第三王子との邂逅
王城の庭園は、春の光に満ちていた。
白い石畳の小道の両脇には色とりどりの花が咲き、噴水の水音がやわらかく響いている。
チヨは花壇の前でしゃがみ込み、小さな蕾をのぞきこんでいた。
「まあ、かわいいわ。この花、まだ眠そうなお顔をしているのね」
「それ、朝になるともう少し開くの」
後ろから声がして、チヨは振り向いた。
そこに立っていたのは、ひどく美しい少女だった。
透けるような白い肌に、長い睫毛。蜂蜜色の髪は丁寧に編まれ、薄紫のドレスがよく似合っている。まるで物語から抜け出してきた妖精のようだ。
少女は少し緊張したようにこちらを見つめていたが、チヨと目が合うと、おそるおそる微笑んだ。
「そのリボン、素敵ね」
チヨはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう。自分で刺繍したの。あなたのレースもとても可愛いわ。襟元のあしらいが上品で、よく似合っている」
少女の頬がふわっと赤くなる。
「ほんとに?」
「ええ。あと、その髪飾り。色の合わせ方がきれいね。こういうの、選ぶ人の心が出るのよ」
「心……」
少女は目を丸くして、それから少しだけ嬉しそうに笑った。
「そんなこと言われたの、初めて」
「そうなの? もったいないわねぇ。人のおしゃれを褒めるのは、タダなのに」
「……ふふ」
少女はついに声を立てて笑った。
そこから二人はすっかり意気投合した。
布地の手触りの違い、リボンの結び方、刺繍糸の色合わせ
まるで昔からの友人のように話が弾んでいた、そのときだった。
「……何をしている」
低い声が庭園に落ちた。
振り向くと、レオンが立っていた。
いつものように端正な顔をしているが、その眉間には深いしわが寄っている。
少女の肩がびくりと震えた。
「兄様……」
チヨはきょとんとした。
「にいさま?」
レオンは重いため息をついた。
「紹介しておく。こちらは第三王子ルカだ」
チヨは目をぱちぱちさせた。
「……まあ?」
少女――いや、ルカは気まずそうに視線をそらした。
レオンはそのまま厳しい声で言った。
「剣術の授業をまたサボったそうだな。教師が探していた」
ルカはうっと息を詰まらせる。
「……今日は、あまり気分が乗らなくて」
「気分で公務や鍛錬を休まれては困るだろう」
「……ごめんなさい」
「それに、またその女ような格好か」
レオンの視線がルカのドレスに向く。
「お前がそのような格好をしていれば、臣下たちに噂され軽んじられる。お前は王子なんだ」
ルカはますます小さくなった。
細い指がスカートの布をぎゅっと掴む。今にも消えてしまいそうなほど、縮こまっていた。
そのとき、チヨがすっと前に出た。
「ちょっと、レオン」
レオンが眉を上げる。
「なんだ」
「王子だって、好きな格好をする権利くらいあるわよ」
チヨはきっぱり言い切った。
「それに、おしゃれを楽しむ心は大事よ。身だしなみを整えるのも立派な教養だわ」
レオンは呆れた顔をした。
「それはそうだが」
「それにルカは、花にも詳しいわ。あなたは、花のひとつでも覚えたことはあるの?」
「ない」
「こら、即答するんじゃないの」
ルカが思わず吹き出した。
慌てて口元を押さえたが、もう遅い。
笑いをこらえるその顔を見て、チヨは満足そうにうなずいた。
「ほら、委縮するより笑ったほうが素敵じゃない。この子の笑顔、レオンも見習ったほうがいいわよ」
レオンは額を押さえた。
「……私が?」
「そうよ。こわい顔ばっかりしてたら若いうちにしわが増えるわよ。ほら、ここに」
「余計なお世話だ」
ルカは兄たちのやり取りを見つめていた。
兄上に面と向かってこんなふうに言い返す人間など、見たことがなかった。
それなのに無礼でもなく、ただまっすぐで、あたたかい。
――かっこいい。
それはルカにとって、初めての感情だった。




