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博士と晃一郎が本来の研究所の仕事に戻ったため、病室には優花と玲子の二人が残された。
去り際に、博士に『優花ちゃんを、あまり疲れさせないようにね』と言われた玲子は、『分かりました』とニッコリ笑顔で答えていた。
晃一郎と同じく、玲子も博士には、とても礼儀正しい。
――なんとなく、ここで最強なのは、鈴木博士なんじゃないかと思う。
年上だということだけじゃなく、あのエンジェル・スマイルで穏やかに言われたら、優花だって、たぶん『YES!』としか言えない気がする。
「そうなのよねぇ。あの無邪気な少年のような瞳で言われたら、さすがのアタシも、反論できないわぁ。無自覚な乙女キラーなのよね、あのおじさま。愛妻家で子煩悩なのもポイント高いし……」
ベッドサイドのパイプ椅子に陣取った玲子は納得げに呟きながら、ベットに横たわる優花に向かって、うんうん頷いた。
「あ、あの……」
考えていることに反応して答えてくる、ということは、やっぱり。
「ああ、アタシも一応超能力者の端くれなの。もっとも、全人類で一番多い最低のFランクのテレパス、って、こうして他人の心を読むくらいしかできないんだけど。ごめんね、勝手に心を読んじゃって。マナー違反だね」
エヘっと舌を出して、玲子は悪びれる様子もなく、肩をすくめる。
玲子が超能力者で驚いたとか心を読まれて嫌だとか、そんなことよりも、なんだか、晃一郎と同じようなことを言うので、優花は思わず笑ってしまった。
「あ、ううん、いいの。そんなに大したことは考えてないから」
あははと、手を振ろうとしたら、腕が少ししか上がらず、ハッと厳しい現実に引き戻されてしまう。
――そうだった、私の体は、リハビリが必要だったんだ……。
一連の様子を見ていた玲子は、力なく胸の上に投げ出してしまった優花の手に自分の両手を重ね、励ますようにギュッと力を込めてくれた。
「不安だと思う。けど、博士も御堂君も、アタシもついているから。イレギュラーでも、あなたは優花。アタシの親友なんだからね。それを忘れないでいて」
優花が知っているよりは幾分大人びた、真っ直ぐな瞳に、嘘や偽りは見えない。
そう、優花にだって分かっている。
この人は異世界の初めてあった人。
でも、この人の魂は、確かに玲子のものだ。
信じていい人だ。
晃一郎や博士と同じように。
それは理屈ではなく、本能が感じること。
心の奥深いところで、優花はそう確信していた。
「ありがとう。玲子ちゃん……」
その手の温もりがやたらと胸にしみて、なんだか、鼻の奥がツンとしてしまう。
「あ、そうだ、聞きたいことがあるんだけど……」
気を紛らわせようと、さっき博士に聞きそびれていたことを、玲子に質問することにする。
「なに?」
「あのね、ここの世界の、優花――さんのことを聞きたいなぁって思って」
一瞬、玲子の手にビクリと力が込められ、すっと優花の手から離れた。
「玲子……ちゃん?」
「うん、そうだよね。気になるよね……」
晃一郎にはあれ程、歯に衣を着せぬはっきりした物言いをしていた玲子が、とても言いにくそうにしている。
その様子に、優花の心の奥でくすぶっていた漠然とした嫌な予感が、暗雲のように膨れ上がる。
――まさか。
まさか、ここの優花は……。
少しの沈黙の後、玲子はゆっくりと口を開いた。
「優花は、死んだの」
静かに落とされた言葉に、優花は息をするのも忘れて、聞き入った。
「一年前、政府要人を狙ったテロに巻き込まれて、死んでしまったの。その場に居た、恋人である御堂君の目の前でね……」
――政府要人を狙ったテロに巻き込まれて、死んだ……?
その場に居た、恋人、晃ちゃん目の前で?
静かに、そして残酷に。
告げられたその事実は、あまりにも重かった――。




