07
入院着などで、誰かに抱きかかえられるものじゃない。
特に今、優花が着せられているのは、淡いブルーのワンピース型のもので、膝上くらいの長さしかない。
下はスースー、素足のまま。
これでいわゆる『お姫様抱っこ』をされているものだから、裾が腿上限界点までまくれ上がって、とんでもないことになっている。
言うまい。
言っちゃだめだ。
『そんなこと』知りませんと気付かないふりをして、さりげなくベッドに戻させ……、
否、戻して頂かなくては。
「こっ、晃ちゃん、もうそろそろベッドに戻してもらえるかな? 少し、疲れちゃったみたいだから、あははは」
「ああ、大丈夫だ。そんなに重くないから、気にするな」
って、違ーう!
こんな至近距離で、耳元に囁かないでっ!
「そうじゃなくって――」
なんて理由をつければ、すんなり気付かれずに、戻してもらえるだろう?
と、せわしなく考えを巡らせていたのに、、そんな優花の苦労は、ニコやかに放たれた晃一郎のセリフによって木端微塵に吹き飛ばされた。
「せっかくいい眺めなのに、もったいないじゃないか」
げっ!?
しっかり気付かれているっ!
み、見るなバカっ!
と、心で叫んで、速攻で裾を持ち上げようとするけど、なんだか両手にうまく力がはいらない。
「ちなみに、俺から目線だと、そっちよりもっと上の方が、いい眺めなんだなこれが」
「なっ!?」
どこまでもスマイル全開のセリフと共に落とされた晃一郎の視線の先には、胸ぐりが大きく開いたワンピースの隙間から覗く二つの小山が作り出す谷間が、チラリ。
ぎゃーっ!
あたふたと、胸元を抑えようと両手を上げてみるけどやっぱり上手くいかず、どうしようもなくなった優花は、自分の胸元を隠せる唯一の方法、つまりが、晃一郎の体に殆ど体当たりで体を寄せた。
結果。
確かに見えなくなった。
見えなくなったけど、これじゃまるで傍から見たら熱い抱擁を交わす恋人同士みたいじゃない。
「うんうん、そう見えるだろうな」
笑いを含んだ声が頭上から降ってきて、とっさにに取った行動が更に墓穴を掘ったことに気付いたけれど、後の祭り。
薄い布越しにやたらと熱く感じる体温が、早くなる鼓動に拍車をかける。
ひーんっ。
何よ、このセクハラ大魔王っぷりはっ!?
やっぱりこいつは、絶対、晃ちゃんなんかじゃないっ!
そりゃあ晃ちゃんは、玲子ちゃんに言われるまでもなく『女好き』で好みの子にはモーションかけまくりな所はあるけど、私にはいつだって、楽しくて優しくて、頼りになる理想のお兄ちゃんだった。
こんなデリカシーのかけらも持っていないスットコドッコイとは全然違う!
「ふぅん。そっちの俺は意外と不器用なんだなぁ」
「ちょっ、ちょっと、勝手に心を読まないでよっ! マナー違反なんでしょっ!」
「だーかーらー、お前の思考ってダダもれなんだって。読もうとしなくても全開で伝わってくるの。もっとも、わざわざ力を使わなくても、表情を見てれば考えてることなんか、面白いくらいに丸わかりだけどなー」
むうっ。
何だか、ものすごくバカにされている気がする。
「丸わかりで悪かったわね。いいかげん、とっととベッドに戻してよっ」
「イヤだー」
「イヤだー、じゃないっ!」
語尾を伸ばすな、語尾を!
と、見た目は熱い抱擁を交わす恋人どうし、実際は只今絶賛決闘中な二人の飽くなき戦いに終止符を打ってくれたのは、突然上がったノック音だった。
スライドドアの向こうからペタペタサンダル履きで現れた痩せぎすの、メガネをかけた白衣姿の男性が、ニコニコ邪気のないエンジェル・スマイルで歩み寄ってくるのを呆然と見つめながら、まるでイタズラを見つかった子供みたいに、晃一郎と二人、同時にピキリと身を強張らす。
年のころは、おそらく四十代そこそこ。
「ずいぶん楽しそうだね。お邪魔してすまないが、診察をさせてもらえるかな?」
穏やかなその声は、夢うつつの中で聞いた命の恩人、『鈴木博士』のものだった。




