡んでうまく出てこない。

 分からない。

 十七年間生きてきて、こんな経験は初めてで、優花はどうして良いのか分からなかった。

 ただ、誰かをこんな凶行に走らせた原因が自分にあるのなら、その人に申し訳ないと思うのだ。

 ぐるぐると、ネガティブ思考全開でそんな事を考えていたら、晃一郎に「ばーか!」と軽い罵倒付きで、頭をこつんと小突かれた。

「晃ちゃん、イタイ……」

――確かにお馬鹿かもしれないけど、なにも今、こんな時に言うことないじゃないのよ。

 少し悲しくなってきたところに、意外なほど柔らかなトーンの声が降ってきた。

「変なふうに考えるなよ。理由がなんにしろ、悪いのは『犯人』であって、優花、お前じゃない」

「そうそう、たまにはイイこというじゃないの、御堂のわりに」

 玲子が、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。

 リュウも、気持ちは同じらしく、うんうん頷いている。

「たまには、は、よけいだ」

――ううっ。

 晃ちゃんが、優しい。

 玲子ちゃんもリュウ君も優しい。

 気持ちが弱っているときの優しさは、ある種の、凶器だ。

 何だか緩んでいた目頭が決壊しそうになった優花は、スン、と鼻をすすった。


 留学生のリュウを交えた案内役二人を含む生徒四人が、揃って仲良く授業に出てこないのでは、担当教師は内心ドキドキものだろう。

授業がある手前自分では探しに来ないだろうが、週番あたりに様子を見に来させるくらいはするはずだ。

「ここで、こうしてても仕方ないし、犯人探しは保留ということで。とりあえず音楽室に行こうか? 捜索隊が出ないうちにさ」

 苦笑交じりの玲子の提案に、皆めいめいに階段を降り始める。

 先に優花とリュウ。

 その後に、晃一郎と玲子が並んで続く。

 もう既に遅刻してしまっているので今更急ぐ必要もないから、歩調は緩やかだ。

――ああ、やっちゃったなぁ……。

 優花は小柄な体をさらに縮こまらせせて、脳内反省モードに突入していた。

 晃一郎と玲子ばかりか、リュウにまで迷惑をかけてしまうなんて、案内役失格もいいところだ。

「ごめんね、みんな。リュウくんも、初めての音楽の授業なのに、私のせいで遅れちゃってごめんね……」

「気にしないで下さい。ゆーかのせいではありませんよ。それに、ゆーかが居てくれるおかげで、ボクは授業を受けるのが、とても楽しいんですから」

 傷心の友人に対して、大分リップサービスがプラスされてはいるのだろうが、ニッコリと、優花に向けられるリュウの笑顔に、嘘は見えない。

――そうなら、嬉しいんだけど。

 でも、こうも臆面もなく自分の存在を肯定されると、こそばゆい、と言うかかなり照れくさい。

「私に出来ることなら、遠慮しないで何でも言ってねリュウ君」

「はい。わかりました、遠慮なく。そうですね、早速ですが……」

 優花とリュウの微笑ましいやりとりをニコニコと後ろから見守っていた玲子が、その笑顔のまま、隣で面白くなさそうに黙り込んでいる晃一郎に、ボソボソと囁きかける。

「おやおや、なんかいい感じに盛り上がっちゃってますよ、お二人さん。このまま怒涛のラブロマンス路線突入ー、とかしちゃったら楽しい恋のトライアングルバトルが見られるかなぁ? ねー、御堂ー」

「うるさい。妄想は脳内だけにしとけよ、村瀬」

「ほほぅ、いつもより反応が辛辣だね、今日の幼馴染殿は。その金髪化といい、何か心境の変化でもありましたかな? ふっふっふっ」

『アンタの気持ちなんか全てお見通し、作家志望を舐めるなよ?』

 そんな晴れやかな笑顔を向ける玲子に、何か反撃してやろうと開きかけた晃一郎の口は、言葉を発することも出来ずに開いたまま固まった。

 ついでに、四人全員の足も止まる。

 原因は、リュウの放った優花に対する『遠慮ないお願い』とやらのせいだ。

「ゆーか、ボクとお付き合いしませんか?」

 出会って数時間の相手に向けるには充分過ぎるほどのビックリ発言だが、ここまでならまだ、理解の範疇だ。

 世には『一目ぼれ』というものも存在するのだ。

 しかし、続く言葉が、高校生男子が発するにはあまりにも、常識からかけ離れていた。



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