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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
28/37

08

 時間には厳しいが、他のことには比較的融通がきく担当教師のフリーな性格を反映して、音楽の授業は、基本的に席順が決まっていない。

 だから、教室に早く着いた順番に、生徒は自分の好きな席に座っていくことになる。

 教師からなるべく離れた後ろの席から座りたいのが人情で、恐らくは最後に到着するはずの優花たちは、おのずと最前列の真ん中辺りにしか座れない。

 最前列は、内職もしにくいし、体育のあとの疲れを癒す居眠りも出来ない。

 常ならばため息モノの出遅れだが、今の優花には、救いの手に感じられた。

――よし。

 ここはいっそ、最前列でしっかり授業を受けよう!

 今度こそは、ぜったい居眠りしたりしないぞ!

 心のなかで自分に気合いを入れ、階段を降りようと、足を一歩踏み出したときだった。

 トン――!

 と、背中が、強い力で『誰かに押された』。

 否、『突き飛ばされた』。

 ――えっ!?

 っと、声を発す暇もなく、体がフワリと、宙に投げ出される。

 玲子とリュウは、すでに、十数段下の踊り場付近を歩いているし、晃一郎も、数段、先を降りている。

 授業もあと数分で始まろうとしている廊下に、人気は無かったはずなのに。

 それでも優花は、背中に走った、あきらかに『誰かに意思的に突き飛ばされた』感覚におののいた。

 バレーボールを、顔面でレシーブするレベルの話じゃない。

 打ち所が悪ければ、夢見るどころか、永遠に夢すら見られない状態に陥るかもしれない。

 悲鳴さえ上げる暇も無いはずなのに、

 妙に冷静に分析している自分に、優花は驚いてもいた。

――ああ、あの時と、一緒だ。

 三年前の、事故のときと。

 まるで、スローモーションのように、妙に長く感じる一瞬の時の流れ。

 待っていたのは、逃れようの無い悲劇――

「優花っ!?」

 驚きと言うよりは、もはや怒声に近い晃一郎の呼び声が耳朶を叩き、優花は、我に返った。

 数段下に居る晃一郎の振り返る背中が、一気に眼前に迫る。

 う、うわっ、

 ぶつかるーーーーっ!

 このままでは、晃一郎もろとも、十数段下の踊り場まで真っ逆さまだ。

 それだけは避けたいと思うが、夢の中の異世界の物語じゃあるまいし、超能力者ならぬ優花には、どうすることもできない。

 重力に引かれるまま、落ちることしか出来ない優花は、ぎゅっと目を瞑った。

 ドン――、と、

 優花の予想通り、他人の身体にぶつかる鈍い音が上がり、全身に衝撃が走った。

 そして再び、その人物もろとも、更に下に落ちる感覚に、優花は泣きたくなった。

 自分だけならまだ我慢できる。

 でも、他人を、

 それも、近しい人間を巻き込んでしまうのだけは、耐えられない。

――ううん、絶対、嫌だっ!

 感情の爆発と共に、視界から色彩が消えた。

 全身を走り抜けるのは、灼熱間。

 それに耐えながら、優花は、目の前に居るはずの人物を求めて必死に手を伸ばし、触れたと感じた瞬間、無我夢中でその体を抱き締めた。

『止まれ!』

 と、念じたのか、それとも『浮け!』と願ったのか自分でも定かではない。

 ただ、一瞬だけ、重力のクビキから解き放たれたかのように、身体が浮いた――、

 ような気がした。

 が、それは、気のせいだったかもしれない。

 なぜなら、結果的に、優花はものの見事に晃一郎を巻き込んで、踊り場まで転がり落ちたのだから。



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