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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
29/37

09

「うっ、いたたたたっ」

「っ……てぇ……」

 誰が見ても、巻き込んだ側より巻き込まれた側の方が、被害は甚大のようだ。

 なんとか落ちてきた優花を抱きとめようと手を伸ばした晃一郎だったが、どういうわけか、その手を跳ね除けて、当の優花が力いっぱい抱きついてきた。

 恐怖から出た反射的な行動だろうとは理解できるが、そのおかげで晃一郎はバランスを崩して、踊り場まで落ちる羽目になったのだ。

 まさかの珍事、もとい惨事に、さすがに顔色を無くした玲子とリュウが慌てて駆け寄ってくる。

「ちょっ、ちょっと、あんたたち、大丈夫なのっ!?」

 無闇に助け起こしてもいいものか、迷ったように手を彷徨わせる玲子の切迫した問いに、優花に抱きつかれたまま、しっかりクッション代わりに下敷きにされている晃一郎は、低く呻いた。

「……大丈夫なわけ、あるかっつうの。見りゃあ、わかるだろうがっ。ってか、重いぞ優花、いい加減にどいてくれ!」

――え?

 あ、ああああっ!?

「ご、ごめんっ、晃ちゃん!」

 しっかり晃一郎の胸元に抱きついたままだった優花は、己の行動にやっと気付いたように、瞬間湯沸し機並みに顔を上気させつつ、泡を食って自分の身体を引き剥がした。

 その急激な動きのせいか、こめかみにズキンと鋭い痛みが走り、思わず呻き声が、優花の口を突いて出る。

「った……」

「頭が痛いの優花!?」

「どこかにぶつけたりしましたか?」

 心配げに問う玲子とリュウに、優花は、「ううん。平気、大丈夫だよ」と、どうにか笑顔を作ってみせる。

 ぶつけてはいない、

 はずだと思う。

 晃一郎がクッションになってくれたお陰で、ほとんど、実害はないに等しい。

 むしろ、心配なのは、下敷きにされた晃一郎の方だ。

 高校三年生女子としては小柄な部類で標準体重な優花とはいえ、あの勢いで人間一人を抱えて階段を転げ落ちたのだ。

 骨折くらいしていても、おかしくはないし、それこそ頭でも打っていたら、大事だ。

 脳内出血や内臓破裂といった最悪のフレーズが勢い良く脳内を駆け巡り、優花は、顔面蒼白になった。

「晃ちゃん、大丈夫? ケガしたりしてない? 保健室いこうか? それとも、先生に言って病院に行った方がいいかな……?」

 おろおろと、情けなさと申し訳なさで涙目になりながら問う優花に、渋い表情だった晃一郎は、ふっと目元を緩めた。

「ばぁーか。このくらいでケガするほどヤワじゃねぇよ、優花じゃあるまいし」

 言葉自体は辛辣だが、声のトーンは柔らかい。

「ほら、いつまでそんなとこに座ってるつもりだ?」

 晃一郎は、ケガはしていないという言葉を証明するようにワンアクションで立ち上がると、踊り場の床にぺたりと座り込んだままの優花に手を差し出した。

 さりげない優しさは、いつもの晃一郎と変わらない。

「ありがと。ほんと、ごめんね晃ちゃん……」

 約一名、しょぼくれてはいるが、大過なく立ち上がった優花と晃一郎の様子に、玲子とリュウはそれぞれ安堵のため息を吐いた。

「たいしたことなくて良かったよ。でも、本当に気をつけなよ優花。階段の転落事故って、意外と死亡率高かったりするからね」

「う、うん、気をつける……」

 ありがたい親友の忠告に、素直に頷きかけた優花は、ある重大なことを思い出して、ギクリと固まった。

 背中を、嫌な汗が伝い落ちる。

 そうだ。

 確かに急いでいたし、じゃっかん、いや、かなり注意力は散漫な状態だったかもしれないが、けっして自分で足を踏み外したわけじゃない。

「押された……の」

「え――?」

「誰かに、背中を押されたの」

「ええっ、何、ソレ!?」

 玲子が驚くのも無理はない。

 自分で足を踏み外したならただのドジですむが、誰かに押されたとなると傷害事件、立派な犯罪だ。

「本当なのか?」

 晃一郎に、真剣な眼差しで問われた優花は、コクリと頷く。

「本当だよ、こんなことで嘘なんかつかないよ、私」

 不安げな優花の声を掻き消すように、授業開始のチャイムが鳴り響いた。









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