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【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~  作者: 水樹ゆう
第三章◆異 変 《Accident》
22/37

02

 ポツリポツリと、

 今まで夢に見たことを、順を追って話し終えた優花に、玲子は、ため息混じりの生真面目な視線を向けた。

「パラレル・スリップか。そりゃまた、壮大な夢だねぇ……」

 腕組みをして考え込んでいる様子の眉間に、うっすらと縦ジワがよっている。

 以前、ちらりと『逃げる夢』の話をしたときのように、てっきり、興味津々の例の『小説ネタ取材モード』で来るだろうと思っていた優花には、その玲子の反応が意外だった。

「で、その続きを見るのが、怖いって?」

「うん……。なんだか、とても嫌なことがありそうな気がして、怖い……」

「そっか。でも、逆に、全部見てしまうっていうのも、一つの解決策ではあると思う」

「え?」

 全部、見てしまう?

 あの、夢の続きを?

 それは、嫌だ。

 優花は、ブンブンと頭を振って、その案を思いっきり却下した。

「そっか……。まあ、嫌なものを、無理強いはしないけどね」

 少し残念そうに玲子は肩をすくめたあと、何かに気づき、口の端を上げた。

「あ、イケメンズが、心配しておいでなすったよー」

 イケメンズ?

 玲子の視線の先には、バレーの試合が終わったのだろう、晃一郎とリュウが連れ立って歩み寄ってくるのが見えた。

 ホームルームの時に感じた、そこはかとない不穏な空気は微塵も感じられず、楽しげに会話を交わしながら、近づいてくる。

「へぇ、あの二人。そりが合わないかと思ったけど、意外と仲良し?」

 さすがの作家志望の観察眼。

 玲子も、晃一郎とリュウ、二人の間に流れる微妙な空気を感じ取っていたらしい。

 意外そうに見張られたメガネの奥のつぶらな瞳が、愉快げに細められる。

「でも、残念。グレかけた優等生と謎の美少年転校生の狭間で揺れる、優花の恋模様が見られるって思ったのになぁ」

「玲子ちゃん……」

 誰が、グレかけた優等生で、誰が謎の転校生だ?

 第一、リュウくんは留学生だし。

 やっぱり、玲子は、その方向で考えていたのかと、優花は肩の力ががっくりと抜けてしまう。

「鼻は再生したか、優花? って、まだ沈没したままみたいだな」

「大丈夫ですか、ゆーか? まだ少し顔が赤いですね」

 無礼千万な前者は晃一郎で、礼儀正しい後者はリュウのセリフだ。

 どう贔屓目に見ても、リュウの方が紳士的で優しい。

 普段の晃一郎ならば、どちらかというと、リュウのように心配げに声をかけてくれるのに。

 ――やっぱり、晃ちゃん、いつもと違う気がする。

 俺様で、少し意地悪な物言い。

 これじゃまるで……。

「おーい。本当に大丈夫か?」

 無反応な優花の頭を、晃一郎が無造作にかき回す。

 大きな手のひらの温もりを感じた、その途端だった。

 何かが、

 なんだか分からない大きな感情のうねりが、せきを切って溢れ出した。

 ポロリ、

「……あれ?」

 ポロポロポロリ。

 優花の頬の稜線を、涙の雫が伝い落ちる。

 一旦溢れ出した思いは、どんどんどんどん溢れ出し、とめどない。

「ちょっ、どしたの優花!?」

 ぎょっとしたように玲子が顔を覗き込んでくるが、優花自身もワケが分からないのだ。

 胸の奥が苦しくて、

 切なくて、

 ただ、涙が溢れた。

「あーあ。御堂ってば、何、優花をいじめてんのよ?」

 ジトリと、冷たい視線を投げつける玲子のセリフに、晃一郎は憮然と口を開く。

「別に、いじめてなんかない」

「だって、優花、泣いてるじゃないのよ?」

 尚も、責めるように睨む玲子とひたすら涙を零す優花へ交互に視線を走らせ、晃一郎は、困ったように鼻の頭をかいた。

「……悪い。今の、痛かったか?」

「ううん……」

 涙で濡れた頬を、手の甲でゴシゴシとぬぐい、優花は笑おうとしたが、うまくいかない。

 ――やだ、もう。

 なんで、こんなに泣いてるんだろう、私?

 自分で自分の感情がコントロールできないなんて初めてで、情緒不安定もいいところだ。

 わけが分からない。

 分かっているのは、

 この涙の原因が何なのか。

 その答えはたぶん、あの夢の続きにあるということ――。



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