7 第三王子との邂逅
王城の庭園は、春の光に満ちていた。白い石畳の小道の両脇には色とりどりの花が咲き、噴水の水音がやわらかく響いている。チヨは花壇の前でしゃがみ込み、小さな蕾をのぞきこんでいた。
「まあ、かわいいわ。この花、まだ眠そうなお顔をしているのね」
「それ、朝になるともう少し開くの」
後ろから声がして、チヨは振り向いた。
そこに立っていたのは、ひどく美しい少女だった。透けるような白い肌に、長い睫毛。蜂蜜色の髪は丁寧に編まれ、薄紫のドレスがよく似合っている。まるで物語から抜け出してきた妖精のようだ。少女は少し緊張したようにこちらを見つめていたが、チヨと目が合うと、おそるおそる微笑んだ。
「そのリボン、素敵だね」
チヨはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう。自分で刺繍したの。あなたのレースもとても可愛いわ。襟元のあしらいが上品で、よく似合っている」
少女の頬がふわっと赤くなる。
「ほんとに?」
「ええ。あと、その髪飾り。色の合わせ方がきれいね。こういうの、選ぶ人の心が出るのよ」
「心……」
少女は目を丸くして、それから少しだけ嬉しそうに笑った。
「そんなこと言われたの、初めて」
「そうなの? もったいないわねぇ。人のおしゃれを褒めるのは、タダなのに」
「……ふふ」
少女はついに声を立てて笑った。
そこから二人はすっかり意気投合した。布地の手触りの違い、リボンの結び方、刺繍糸の色合わせ――まるで昔からの友人のように話が弾んでいたそのとき、低い声が庭園に落ちた。
「……何をしている」
振り向くと、レオンが立っていた。いつものように端正な顔をしているが、その眉間には深いしわが寄っている。
少女の肩がびくりと震えた。
「兄上……」
チヨはきょとんとした。
「あにうえ?」
レオンは重いため息をついた。
「紹介しておく。こちらは第三王子ルカだ」
チヨは目をぱちぱちさせた。
「……まあ?」
少女――いや、ルカは気まずそうに視線をそらした。レオンはそのまま厳しい声で言った。
「剣術の授業をまたサボったそうだな。教師が探していた」
ルカはうっと息を詰まらせる。
「……今日は、あまり気分が乗らなくて」
「気分で公務や鍛錬を休まれては困るだろう」
「……ごめんなさい」
「それに、またその女のような格好か」
レオンの視線がルカのドレスに向く。
「お前がそのような格好をしていれば、臣下たちに噂され軽んじられる。お前は王子なんだ」
ルカはますます小さくなった。細い指がスカートの布をぎゅっと掴む。今にも消えてしまいそうなほど、縮こまっていた。
そのとき、チヨがすっと前に出た。
「ちょっと、レオン」
レオンが眉を上げる。
「なんだ」
「王子だって、好きな格好をする権利くらいあるわよ」
チヨはきっぱり言い切った。
「それに、おしゃれを楽しむ心は大事よ。身だしなみを整えるのも立派な教養だわ」
レオンは呆れた顔をした。
「それはそうだが」
「それにルカは、花にも詳しいわ。あなたは、花のひとつでも覚えたことはあるの?」
「ない」
「こら、開き直るんじゃないの」
ルカが思わず吹き出した。慌てて口元を押さえたが、もう遅い。笑いをこらえるその顔を見て、チヨは満足そうにうなずいた。
「ほら、萎縮するより笑ったほうが素敵じゃない。この子の笑顔、レオンも見習ったほうがいいわよ」
レオンは額を押さえた。
「……私が?」
「そうよ。こわい顔ばっかりしてたら若いうちにしわが増えるわよ。ほら、ここに」
「余計なお世話だ」
ルカは兄たちのやり取りを見つめていた。兄上に面と向かってこんなふうに言い返す人間など、見たことがなかった。それなのに無礼でもなく、ただまっすぐで、あたたかい。
――かっこいい。
それはルカにとって、初めての感情だった。




