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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
24/37

04


 文句を言いつつも一度試合が始まれば、スポーツ万能選手の晃一郎は、目立った活躍を見せていた。

 相手コートに華麗なるジャンピング・サーブを決めた晃一郎の運動神経が、少しばかり羨ましい。

 運動は嫌いではないが、決して得意とは言えない優花だった。

「ゆーか。聞いてもいいですか?」

 ひとしきり漫才談義に花を咲かせたリュウが、逡巡するような短い沈黙の後、静かに問いかけてきた。

 まっすぐ向けられる眼差しは柔らかいが、真剣そのものだ。

 心の奥底を見透かされそうな澄んだ瞳に見つめられて、優花はドギマギしてしまう。

 な、なんだろう?

 優花は、思わず背筋をピンと伸ばして居住いをただし、リュウに向き直った。

「私に答えられることなら、いいけど……」

 担任の鈴木先生から案内役を頼まれていると言う義務感からではなく、素直な厚意から、優花は自分の出来る限りリュウの役に立ちたいと、そう考えていた。

「さっき、泣いていた理由を」

「……え?」

 今までの話の流れからてっきり、好きな漫才のネタでも聞かれるのかと思っていた優花は、意外なリュウの言葉に、虚をつかれて目を丸めた。

「言いたくないのなら、無理には聞きませんけど、気になってしまって……」

 いきなり目の前でよく知らない他人がボロ泣きしたら、優花でも気にはなるだろう。ただ、その涙の理由を、直接本人に聞くことはしないだろうが。

 好奇心よりも、個人のプライベートに踏み込むことへの遠慮が、上回ってしまうのだ。

 率直に疑問を質問に変えてくるあたりは、やはり欧米人ならではの、積極的な性格の現れだろうか。

「えっと、あのね……」

 涙の理由。

 玲子は晃一郎のせいだと決め付けていたが、決して、頭をかき回す晃一郎の手が乱暴で、痛かったから泣いたのではない。

 自分でもどうしてだか分からないのに、理由を問われても、困ってしまう。

「コウと、ケンカでもしましたか?」

「はい?」

 ――晃ちゃんと、ケンカ?

「う、ううん。別にケンカは、してないけど、どうしてそう思ったの?」

『晃一郎とケンカしていて優花が泣いた』のだという推論に、どうしてリュウが至ったのか不思議な優花は、思わず質問に質問で返してしまった。

「それはやはり、恋人とケンカをすれば、女の子は泣いたりするものでしょうから」

「はい?」

 酷く聞き捨てならないフレーズを聞いた気がして、優花は、勢いよく眉根を寄せる。

「ですから、恋人とケンカすれば、悲しくなっても仕方ないと思うんです。でもほら、『雨降って地固まる』って言いますし、あまり気にしない方がいいですよ」

 ちょっ、ちょっとまって。

 今、なんて言った、この人。

 恋人とケンカって、誰が誰と恋人でケンカして泣いたって?

「ちがっ……、違うよ、リュウくん!」

 どこをどうしたら、そういう誤解が生じるのだろう?

 優花は、リュウの激しすぎる誤解を、両手に握りこぶしを作って思いっきり否定した。

「……え? 違うんですか?」

 キョトンとした表情で目を瞬かせるリュウに、優花は断固として真実を告げる。

「うん、違うっ! 晃ちゃんは恋人じゃなくて、ただの幼なじみだからっ」

「幼……?」

 えーい、幼なじみって英語でなんていうんだっけ?

 不思議そうに小首をかしげるリュウに、優花はあまり豊かではない英語力を駆使して、説明を試みた。

 結果。

「そうですか。コウとゆーかは、ただの友達なんですね!」

 ニッコリ、と。

 満面の笑みで、リュウは優花の言わんとすることを、どうにか理解してくれた。

 ホッと胸をなでおろす一方で、優花の心にフツフツと湧き上がってきたのは、晃一郎へ対する憤り。

 優花は、リュウから聞いてしまったのだ。

 一時間目の現国。

 優花が眠りに落ちていた時に、リュウと晃一郎の間で交わされたメモの内容を。

『昨夜、彼女は俺と徹夜して疲れているから、起こすな!』

 そんな内容のメモを見せられたら、リュウが勘違いするのも仕方がない。

「……晃ちゃん」

 すぐにバレるような嘘をつくなんて、どう言うつもりなの?

 コートの中で大活躍中の不届者にギロリと鋭い眼光を投げつけ、優花は低い声でその名をつぶやく。 

 今度戻ってきたら、問い詰めてやるっ!

 不穏な空気を察してか、コート上では、晃一郎が背筋にゾクリと悪寒を走らせていた。




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