親父の大腸癌
2008年6月。
ある病院の手術室。「手術中」というランプが、冷ややかな空間に赤く煌々と灯っている。
親父が大腸癌を患った。
今まで何度か入院はしたけれども、この親父の癌の知らせは親族間でも大きな出来事になり親父の兄弟にも知らせ、今日の手術の日に駆けつけてくれた。
僕がまだ社会人になる前の学生の時に会って以来、叔父さん達に会うのも10年ぶりぐらいになるだろうか、心配〜緊張する車椅子に乗った親父を、顔を和ませてる僕と叔父さん達と一緒に手術室まで送り、母は親父よりも心配そうに僕たちの後ろから親父を見守っていた。
待合室に戻り、僕が小さかった頃の話、叔父さん達の子供(従兄弟)との昔話に話が盛り上がり、僕の今の現状を、ほっこりと和らげてくれた。
僕は今年で39歳になる。
何不自由なく、学校に通わせくれ高額な学費の専門学校に通わせてくれたが、その専門学校で培った職業にはつかず、今はそれと全く無縁なトラックの運転手をしている。34歳で結婚し2人の娘にも恵まれた。世帯を持ち35年ローンで一軒家も購入した。
僕の名前は、サクモト ヒロカズ
専門学校を卒業してからは、定職につかずバイトばかりしていた時期が3年、それからいくつかの企業に就職したものの、どの企業も人間関係が嫌になり長続きせず、人間関係があまり強く要求されないであろう、トラックの運転手に今は落ち着いたが、ここでも会社の社風、人間関係に嫌気がさしている。
そして、この親父の手術が終わるのを待っている日から2ヶ月ほど前に、会社の大型トラックを大破〜全損させる大きな事故を起こしてしまい。私はこの会社に居ずらい状況であった。
1つ間違えれば、他人を怪我、あるいは最悪の場合死亡事故で、加害者なったかもしれない、幸い僕にも大きな怪我はなく、今こうして健常な身で居れる。
この事は、両親には話していない
そんな中、叔父さん達と昔の話をしていると、少しだが今の現状から離れられているような気がした、母親も顔が和らぎその話の中に頷きながら時には話にも入ってきた。
「まーくんは、もう連絡つかない?」
この叔父さんの言葉で、母の表情から笑みが消えた
僕には3つ上の兄がいたのだが、兄が21歳の時、ある女性と結婚したいと彼女を連れてきたのだが、兄は定職を持たずアルバイトも続かない‥そんな状態で結婚の話を持ちかけ親父の逆鱗に触れ彼女を前に怒鳴られたこともあり2人は掴み合いの喧嘩になり、兄は出て行きそれ以来、どこで何をしているかも分からなくなってしまった。
仕事に対してだらしなさがあった上、女性に対してもだらしなさがあったので父は認めることができなかったのであろう。そんな兄だが、僕には小さい頃から色々面倒を見てくれ守ってくれた。今でも兄に会いたい気持ちはある。
「もう20年はなるね‥どこで何をしているかも分からない」
昔話に盛り上がっていたが時間が経つにつれ話題も尽きるというか、言葉数もだんだん少なくなり、執刀医の先生の術前の説明では時間は4時間ぐらいと言っていたがそろそろその時間にもなろうかというところ。
「お父さん、大丈夫かなぁ‥もう4時間になるけど」
「大丈夫!大丈夫!兄貴は強いから」
そう言ったものの、時間が経つに連れ、話しが段々と少なくなり予定の4時間をすぎて5時間、6時間となってくると沈黙が多くなってきた。
「手術が終わりました。先生のお話がありますのでお越しください」
時間は予定を大きく過ぎて8時間にも及んでいた
小さくなった母の背中に手を当て手術室の前の椅子に座って待っていると自動で開いた扉から執刀医の先生が片手に何かを持って出てきた
「いやぁあ癒着が思った以上に多くて予定よりも時間かかってしまいましたが手術は予定通りに完了しました。」
「これが切除した患部です」
切除したものを見せるってのを知らなかった僕は衝撃だった、ドラマのように、ガンの告知は本人の前に親族に知らせ、本人伝えるかどうかではなく、検査後即、本人に告知するということも驚いたのだが、
切除した患部、それは人のものではなく、不謹慎かもしれないが何かスーパーで陳列されていそうな肉片だった。
「おかん、大丈夫か?」
まして、その肉片が旦那のものだと、どう感じるのだろう母親のことが心配になってきた。
先生の説明が終わり
「では患者さんがもう出てこられますのでお待ちください」
看護師2人に押されベットに横たわる親父が出てきた、寝顔はぐっすりとした感じはなく何か疲れたような顔にも見え、子供の頃大きく見えた親父、今は小さく感じた
「おとうさん‥」
麻酔が覚めるまで、集中治療室ではなく回復室に行くことになったのがせめてもの安心材料だった。
それから約30分後、親父は麻酔から目が覚めた。叔父さん達は気を遣ってかどうか分からないが先に帰り、僕と母と親子で親父のそばに行った
「お父さん、よう頑張ったねぇ」
力なしに開けた瞼、ピントが合わない中、僕と母を見つけると何か納得するかのように天井を見つめた。
「ヒロカズありがとう、あとはお母さんが見とくからおうち帰ってあげて」
「うん、でも、もうちょっとここに居るわ」
8時間の手術、疲れがかなりあるのか僕たちを確認するとまた眠りにつき、その寝顔は心なしかさっきよりも安堵の表情が伺えた
「お父さんとは、今まで色々あったけど、先に私が看取って送ってあげないと」
「手術は成功したって言うとんのに、何を言うんかと思ったら(笑)」
「お父さん置いて、私は逝けんから」
「もうええって!」
「じゃあ、俺はひとまず帰るわ!日曜日、娘たち連れてくるし」
「うん、今日はホントありがとね!」
薄暗い回復室の部屋の引き戸をゆっくりと音が立たないように閉めた。




