09
――そういえば、私の晃ちゃんも、理数系が得意だったりする。
もしかしたら、将来、お医者様になったりするのだろうか?
『私の晃ちゃん』、
思わず『私の世界の晃ちゃん』を省略してしまい、そのフレーズでハッと脳裏に甦ったのは、ここの晃一郎の『俺の優花じゃない』という、苦しげな言葉。
この世界が、自分が居た世界と良く似た世界なら、晃一郎とそっくりな金色頭のスーパー晃一郎がいるのなら、もしかして。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが……」
『ここにも如月優花――さんは、居るんでしょうか?』
おずおずと、もちろん、晃一郎にではなく博士に尋ねようとしたその時。
ガラリ!
突如、何の前触れもなく病室のスライドアが勢いよく全開し、優花たち三人は、弾かれたように、一斉に入口へと視線を走らせた。
そしてすぐさま続く、殆ど絶叫。
「やだ、本当に、優花ーーっ!?」
――え?
スレンダーなボディに、健康そうな小麦色の肌。
好奇心に満ちた生気溢れる大きな瞳と、揺れる、少し癖のあるセミロングの栗色の髪。
黒と、栗色。
髪の色が違うことを除けば、優花を視認するなり、ベッドサイドに怒涛のように駆け寄り、躊躇う様子もなく優花の首ったまに抱きついて頬ずりしてきた女の子は、村瀬玲子。
間違いなく、優花の三年来の親友だった。
「優花だ、優花だ。このモチモチ、プニプニ、プルル~ン! この感触、間違いないっ。やっぱり優花なのねぇっ!」
――あわわわわっ!
ベッドに横たわったまま、ほとんど伸し掛かられ状態で、更に熱烈な玲子の頬ずり攻撃にさらされた優花が、言葉も上げられずに、ただただ目を白黒させていたら、
「……博士ですか? こいつに、優花のことを教えたのは」
と、晃一郎の唸るような低い声が降ってきた。
『こいつ』の、イントネーションに、何かただならぬ殺気を感じる。
でも、博士はそんなことを気にする様子は微塵もなく、
「ああ、私が連絡したんだよ。どちらにしろ、知らせずとも村瀬くんなら、遠からず自分の情報網から事実を割り出し、駆けつけただろう? ならば、最初から教えておいても、問題はないと思うよ。それに、優花ちゃんのこれからにも、村瀬くんの人脈とコネは有用だろう?」
あくまで穏やかに諭すようにそう言うと、ニッコリと、ダメ押しの笑みを浮かべた。
晃一郎は一言も反論できず、でも、明らかに不服そうな渋面を作る。
「ナァニ? 御堂くん、アタシに知らせないでバックれるつもりだったんだ? へぇ、さすがに特Aランク様はやる事がエゲツなくていらっしゃる」
優花の頬から自分の頬を引きはがし、でも首に回した手は離さないまま、玲子は、ギロリと鋭い眼差しと棘だらけを言葉を晃一郎に投げつける。
――あれれ?
もしかして、晃ちゃんと玲子ちゃんって、犬猿の仲なの?
にらみ合う二人をポカンと見ていたら、そんな優花の気持ちを読んだみたいに、
「違うわよ、恋敵だったの! こいつは、アタシの大事な親友を毒牙にかけた憎っくき野郎なのよっ」
と、玲子は、優花に大きすぎる声で耳打ちをする。
――それって、恋敵?
というか、玲子ちゃんも心が読める人?
「誰が毒牙にかけた、誰がっ!」
「そこの干し草頭に決まってるじゃない!」
「あんただって、似たような頭じゃないか!」
「あら、失礼ね。アタシのは麗しい栗色の御髪と言うのよ。馬にかじられる干し草頭と一緒にしないでよ!」
「俺は馬にかじられた事はないっ!」
――え、え~と。
「二人とも、それくらいにしておきなさい。優花ちゃんが、困っているじゃないか」
のんびりとした声音にも関わらず、さすがの博士効果。
鶴の一声で、二人のバトルは終わりを告げた。




