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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
23/37

03


「次は、AチームとCチーム、集合ー!」

 審判席から、体育教師の張りのある声が飛んできて、優花の隣に座っていた玲子は、ゆっくりと腰を上げた。

「次の試合、アタシのチームだから行くけど、優花、大丈夫?」

 心配げな玲子の問いかけに、優花はどうにか口の端を上げ『平気だよ』と、両手を振った。

「ほら、晃ちゃんも、それに、リュウくんもいるし」

 優花の言葉に、リュウは穏やかな笑みで答え、晃一郎は、ウンウンと頷く。

「そーそー。心配ないから、行ってきな」

 しっしっ! とばかりに、

 たった今まで玲子が座っていた場所にどっかりと腰を落ち着け、左手をひらひら振る晃一郎に、玲子は険のある鋭い視線を投げつける。

「あんたが居るから、心配なんでしょうが、干し草頭!」

「干し……草?」

 とげとげしい玲子の態度と言い草が少しばかり勘に触ったのか、晃一郎は眉間に浅い縦ジワを刻んだ。

「干し草が嫌なら、ヒヨコ頭でもいいけど。ヒヨコじゃ可愛すぎるでしょ。馬にかじられる干し草で充分よ」

「……なんか村瀬、今日は、やけにつっかかるよな?」

「つっかかってんのは、そっちでしょう? 大体ね、今日のあんたオカシイよ? そもそも、その頭の金髪化。それからして、かなーりオカシイ!」

 ――やだ。なにこれ?

 二人のやり取りを見ていた優花は、ドキリと身をこわばらせた。

 玲子は、晃一郎にはなんとなく態度が冷たい。

 今までも、そう感じることはあったが、あくまで『そうなのかな?』と感じる程度であって、今のよう正面切って、露骨に批判するような言葉をぶつけることはなかった。

「お前なぁ、他人様に向かって『オカシイ』とか言っちゃいけないって、幼稚園の先生に教わらなかったか?」

「あらぁ? オカシイ人にオカシイって言って、何が悪いかな? アタシ、嘘やお世辞が嫌いな性分なのよね」

 いつになく激しい舌戦を繰り広げる晃一郎と玲子の姿に、否が応でも優花の脳裏に浮かぶのは、先刻夢に見たパラレル・ワールドの二人の姿。

 消しようのない既視感は、不安の種を大きく膨らませていく。

 どうしても、夢に引きずられてしまう。

 そんな自分の思考を振り切るように、優花がギュッと唇を噛んだその時。

「おーい、御堂! 人数足りないから、お前Cチームに入ってくれ!」

 体育教師の鶴の一声が、無限ループしそうな舌戦に、終止符を打ってくれた。


「なんで俺が……」とブツブツと口の中で文句を言いつつ、優花の隣から立ち上がろうとしなかった晃一郎は、玲子に引きずられるように、コートに引き出されて行く。

 その姿を、優花は、ぼんやりと目で追った。

 皆から少し離れた壁際に残されたのは、優花とリュウの二人。

「隣に座ってもいいですか?」

 ニコリと柔らかな笑顔で問われ、優花の鼓動はドキリと跳ね上がった。

 異性に対する恋愛感情的なものからではなく、そこに宿る既視感に、跳ねた鼓動は変なふうに乱れてしまう。

 向けられる瞳は、深い海の底のような、ディープ・ブルー。

 すべてを優しく包み込んでくれそうな包容力のある、この深い瞳の色。

 やはり、知っている気がする。

「あ……、うん。どうぞ」

 コロンだろうか? 

 微かな甘い香りを身に纏って、優花の隣にフワリと腰を下ろしたリュウは、愉快そうにコートに視線を走らせながら、予想外のセリフを吐いた。

「ああいうのを、『おと漫才』と言うんですね」

「……え?」

 夫婦……漫才?

 リュウの唇から飛び出してきた意外すぎる単語に、優花はキョトンと目を丸める。

「コウとレーコの二人のことです」

 コウとは晃一郎、レーコとは玲子のことだろう。

 そういえば、優花のことも最初から「ゆーか」と、名前で呼んでいた。

「ゆーか」と呼ぶときだけ、若干、声のトーンに甘さが加味されている気がするが、おそらく優花の気のせいだろう。 

 アメリカと言うお国柄か、知己を得た人間を、ファースト・ネームで呼ぶのが彼の流儀らしい。

「夫婦漫才って、知ってるんだね、リュウ君」

「ええ。大ファンです。楽しいですよねアレは。ただの喧嘩のように見えて、その奥に込められている愛憎模様が、なんとも言えず楽しいです」

「愛憎……」

 晃一郎と玲子の愛憎模様とやらを想像して、思わず優花は小さく吹き出した。

「やだ、リュウ君ってば、日本語上手すぎ」

「そうですか? 褒めてもらえて嬉しいです」

 意外だが楽しい話題に、自然と優花の気持ちもほぐれていく。

 そんな優花の表情の変化を捉えたのか、リュウは、ホッとしたように呟きを落とした。

「よかった」

「え?」

 リュウとの会話を楽しみながら、ほどほどに白熱するバレーの試合を目で追っていた優花は、その呟きの意味を掴みかねて、反射的に、すぐ隣、斜め上方にあるリュウの顔に視線を向けた。

 穏やかなディープ・ブルーの瞳には、安堵の色が見える。

「やっと笑ってくれたので、よかったと思って」

 ――心配してくれたの?

 それで、わざと明るくなれる話題をふってくれたんだ……。

「ありがとう」

「何がです?」

「ううん、なんでもないよ」

 ――優しい人なんだな。

 そう思った。

 他人を労われる、優しい人。

 一ヶ月。

 短いか長いか良く分からない期間だけれど、きっと、リュウくんとは良い友達になれる――。

 優花は、そんな確かな予感を抱いた。




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